頑張ってる背中から背負い投げ

蟒蛇シロウ

頑張ってる背中から背負い投げ

 昔々、広大な王国の片隅に、小さな村があった。

 麦畑と森に囲まれたその村で、一人の青年が汗を流していた。

 名前はリオ。まだあどけなさを残す顔立ちだが、その瞳には炎のような意志が宿っている。


「はっ……! はっ……!」

 朝靄の残る丘の上で、リオは木剣を振っていた。東の空が白みはじめる頃から、村の鐘が鳴るまで、彼は一心不乱に木剣を振り続けるのが日課だった。額から伝う汗が頬をつたって落ち、足元の土を濡らす。


「おーい、リオー!」

 丘の下の道を、パン屋の娘ミナが通りかかった。籠いっぱいに焼きたてのパンを抱え、笑いながら声をかける。

「今日もやってるの? そんなに頑張って、ほんとに騎士さまになれるの?」

「なるさ。絶対に」

 息を切らしながらも、リオは即答した。その必死さに、ミナは少しだけ頬を緩める。


「……無理しすぎないでよ。村の人たち、あんまり真に受けてないみたいだし」

「わかってる。でも、笑われてもいいんだ。俺は、俺のやるべきことをやるだけだよ」

 リオがそう言って笑うと、ミナは「変なの」と呟いて去っていった。



 村に戻れば、からかいの声が飛んでくる。

「おう、将来の“立派な騎士さま”のお帰りだ」

「今日も木剣振ってただけだろ? 山賊の一人も倒したって話、聞かねえぞ」


 酒場帰りの男たちが、わざとらしく頭を下げて笑う。

 リオは足を止めかけるが、苦笑いを浮かべて通り過ぎる。胸の奥がちくりと痛む。

 それでも、決して言い返さない。

(……いいさ。俺のことを本気で信じてくれなくても。俺が、ちゃんと証明すればいい)


 家に戻れば、年老いた母が小さな囲炉裏の前で待っている。

「リオ、おかえり。今日も早かったねぇ」

「ただいま、母さん。薪、あとで割っておくよ」

「そんなに頑張らなくてもいいのに。あんたは十分、ようやっとるよ」


 母は皺だらけの手でリオの手を握り、優しく微笑む。その手の温かさが、リオの唯一の救いだった。


 リオには夢があった。

 この村を守るため、王国の騎士になること。


 昔、この村が盗賊に襲われたことがある。

 まだ幼かったリオの頭の上で、火の粉が舞い、悲鳴が飛び交った。

 そのとき村を救ってくれたのは、通りがかった一人の騎士だった。

 鋼の甲冑に身を包み、炎の中を駆け抜けるその背中は、幼いリオの目に、何よりも眩しく映った。


(あの人みたいになりたい。誰かの涙を止められるような、強い騎士に)

 だからこそ、今日も彼は木剣を握る。

 誰に笑われても、誰に信じられなくても。



 そんなある日。

 リオは村はずれの森の奥、いつものように一人で訓練していた。木々の隙間から差し込む光が揺れ、鳥たちのさえずりが遠くに聞こえる。


「はっ!」

 木の幹に向かって突きを繰り出し、すぐに横に跳ぶ。見えない敵を相手に、何十回、何百回と同じ動きを繰り返す。肩で息をしながらも、リオは木剣を握る手を決して緩めなかった。


「……いい動きだねぇ。形だけは、ね」

 ふいに、背後から声がした。


「――っ!?」

 リオは反射的に振り向き、構えを取る。いつの間にか、少し離れた木の根元に、ボロボロの外套をまとった老人が腰を下ろしていた。白髪混じりの髭、くぼんだ目。だが、その目の奥には、年齢を感じさせない鋭さが宿っている。


「あ、あの……誰ですか」

「ただの通りすがりさ。森の静けさを楽しんでいたんだがね。いやあ、騒がしい若いのがいると思ったら、なかなか面白いものを見せてもらったよ」


 老人は立ち上がると、ひょいと近づいてくる。驚くほど軽い足取りだった。


「木剣の握り方は悪くない。踏み込みも、まぁ及第点。でも――」

 老人はリオの後ろに回り、彼の肩を軽く押した。

「危なっ――」


 ほんの少し押されただけなのに、リオの身体は前によろめく。重心が崩れてしまう。


「ほらね。どれだけ剣を振っても、足元と心がぐらついてちゃ、本当の強さには届かないのさ」

「……あなたは、何者なんですか」

 老人はにやりと笑った。


「名前はゼノン。昔、ちょっとだけ剣やら拳やらをかじってね。今はただの老いぼれさよ」

「剣士、なんですか?」

「さあね。『達人』なんて呼ばれた時期もあったが、そんな大層なものじゃない」

 ゼノンはリオの木剣をひょいと取り上げると、ため息をついた。


「君の努力は、素晴らしいよ。毎日毎日、同じ動きを飽きもせず続けるなんて、普通の人間にはできない。村の連中は笑ってるかもしれないがね、わしは感心している」

「……っ」

 不意に認められたことで、リオの胸がじんと熱くなった。


「でもな、力だけでは足りない」

「さっきも、そう言いましたね」

「真の強さってのはな、ただ筋肉を鍛えれば手に入るものじゃない。柔らかい心と、よく回る頭。状況を読み、相手を見て、自分の力をどう使うか。そういうものが揃って、やっと手が届く」


 ゼノンは地面に座り込み、一本の小枝を拾った。

「たとえば。大きな岩を、腕力だけで動かそうとしてもびくともしない。だが、てこの原理を使えば、子どもでも動かせることがある。力の向け方と使い方次第で、結果はまるで変わる。戦いだって同じことよ」

「力の、向け方……」

「君は今、自分の身体も心も、ただ前に前に押し出している。それは悪いことじゃないが、いつか限界が来る」


 ゼノンは立ち上がり、リオの前に背を向けて立った。


「君、わしを押してみなさい」

「え?」

「正面から全力で押してみなさい。遠慮はいらんよ」


 リオは戸惑いながらも、ゼノンの背中に両手を当て、全力で押した。

「くっ……!」

 しかし、老人の身体は微動だにしない。年老いたはずの背中は、岩のように安定している。

「今度は、わしが少し動いてみようか」

 ゼノンはほんの一歩、前に踏み出した。


「うわっ――!」

 その瞬間、リオの身体はバランスを崩し、前につんのめる。だが、倒れ込む前に、ゼノンの腕が彼の身体をするりと受け止めた。


 気づけば、リオの両足は地を離れ、視界がぐるりと反転していた。

「……え?」

「これが、『背負い投げ』という技だ」


 軽く地面に下ろされながら、リオは目を瞬かせる。何が起きたのか、頭が追いつかない。


「今のはわしが加減した形だが、本気で決めれば、大の男でも地面に叩きつけられて息ができなくなる。相手の力と勢いを、そのまま返してやる技よ」

「剣じゃなくて、投げる……?」

「君は、武術に投げ技が必要ないと思っているかもしれない。でもな、世の中、何でも真っ直ぐ斬ればいいってもんじゃない。剣が抜けない状況もあれば、組みつかれることもある。そういうときに、『相手の力を利用する術』を知っているかどうかで、生死は分かれる」


 ゼノンは静かな目でリオを見つめた。


「君の努力は本物だ。だからこそ、君に教えたい。力だけでは辿り着けない強さのことを」

「……俺に、その『背負い投げ』を教えてくれるんですか」

「嫌かね?」

「いえ、ぜひ……! お願いします!」


 リオは思わず頭を下げていた。ゼノンはくつくつと笑い、リオの肩を軽く叩いた。


「よし、では今日から、わしが君の師匠というわけだ。まずは、足の裏と背中で地面を感じるところから始めようかね」

「地面を、感じる?」

「そうだとも。さっきも言ったが、足元と心がぐらついてちゃ、本当の強さには届かない。まずは、揺れない土台を作るところからよ」



 それからの日々、リオの訓練は大きく変わった。

 木剣を振る時間は減り、その代わり、奇妙な動きの稽古が増えた。片足立ちで目を閉じ、風の音に耳を澄ます。柔らかい土、硬い岩、落ち葉の感触の違いを足裏で感じ取る。ゼノンは何度も何度もリオの肩や背中を押し、不意に足を払った。


「ぐっ……!」

「ほら、力で踏ん張るんじゃない。力を抜くところは抜く。入れるところだけに、しっかり力を通すんだ」

 転んでは起き、転んでは起きる。そのたびに服は泥まみれになり、腕や膝には擦り傷が増えていった。


 村人たちは、ますますリオをからかうようになった。

「おい、聞いたか? リオのやつ、この頃森でひっくり返って転がってるらしいぞ」

「剣じゃ勝てないから、寝転んで相手の足でも引っ張るつもりかもな!」

 笑い声を背中に受けても、リオは訓練をやめなかった。ゼノンもまた、村に姿を見せることはなく、森の奥で静かに彼の成長を見守っていた。


「ゼノンさん、これでどうですか?」

 ある日、リオは低く構え、そっと一歩、前に出る。土が沈む感触、重心の移動。ゼノンは彼の足元を見て、満足そうに頷いた。

「うむ。だいぶ良くなった。前より、風に倒されにくくなったな」

「ほんとですか?」

「試してみるか?」


 ゼノンは不意にリオの胸に手を当て、ぐっと押した。以前なら簡単によろめいていたはずの力だ。しかし、今度のリオは、足の位置を微妙に変え、押される力を地面へと逃がす。


「……立っていられる」

「そういうことだ。力を真正面から受け止める必要はない。逃がし、逸らし、時に利用すればいい」


 そして、いよいよ「背負い投げ」の本格的な修行が始まった。

「いいか、リオ。背負い投げは力自慢の技じゃない。相手の重心を、背中に“乗せてあげる”技だ。無理に振り回そうとするな。相手に、『自分から倒れたくなる道』を示してやるんだ」

「自分から……倒れたくなる……?」

「そうだ。人間ってのは、自分のバランスを取り戻そうとして動く。その動きを、こっちで誘導してやるんだよ」


 ゼノンは何度も何度も、リオの身体を投げた。最初は空を舞うたびに息が詰まり、地面の感触が全身を打った。しかし、何度繰り返しても、ゼノンは決して乱暴には扱わなかった。常に怪我をしないぎりぎりのところで受け身を取らせ、身体と心が怖がらないように導いてくれた。


「うっ……はぁ、はぁ……!」

「どうした、もう音を上げるか?」

「ま、まだ大丈夫です……! もう一回、お願いします!」


 泥だらけの顔で笑うリオを見て、ゼノンはふっと目を細める。

「……本当に、君はよく頑張る子だねぇ」



 そうして季節が一つ、また一つと巡る頃。

 リオの動きは、以前とは別人のように変わっていた。


 足は大地を捉え、目は相手の肩や腰の動きを読む。相手が一歩踏み込む前に、どの方向へ倒れやすいかを感じ取ることができる。木剣の振りも、ただがむしゃらに振り回すのではなく、必要なところだけに力を込め、無駄の少ないものになっていた。


「ゼノンさん。俺、本当に強くなれてるんでしょうか」

 ある夕暮れ、リオが問うと、ゼノンは笑って空を指さした。

「空を見てごらん」

「……夕焼け、ですね」

「前の君は、それを見る余裕さえなかった。周りも、自分も、敵も見えていなかった。今は違う。そういう変化を、『強くなった』と言うんだよ」

「……ありがとうございます」


 リオが素直に頭を下げると、ゼノンは少しだけ寂しそうな顔をした。

(もうすぐかもしれんな。この村に、本当の試練が訪れるのは)



 そうして数ヶ月が過ぎたある日――。

 村に、黒い煙が上がった。

 遠くから、悲鳴と怒号が風に乗って響いてくる。焼けた木の匂い、鉄のぶつかり合う音。


「……山賊だ!」

 丘の上で訓練をしていたリオは、木剣を握りしめたまま駆け出した。胸の鼓動が早鐘のように鳴る。

 村の広場に辿り着くと、そこは地獄のような光景だった。家々が炎に包まれ、人々が逃げ惑っている。その間を、粗末な鎧と武器を持った男たちが笑いながら暴れていた。


「やめろッ!!」

 リオは叫びながら、最も近くにいた山賊の腕を木剣で打ち払った。

「ぐあっ! なんだぁ、こいつ!」

「村の若造が調子に乗ってんじゃねえ!」

 二人、三人と山賊がリオに向かってくる。リオは木剣で必死に応戦した。腕に、肩に、何度も衝撃が走る。重い鉄の刃と打ち合うたびに、木剣はきしみ、握る手がしびれる。


(負けるわけにはいかない……! ここで退いたら、みんなが――)


 気づけば、周囲を山賊たちに囲まれていた。彼らの数は多く、一人一人の力も強い。剣を振る腕が重くなり、足が鉛のように感じられる。


「はぁ、はぁ……!」

 額から血が流れ、視界がにじむ。木剣の先がふらついたのを見逃さず、一人の山賊がにやりと笑った。

「ガキが、よくやったよ。だが終わりだ」


 そのときだった。

 リオの心に、ある言葉がよみがえった。


『足元と心がぐらついてちゃ、本当の強さには届かない』

『力を真正面から受け止める必要はない。逃がし、逸らし、時に利用すればいい』

(そうだ……力だけじゃ、勝てない。俺には――)

 リオは一度大きく息を吸い込み、吐き出した。胸のざわめきが少しだけ静まり、周りの音がはっきりと聞こえてくる。


 笑い声。炎のはぜる音。誰かの泣き声。そして、自分の心臓の鼓動。


 目の前に、一人の大柄な男が歩み出てきた。粗末だが他の山賊よりは立派な鎧を身につけ、肩には傷だらけの大剣を担いでいる。

「お前が、ここの若いのか。なかなかやるじゃねえか」

「お前が……頭か」

 男はニヤリと口角を上げた。

「そうだよ。俺はこの山賊団の頭だ。ガキのくせにずいぶん粘ってくれた礼に、一撃で終わらせてやるよ」

 そう言って、山賊の頭は大剣を構え、地面を踏み鳴らした。その一歩には、地面が震えるほどの重量が乗っている。


(真正面から受けたら、きっと木剣ごと叩き折られる……)


 リオは木剣を握り直しながら、一歩、静かに踏み込んだ。足の裏が土を捉え、重心がわずかに前へ移る。その瞬間、山賊の頭目が動いた。

「うおおおッ!!」

 大きく振りかぶったその身体が、一直線にリオへと突っ込んでくる。


 だが、リオは――その勢いを怖れなかった。

 恐怖を、別の形に変えた。

(来る。右の足から重心を乗せて――剣が下りてくるのは、その次の瞬間……!)


 リオは一瞬だけ剣を上に構え、相手の意識をそちらに向ける。山賊の頭目の視線が剣先に向かった、その刹那。

 リオはするりと懐に潜り込んだ。


「なっ――!?」

 山賊の頭目の驚愕の声が、耳元で聞こえる。


 リオは背中を相手の胸の下に滑り込ませ、自分の肩に相手の体重を「乗せる」ように腰を落とす。そのまま、自分の足の向きと重心を一気に回転させた。


「おおおおおおっ!!」

 重い武器も鎧も、今は問題ではなかった。すべての質量が、リオの動きと重力に導かれて、大柄な身体ごと宙へと舞い上がる。


 ごうんっ――!

 鈍い音とともに、山賊の頭目の身体が地面に叩きつけられた。空気が肺から絞り出されるような苦鳴が漏れ、彼の手から大剣が離れる。


 広場が、一瞬、静まり返った。

「……っ」


 リオは荒い息を吐きながら、頭目から距離を取る。足はまだ震えている。だが、その瞳は静かに燃えていた。


「今のは……なんだ……?」

「頭目を、ぶん投げやがった……!」

 他の山賊たちがざわめく。恐怖と動揺が、群れ全体に走った。


 リオは木剣を構え直し、静かに告げた。

「ここは、俺たちの村だ。これ以上、好きにはさせない」


 一人の山賊が叫んで突っ込んでくる。その腕が伸びた瞬間、リオはその袖を掴み、足を払う。同時に身体をひねり、再び背負うような形で相手を投げた。


「ぎゃっ!」

 悲鳴とともに、山賊の身体が土煙を上げる。

「ひ、ひるむな! ただの村のガキだろうが!」

 別の山賊が叫び、二人が同時にかかってくる。剣を振るう者、短剣を構える者。それぞれの動きが重なった瞬間、リオは一人の懐へ飛び込み、肩を入れて投げた。その身体がもう一人にぶつかり、二人まとめて地面に倒れ込む。


 木剣も使いながら、相手の動きと力を“利用する”。背負い投げは、ただ大柄な相手を投げ飛ばす技ではなかった。どんな敵であれ、こちらが正しく立ち、正しく感じ取れば、その力を返してやることができる――そのことを、今のリオは身体で知っていた。


「な、なんなんだこいつは……!」

「ただの村人じゃねえ……!」

 山賊たちの間に、決定的な恐怖が広がる。

 つい先ほどまで獲物だと思っていた相手が、自分たちを倒していく。しかも、その小さな身体で、自分たちの力を利用して。


「もうやってられるか! 退くぞ!!」

「頭は置いていけ! 逃げろ!!」

 誰かが叫ぶと、山賊たちは我先にと村の外へ走り出した。最後まで起き上がれなかった頭目だけが、土の上でうめき声を上げている。


 リオがその場に膝をついたとき、村人たちの歓声が広がった。


「やった……! 山賊が逃げていく!」

「リオが、追い払ってくれたんだ!」

 子どもたちが駆け寄り、リオの周りに集まる。ミナも涙目で飛び込んできた。

「リオ! 怪我、怪我は!?」

「大丈夫だよ。ちょっと打ち身が増えただけさ」


 リオが笑うと、ミナはぽろぽろと涙をこぼした。


「ほんとに……ほんとに村を守ってくれたんだね……。みんな、笑ってたのに……」

「笑われたっていいさ。でも――」

 リオは村を見渡す。泣き顔も、安堵の顔も、みんな、自分の知っている顔だ。

「俺は、ここの人たちを守りたかった。それだけだよ」



 その夜、村ではささやかながらも宴が開かれた。焼け残った家々の前で、みんながパンとスープを分け合い、リオの活躍を何度も何度も語り合った。


「なぁリオ。あのデカい頭目を投げ飛ばした時、お前、どういう風に見えてたんだ?」

「うーん……大きな岩が、ちょうど転がりたがってるように見えたっていうか……」

「お前、変なこと言うなぁ!」


 笑い声が夜空に溶けていく。その輪の少し外れで、リオはふと、森の方を振り返った。


(ゼノンさん……)

 あの戦いの最中、ふと森の入口に視線を向けたとき、気のせいかもしれないが、ボロボロの外套を揺らす老人の姿が、一瞬だけ見えた気がしたのだ。彼は何も言わず、ただ帽子のつばを軽く押さえ、背を向けて消えていった。


(見ていてくれましたか……? 俺、ちゃんと、“力だけじゃない強さ”で戦えたでしょうか)

 答えは風の音に紛れて届かない。それでも、リオは静かに空を見上げた。



 その数日後。

 村に王都から使者がやって来た。山賊退治の報告を受け、王国はリオを正式に騎士見習いとして迎え入れることにしたという。


「リオ、本当に行っちゃうの?」

 村の外れで、ミナが寂しそうに問う。

「行くよ。でも、これはさよならじゃない。俺は騎士になって、この村を、王国全体を守れるようになる。そしたらまた、胸を張ってここに帰ってくる」

「……うん。待ってるから」


 母は涙をこらえながら、リオの荷物の紐を結び直した。


「あんたの背中は、本当に大きくなったねぇ。気をつけて行くんだよ」

「母さん、今までありがとう。必ず立派になって戻るから」


 リオは荷物を担ぎ、村の丘を越えていく道を歩き出した。振り返れば、みんなが手を振っている。


 その背中は、もう“からかわれるだけの努力家”ではなかった。数え切れない転倒と痛み、その果てに掴んだ技と心の柔らかさを宿した、ひとりの騎士の卵の背中だった。


 やがてリオは王都で正式に騎士として認められ、幾度となく戦場に立つことになる。そのたびに彼は剣を振るい、そして必要なときには、あの日ゼノンから授かった「背負い投げ」を繰り出した。


 彼の背負い投げは、敵からすれば恐怖そのものだった。力自慢の大男ほど、自分の力を利用されて地面に叩きつけられたからだ。そしていつしか、人々は語るようになった。


 ——頑張っている者の背中には、ただの力ではない強さが宿るのだと。

 ——あの若き騎士リオの「背負い投げ」は、その象徴なのだと。


 リオの物語は、やがて村から王都へ、そして王国中へと広がり、語り継がれていった。


 努力と柔らかな心が結びついたとき、人は真の強さを手に入れる。

 どんな困難にも立ち向かい、知恵と勇気で乗り越えていくことができる――と。

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頑張ってる背中から背負い投げ 蟒蛇シロウ @Arcadia5454

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