◆心理的瑕疵◆

茶房の幽霊店主

第1話 心理的瑕疵

※(店主の体験談です)

※(実在の不動産屋とのエピソードのため一部フェイクを入れています)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)


※※※※※


実家を離れてから何度か引越しをしているのですが、その内ひとつのお話です。


引越しする際、どのような土地に住むのか。

人がそこまで多くなく、コンビニとスーパーは自転車でさっと行ける距離。

近隣住民は昔から住んでいる古い家が何軒かあり、

治安が良い立地は大きな道から一本脇道へ入った静かな場所。


夜、物件前の道を車が行き来しない。

電車を日常では使うことがないので駅は遠くてもいい 。


※(仕事場が自宅のため)以上の物件を探すのが常でした。


引越し先を決めるため、地元物件の情報を多く持つ個人の不動産を訪れました 。

雑居ビルの一階、対応してくれたのは男性ひとりで他に従業員はいないようです。眼鏡をかけた清潔そうな、スーツをピシッと来た不動産屋のおじさん。


『どのような物件をお探しですか?』


店主は先に記した内容をそのまま不動産屋へ伝えました。

お客さんが他に誰もいなかったので 部屋の見取り図を幾つか並べてもらい、家賃の上限を決めます。


『ウチはマンションを多く取り扱っておりまして、中古のマンションの購入もできます』

『いえ、賃貸で。ハイツかアパートか、中古の一軒家がいいです』


候補をしぼって、一件は即入居できる状態だったので 午前中に内見する運びとなり、しかし、部屋同士の動線が好みではなく振り出しへ戻りました。

今回の不動産屋とは相性が悪い。何となくそう感じていました。


『すぐ近くに内見できる賃貸マンションありますよ。一度見てみませんか?』


予定にないはず。鍵を持ってきていた?今見た物件がダメだった時の予備?


※※※※※


『友達二人呼びますわ。それなら見に行ってもいいですよ。契約はしないですけど』


早速、筋肉を愛する友人(ゴリラ)と、仕事のアシスタントさん(天然)へ電話をして強者二人の召喚に成功しました 。

不動産屋の車の後ろ、筋肉友人はバイク、アシスタントさんと店主は軽自動車で付いて行きながらお勧めの『賃貸マンション』まで向かいます。


頭の隅では 何かあったらすぐ警察へ電話しようと思っていました。

到着したのは駅が近い繁華街の一角、五階建てのマンション 契約者以外の駐車スペースがないので、コインパーキングを使用 。四階まで階段をのぼり、通路突き当りの部屋へ案内されました 。


玄関ドアを不動産屋が開錠したのですが、真っ暗で何も見えません。


『電気がまだ通ってなくて。窓を開けてきます』


不動産屋は先に部屋へ入り、窓を開けているようでした。

しかし、午前の太陽が眩しい通路と対照的に、部屋の中がまったく見えなかったのです。


『角部屋で窓も多いのに、めちゃくちゃ暗いな』


筋肉君は腕組みしながら恐々と、入り口付近から中を覗いています。

不動産屋は小型の懐中電灯を取りだし、


『ちょっと暗いのですが、どうぞ。お部屋の説明をしますので』


店主はアシスタントさんと縦一列並んで入ります。

少し進み、リビングらしきスペースが視界に入りました。


明らかに長い時間放置されていたであろうホコリっぽさ 。

季節外れのコタツ。コップや皿が入っている棚 机の上も生活用品やコンビニの袋が散乱しています。

湿気で剥がれた壁紙がだらんと、何か所も垂れさがった状態で、ハンガーに掛かった男物らしき上着を見て、高齢の男性が独居していたのだろうと想像できる荒れた部屋でした。


※※※※※


『警察から現場の状況を維持するよう言われていたので。今後、清掃とリフォームを予定しています。一人暮らしの男性が冬場に孤独〇されていたのですが、病〇だと分かっていますので。問題はないです ニオイも……そこまで気にならないかと』


この時点で特殊清掃は入っていません。


どれぐらいの時間が経過していたのかは分かりませんが、人間が〇んだあとの腐敗、もしくはミイラ化した遺体からは一般的ではない有害物質が出ていたり、未知の病原菌を持っている可能性が高く、体内に取り込まないようにする必要があります。

※(遺体がその場になくても、感染・中毒のリスクあり)

ですので、防護服や化学物質を遮断できるフェイスガードなどを装着することが万が一の自己防衛となります。


心理的瑕疵(しんりてきかし)がある時点で 先に説明しておくべきでは?

そもそも店主は賃貸マンションの希望などしていません。


≪そうなんですね。清掃とリフォームがされるなら安心です≫

そう言って受け入れるひとは極々稀だと思われます。


『自〇・他〇の事件性はなかったと 警察から報告を受けたので、事故物件ではないですし 珍しくないですよ。よくある物件です』


告知義務が発生している時点でここは『事故物件』です。


『ほう!部屋の中をすべてキレイにしていただけるんですね!もちろん費用はそちら持ちで』


無言の店主に代わり筋肉君が、大声で不動産屋へ詰め寄ります。


『……はぁ。ご契約いただけるなら一部は負担いたします』


言うまでもなく現地解散となり、二度とその不動産屋の顔を見る事はありませんでした 。


付き添ってくれた筋肉君とアシスタントさんへお礼を言い、二人の食べたい食事をごちそうして各自帰路へつきました。

その後、別の不動産屋で物件を探し、無事引越しは完了したのです。


※※※※※


※(ここからは【心理的瑕疵(しんりてきかし)】の後日談です )


なぜ、事故物件へ連れていったのか 真意は不明ですが、あのような事を繰り返していれば 商売どころか色々と破綻するでしょう。

先月、五月。雨降りの中タクシーで移動途中、例の不動産屋の前を通る機会がありました。道が混んでいたので、店の前でタクシーが偶然停まったのです。


営業中であろう日曜日にシャッターがおろされています 。

近隣を知っているか分からないのは承知ですが、運転手さんへ

『ここの不動産屋、ずっと閉まってます?』と聞いたところ 、


『ああ、かなり前から開いてないですね。閉店したのでは?』の返事でした。


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◆心理的瑕疵◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom

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