運命の糸

ことさら

運命の糸

 果てしなく広がる砂漠にぽつんと浮かぶ小さな町。

 その中央に位置するメインストリートからは少し逸れた小道で、男は細々と商売をしていた。

 一歩小道を出れば人で溢れているというのに、こちらには一つとして足音がやってこない。おまけに男の小さな店は両脇を家々に挟まれていて薄暗かった。お世辞にも綺麗とは言えない男の様相はその雰囲気に溶け込んでいる。


 彼は自身の商売道具を眺めた。底に暗澹とした藍色を湛えたガラス玉。そっとその上に手をのせてみたがガラスの硬くひんやりとした感覚が伝わってきただけで、天啓やら未来やらが見えてくるわけでもなかった。

 そこに軽やかな足音を男の耳が捉えた。装飾品が揺れるちゃり、という音も聞こえる。待ち侘びた希望の響きに男がだらしのない姿勢を正すとそのマントから砂埃が舞った。

 現れたのは女だった。全身を包む上質な布や細かな意匠のチェーンベルトからは身分の高さが窺える。女が男に微笑みかければ、男は自分の苦しい生活の一切をその時だけは忘れた。彼女は男にとって唯一の希望のひかりだった。


「ずいぶん暗いところでやってるのね。で、どうなの?うまくいってるの?占い業は」

「いーや全然。見ての通りだね。」

「そうね〜…。こんな水晶玉なんか買っちゃって」


 彼女はガラス玉を手に取り不思議そうに見た。


「そういえば、この玉再来週くらいにキャラバンの馬に轢かれて割れるわよ。早いとこ新しいのを準備した方がよさそうね、このこぢんまりとした店を続けるなら」

「えぇ…これまあまあ高かったんだけど………わかった。助かるよ」


 女は男の返答を聞いて眉を下げたが、ふと思い出したように顔をあげて人々の雑踏の方を指差した。


「あ、見て。あのおばあさん、確かこの後頭の上に桶が落ちてきちゃうわ」


 2人は揃って路地の外を見つめた。彼女の言う老人の頭上には、2階建ての家の窓はあるが今にも落ちそうになっている物は見当たらない。すると、家の向かいにある八百屋の2階から桶が飛んできた。八百屋の上階の主は2階から2階へ、向かいの部屋の窓めがけて投げたようだったが、宙を舞った桶は届けられず老人の頭に落ちた。


「お見事。さすが神様。平伏でもしましょうか?」

「や、やめて、困るわ…それより、桶に水が入っていたりしなくてよかったわ。犯人は謝りに行くかしら?」

「それは君でもわからないのかい?」

「そんなに便利じゃないのよ」


 彼女は運命を司る力をその身に宿していた。


「だから、好きな未来だけ見る占いなんて、できっこないのよ………それに!運命神の力を超えようなんて。失礼ね!」

「はは、君の力には遠く及びそうにないな。精進するよ」


 二人は人目を避けるようにくすくす笑い合った。砂塵が舞う乾燥したこの空気も、彼女が笑えば穏やかになる。


「久々に会えて嬉しかった。ありがとう」

「いいえ、私も嬉しい。ねぇ、どうしてお店の手伝いの時間を削ってまで占いを始めたの?」


 男は彼女が木箱の上に置いたガラス玉に目をやった。先までは冷たさしか伝えてこなかったガラスの塊が、今はどこか愛おしい。


「…君との繋がりがほしくて」


 君はすぐに遠くに行ってしまう。私とは違う世界にいる君の仕事のことは、私はわからない。私にはどうすることもできないものだ。


 私は未来視ができればそこに君がいるんじゃないかと思った。

 未来を見る力が流れているなら、その先に君がいるんじゃないかと思った。


 糸を手繰るようにして、その流れを引き寄せる。そこに君の存在さえ見つけられたらいいなと思っている。だから本当は占いをしたいんじゃない。


 私は運命の糸を手繰っているんだよ。

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