◆逆凪〔さかなぎ〕◆

茶房の幽霊店主

第1話 呪いを依頼する女。

※(店主の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)


※※※※※


不思議な出来事に関わっていると、 時として、とんでもなく歪曲した解釈や思い込みで 接触してくる人がいます。


現実の問題から目を逸らしたい、逃げ出したい時 『オカルト』に縋るひとたち。


今や情報があふれ、SNSやネットで即調べ あたかもそれが『真実』だと思いこむ 。


受け身で入ってきた情報を鵜呑みにするのは危険です。

その情報は貴方を粉々にする猛毒かもしれない 。


【自分の頭で考え、答えを出す】 それを、しない人の話。


※※※※※


『あんた、本物なんだって? 知り合いから聞いたんだけど』


出先へ突然現れた女性。見覚えがありません

※(後から聞いたのですが待ち伏せしていたようです)


は?なんのこっちゃ?

しかも、初対面の挨拶もなしに何故いきなり高圧的なのか 。


『何かの専門家であると?』

『霊能者だって。色々話は耳に入ってるのよ』


先に言っておきますが店主は『霊能者』ではありません。

そういった商売もしていませんし、名乗った事は一度もないです。


もちろん、呪術師でも退魔師でも陰陽師でもない。ただの一般市民でございます。


しかし、人の口に戸は立てられぬもの。

何かしらの出来事へ尾ひれ背びれがくっつきまわり、目の前の人物は店主を『霊能者』だと思い込んでいる訳です。


『こいつを呪って欲しい。二股かけて浮気してた酷い男』


鬼のような形相をしながら、男性の写真を突きつけてきます。

おいおい。 自分のパートナーと向かい合って解決する気はないのか 。


『大変申し訳にくいのですが、お門違いですね』

『〇〇さんが、あんたは本物の霊能者だって言ってた!』

『〇〇さんは知り合いですが、自分は霊能者ではございません』

『私が初対面だから断る気?』


自分の言っている事が支離滅裂だと気が付かないのか 。

大体、霊能者って人を呪えるんですか?こっちが聞きたいぐらいです。


『思い知らせてやりたい!だからこの男を呪って!あんたが無償で霊障とか解決してくれるって 〇〇さんが言ってたから!』


無理やり写真を手に押し付けてきます。


いやいや、あなたが厄介ごと起こそうとしてますやん。


『一週間で呪いの効果が出たか確認するから。そうしたらあんたが本物だって認めるわ』


何が本物とかどうでもいいですし、認められたくもないです。


※※※※※


しかし、人通りの多い場所でこれ以上揉みあっているのも億劫。

写真は一旦預かり、そのまま一週間保管して返却する事にしました。

時間が経過すれば女性の頭も冷えると思っていたのです 。


一週間が経ち、 出先帰りの夕方、同じ大通りで再びあの女性が現れました。

店主の姿を見るなり駆け寄って怒鳴ります。


『あいつ、ピンピンしてる! 全然呪いの効果出てないじゃない!』


そりゃそうです。保管以外、何もしていないのですから。

手帳へ挟んでいた男性の写真を差し出すと、イライラした調子で引っ張って回収します。


『何もしていません。どうぞ、お引き取りください』

『依頼料とか要るの?そんなの聞いてない!』


財布から千円札一枚を取り出して見せつけてきます 。

首を横へ振ると、女性はサッと自分の懐へ戻しました 。


『呪い事は承っておりません』

『とんだ詐欺師じゃん。ただのペテン師とかガッカリ』


次から次へと他人様の職業を勝手に決めて勝手にキレる。この人、頭の中どうなってるのやら 。


※※※※※


『ご自分で実行しないのですか?』

『……なんで、そんなことしないといけないの? 私に何かあったら、あんたが責任取るって言うの?』


なるほど、 呪ってやりたいぐらい鬱憤が溜まっていても、自分でするのは怖い。リスクも避けたい。呪いの代償も支払う気がない。


関わりのない他人を、使い捨てツールとしか見ていない 。


対価を払えない者は何の結果も得られない 。それは世の常です。


『写真を使った簡単な【呪(しゅ)】の方法を教えます。その代わり二度と姿を見せないでください』

『何なのそれ!? 責任放棄する気? 無責任過ぎない?』


自分でやりたくないのは態度で分かっています。

ですが、このまま付きまとわれたくありませんでした。


家の中を探せば何処かにあるアイテムと写真を使って成立する【呪(しゅ)】です。実際この方法で実験したひとのレポートを読んだ事があり、その結果も知っていました。


『呪いを立証するため実験したひとがいますので、効果はあると思いますよ(たぶん)』


心の中では、聞かずにさっさと立ち去って欲しいなぁ、そう思っていました。

期待とは裏腹、女性はその場で両足を踏ん張っています。


『でも、この方法。【逆凪〔さかなぎ〕】が防げませんので、何倍にもなって自分へ返ってきますし、いつ、どのような形で押し返されるのか予測もできず、誰が呪っているのか相手へ確実にバレます。それでも聞きます?』


女性は自分が呪われると勘違いしたのか、背中を向けて逃げだし、駅がある方角へ走って行きます。結局、最後まで、どこの誰なのか名乗りませんでした。


都合の良い【呪い】など存在しません。人を恨んでそれを形にしたいと望むなら、己の命と引き換えになる事をお忘れなきよう。


※※※※※


【後日談】


自分の恋人を『呪ってくれ』と、言ってきたあの女性。

後に同じ高校を卒業した、元クラスメイトであったと判明しました。

顔つきを見ても、整形していたのか当時の面影がまったくなかったので気が付かなかったのです。


あまりにも世間は狭い。これには店主も、ゾっとするしかありませんでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

◆逆凪〔さかなぎ〕◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ