五秒間の温泉入浴
藤泉都理
五秒間の温泉入浴
申し訳ございませぬ。
仕えていた忍び、
一城の主を夢見る武士、
「あらあら。おかしいですね。井戸の道は閉じているはずなのに」
ふんわか三つ編みの長い紅の髪の毛、糸目、額と両頬に赤い丸を化粧している女性の魔法使い、
一人は以前にもここに来た事がある忍び装束で目元以外を隠す小柄な男性、小達であったが、もう一人は初対面、丁髷とちょび髭が似合う大柄な男性であった。
「小達さん。あなた、よっぽどここが気に入ったのですね」
「久胡様。またお世話になります」
「ほう。貴様が小達の言っていたこの世界の主の久胡殿か。お初にお目にかかる。わしの名前は信義。一城の主を夢見る武士である。わしの右腕の小達が随分と世話になった」
「あらあら、まあまあ。あなたが絶対にここに連れて来たいと鼻息を荒くさせて小達さんが言っていた信義さんなのね。絶対に温泉に浸かっている暇はないと拒むと思うけれど、どんな手段を取っても絶対に連れて来ると言っていた通り、本当に連れて来たのね。すごいわ」
「まさか無味無臭の痺れ薬と眠り薬を飲まされ身体の自由を奪われた挙句、井戸に突き落とされるとは思いもしなかったがな」
「申し訳ございませぬ。切に、切に殿にもここの温泉に浸かってほしかったのです。不眠不休は当然と豪快に笑い飛ばす殿に休息の喜びを感じてほしかったのです」
「わしの喜びは、一城の主になる事だけ。それ以外の喜びは不要。そう言ったはずだが」
「申し訳ございませぬ」
「………久胡殿。小達が言っていたが、ここの温泉に浸からなければ元の世界に案内してもらえないのであったか?」
「ええ。その通りです」
「仕方ない。さっさと浸かってさっさと帰るぞ」
「っは」
「ふふ。信義さん。きっとこの極楽湯をすごく気に入って、出たくないと涙をこぼすと思いますよ」
「っふ。わしがそのような軟弱な男だと見られているとはな」
信義は太くごつい手を大きく広げては久胡の顔の前にかざした。
「五秒だ。五秒で極楽湯を出て行ってくれるわ」
「ふふ。それはそれは楽しみですわ」
「では、久胡殿。お頼み申す」
「ええ」
久胡は魔法を使って信義と小達に入浴用の衣に変化させてのち、どうぞごゆるりと入浴してくださいませと微笑んだのであった。
トンネルの近くに在るのは、石造りの空井戸、大小様々で角張っている錆色の岩、季節の花が入り乱れる背の低い草地、ゆで卵の匂いと湯煙が湧き立つ白い湯の火山性温泉。
トンネルの遠くに在るのは、雲にまで届く紅色の岩肌が露わになっている巨大な山。
時空間移動によって死者も生者も宇宙人も様々な種族が迷い込むトンネルには、案内役の魔法使いが居た。
魔法使いは元居た世界に案内する前に、ここに迷い込んできた者をトンネルの外にある火山性温泉に浸かるように勧めるのである。
せめても、心も身体も癒して地獄に戻ってほしいという魔法使いの願いが込められていた。
「確かに五秒で出ましたけれど、ねえ」
片頬に手を添えて首を僅かに傾げた久胡は、火山性温泉に入浴している信義と小達を見下ろした。
宣言した通り、信義は五秒で火山性温泉から出て、久胡の案内の下、元居た世界へと小達と共に戻って行った。
かと思えば、またこの世界に戻って、五秒入浴して、元居た世界に戻って、少し時間を空けてまたこの世界に戻って来た。
何度も何度も何度も。
「こんなに頻繁に来る方は初めてですよ。大多数の方は一回入浴すれば満足してもうこの世界に来ないのですけれど。信義さんが五秒しか入浴しないからでしょうか。それとも、小達さんの休息してほしいという想いの強さでしょうか。井戸の道は閉じているはずなのに、本当に不思議な方たち………いえ。そもそも、信義さんがしっかり極楽湯に入浴してくれればこのように頻繁に来る事はないはず、ですけれど。ふふ。極楽湯を必要としてくださるのであれば、嬉しい限り。と、言っておきましょうか」
「五秒だ。行くぞ。小達。久胡殿」
「はい」
「………いえ、やはり忙しないのは好みません。早急に対策を立てないといけませんね」
(2025.11.29)
【経緯】
〇「井戸」と言えば、『犬夜叉(高橋留美子 小学館)(戦国時代と現代を繋げる井戸が出て来る)』だ。時空間移動だ。
〇「火山」と言えば、火山性温泉だ。
〇具体的には思いつかないけれど、トンネルも色々な種族が彷徨い込む物語があったはず。
〇殿、武士が登場した物語を書いた事はないのではないか。書いてみたい。
〇生者死者宇宙人など様々な生物が迷い込むトンネルの案内役として魔法使いに登場してほしい。糸目の女性がいい。
これらを組み合わせて完成しました。
五秒間の温泉入浴 藤泉都理 @fujitori
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