【書籍】仮初め家族の溺愛調査〜元騎士令嬢、初恋の魔術師と魔王の子を子育て中〜

蓮水 涼

発売記念SS(ヴァレルド視点)

※ATTENTION※

こちらは「仮初め家族の溺愛調査〜元騎士令嬢、初恋の魔術師と魔王の子を子育て中〜」のヒーロー、ヴァレルド視点のお話です。

時系列は本編後ですが、本編を読んだことのない方へも「こんなヒーローが出てくるよ」という紹介のつもりで書きました。

ただし、書籍をアニメイト特典付きでお迎えくださった方には、読了後に読むことをおすすめいたします。


それでは、ヒーロー視点のショート(じゃないかもしれない)ストーリーを楽しんでいただけましたら幸いです!



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 ヴァレルドはカナン王国の第三王子として生をけたが、諸事情あって他国であるフェデロス王国に亡命した。

 そこではカナンでの姓を捨て、ヴァレルド・サージェスとして、そして宮廷魔術師として新たなスタートを切った。

 母国では裏切りや謀り事ばかりを身近に感じて生きてきたヴァレルドにとって、王族でなくなることは、そういった権謀術数からようやく離れられるという期待が少なからずあった。

 しかし、蓋を開ければなんてことはない。

 結局どこに行っても、ヴァレルドは人の欲望に巻き込まれるだけの存在だったのだ。

 男はヴァレルドの才能に嫉妬し、女はヴァレルドの寵愛を求めて、あるいは両者に限らずヴァレルドを利用するために。

 母国では親友だった男にも――事情があったとはいえ――裏切られている。

 もう辟易としていた。

 誰かのために消費されることが。

 それなら一人でいたほうが気も楽だと考え、実際に人との距離を取り始めたのも仕方のないことだろうと自分に言い聞かせる。


 だからこそ、彼女――イザベラ・ブラッドフォードとの出逢いは、ヴァレルドにとって衝撃的だった。


 ヴァレルドはこれまで、彼女ほど人のために骨を砕く者を見たことがない。

 第一は彼女の姉だ。

 彼女は『聖女の番犬』と呼ばれるほど聖女あねに尽くし、姉のためなら危険も厭わなかったという。

 その姉が魔王と結婚し、離れて暮らすことになっても、やはり彼女は誰かのためにその身を犠牲にする。

 魔王と姉の子であるルアンのためであったり、そして、彼女とはなんの血の繋がりもないヴァレルドのためであったり……。

 ヴァレルドはイザベラと出逢ってからのことを整理するため、自宅の地下室にある研究部屋にこもっていた。

 思考を整理したいときは、一度紙に吐き出すと整理しやすい。

 もはやそれが癖となっているヴァレルドは、自分のイザベラへの気持ちを整理するため小一時間は紙面と睨めっこをしている。


(俺のイザベラに対する想いはどこまでのものだ? ?)


 紙には、『イザベラを愛している』『犠牲になってほしくない』『家族愛ではない』『親愛ではない』『友愛ではない』『愛おしい』『自分のものにしたい愛』『他の誰にも渡したくない愛』『身勝手な愛?』『カナンの王とは違うと言えるか?』『生温いってなんだ』――などが書き込まれている。


「あー……いや、最後のは違うな」


 最後のは、あるお節介な男から受けた言葉だった。

 その男はこうも言った。

 ――〝自分しか選べないような状況を作って精神的に囲うくらいはやったほうがいい。でないと逃げられるよ〟

 本当に余計なお節介だ。

 というより、その発言はかなり引くものだった。


(だが、無意識にも紙に書き出したということは、実は気にしていたのか……?)


 ヴァレルドはそこでハッと気づく。

 先ほど「どこまでやっていい?」と我知らず考えた思考こそ、その証ではないか、と。

 自分の想いがどの程度なら彼女を逃がさないためにと、自然と考えてしまっていたのは、男の思考と似たところがある。

 そして、どこまでなら彼女に許されるだろうと、ぼんやりとでも思ってしまったのはもうアウトだ。

 これは非常に危険な思考である。

 危険だとまだ認識できている今のうちに後戻りしないと、本当にイザベラに何かしてしまいそうで怖い。こんな危険な助言をしてきた男のように、好きな人を追い詰めたくはない。

 ヴァレルドにとって『イザベラ・ブラッドフォード』という人間は、これまで会った人々の中で誰よりも気高く、優しく、幸せにしたいと思った相手だ。

 彼女が自分の身を顧みないというのなら、代わりに自分が彼女の身を案じようと決めた。

 決して彼女から目を離さず、誰かのために危険なことをしないよう見張り、母のように失うものかと。


(って違う! だからそれは危険な思考であって俺は彼女を束縛なんてしたくなくて)


 母は望まずカナンの王のお手つきとなり、ヴァレルドを生んだ。

 そしてヴァレルドを守るために毒を飲み、記憶を失った。

 記憶を失ってからの母はヴァレルドのことを見ると泣き叫ぶようになり、ヴァレルドを忌避した。

 イザベラには、そんなふうになってほしくない。

 六年前から憧れていて、ずっと好きだと言ってくれた彼女のままでいてほしい。もう二度と大切な人を失いたくないから。

 だからこそ自分は、カナンの王のようになってはならないのだ。

 この身に流れる半分は父王の血とはいえ、半分は母の血が流れている。きっとそれが父王の血を抑えてくれるだろう。

 ゆえに束縛などせず、イザベラの意思を無視するようなこともあってはならず、彼女に好きだと言ってもらえた自分のままで居続けるのだ。

 

(憧れ……そういえばイザベラは、俺のどこに憧れたんだ? 確かカナンで会ったときは会話なんてほぼなかった。俺の顔だって見えていなかったんじゃないか? とすると、王妃から庇った〝行為〟そのものか?)


 すらすらと書いていく。

 ようやく少しずつ思考がまとまってきた。

 つまり、イザベラに逃げられないために自分がすべきことは、彼女が憧れてくれた自分のままでいることを必須条件とし、これまで以上に魔術の鍛錬を行い強く在ることを必要条件として、そして――。


「――ヴァレルド様!」

「っ!?」


 急に思考を殴るような声が耳につんざき、意識が現実に戻る。

 慌てて後ろを振り返ろうとしたせいで、机の上の紙が床に散らばった。

 眠そうなルアンを抱えていたイザベラが、その紙をひょいと拾い上げてしまう。


「イザベラっ、それは……!」


 本人に見られることを想定して書いていない紙を、慌てて奪い返そうとする。

 というより、誰よりも本人に見られることが最悪の事態だ。

 これなら彼女が読めない魔術文字で書いておけばよかったと今さら後悔する。

 本気でイザベラから取り返そうとしたヴァレルドを、しかしルアンが「ダブゥ」と紅葉もみじの葉みたいな小さな手を前に突き出して止めてきた。

 本当にこの赤ん坊は、乳児とは思えない行動をする。


「ヴァレルド様、これはどういうことですの?」

「いや、その、悪かった。頭の中を整理したくて……だが、君からすれば気味が悪かったよな?」


 本当に最悪だ。

 せっかくイザベラもヴァレルドのことを好意的に思ってくれていたのに、これで一気に想いが冷めてしまうかもしれない。

 彼女を誰かにとられたくなくてどうすべきか頭の中を整理しようとしただけだったのに、期待した結果を得られないだけでなく、逆に嫌われる羽目になるなんて想定していなかった。

 こういうとき、研究なら不測の事態に備えているものだが、これは研究とは違う。

 回復の手立てが思いつかない。

 ひたすら謝って二度としないと誓うか?と考えていたとき。


「気味は悪くありませんが、ただちょっと、怒ってますわ」

(おこっ……ああ、終わった)


 やはり、あんな訳のわからない男の助言など無視しておけばよかったのだ。

 そうすれば、まだもう少しは彼女の憧れのままでいられただろうに――。


「わたくしが憧れたままの自分でいるって、なんですの? つまりヴァレルド様は、わたくしに心を開いてくださる気がないということ?」


 そのとき、イザベラから予想外の言葉を投げられて目をまばたく。

 もっと気持ち悪いとか怖いとかそういう怒りをぶつけられると思っていたのに、彼女の言う〝怒り〟はどうやら別のところにあるらしいと瞬時に悟った。


「いや、そういうつもりはなくて。ただ……」

「ただ?」

「……イザベラが俺から離れていかないようにするには、どうするのが一番いいか考えていたんだ。それはそのための思考をまとめていたもので」


 彼女のまっすぐな眼差しが容赦なく突き刺さってくる。

 嘘も誤魔化しも許さないという、澄んだ強い瞳だ。

 その瞳に見つめられると、すぐに白旗をあげたくなってしまう。

 ヴァレルドは観念して白状した。


「俺はこれまで裏切られることを当たり前だと思って生きてきた。誰が俺から離れていこうが、仕方ないと思ってやり過ごしてきたんだ。きっと俺にも原因はあっただろうから。だが、君に離れていかれると思うと、これまで感じたことのない胸の苦しみを覚えて……。何か事象が起こったとき、その原因の考察と真相の究明は研究者として当たり前のことだ。胸の痛みが君を失うことへの恐怖だとわかったなら、これまでの人間のように俺から君が離れていかないためにはどうすべきかと考えていた。そこにも書いたように一番有効な手段は拘束だが、それは当然却下した」


 イザベラが拾い上げた紙面に視線を落とす。

 

「さすがに監禁は犯罪だ」

「そ、そうですわね」

「次に、俺が常に君と共に行動することも考えた。しかしこれもだめだ。仕事がある」

「ええ、気づいてくださって何よりです。あの、というより、そういったことを、本気で……?」

「どんなことでもまず一度考える――それがどれほど馬鹿らしい案だったとしても。その癖がついているから、今の二つはそこまで本気で考えたものじゃない」


 まあ、というのが危険な思考ではあるのだが、イザベラは気づいていないようだ。

 そしてヴァレルド自身も、自分の中に潜む危うさを完全には把握していない。


「つまり、こういうことですか? わたくしがヴァレルド様から離れない確証があれば、ヴァレルド様も安心できるということでして?」

「…………まあ」


 それなら話は早いと言わんばかりの顔で、イザベラが胸を張った。


「わたくしがヴァレルド様の前から姿を消す未来は想像できませんけれど、それならわたくしの居場所が常に把握できるような魔術道具はありませんか? ヴァレルド様のためでしたら、身につけることに抵抗はありませんわ」

「イザベラ……」


 彼女は女神か何かだろうか。

 ヴァレルド自身、自分でも自分のことをどうかしていると思うのに、それを受け入れて、なおかつそんな画期的な提案をしてくれるなんて。


「俺の知る限りそんな魔術道具はないから開発しよう。俺の居場所も君が把握できるようになればもっと安心だな。何かあったらすぐに俺を訪ねて来られるようになるし」

「まあ、素敵ですね! でもお仕事の邪魔はしたくありませんから、程々にしますね」

「いや、君は遠慮しがちだから、遠慮しなくてちょうどいいくらいだ。さて、君からの許しがあるなら善は急げだな。さっそく取りかかろう」

「いえ、その前に昼食をとってくださいませ。そのために呼びに来たんですから」

「…………」

「そんな顔をしてもだめです。ほら、行きましょう」

「アブゥ」


 ルアンからも小言のような視線をもらって、ヴァレルドは観念したように頷く。

 結局、そのあとくだんの魔術道具が無事に開発されたかどうかは、また別の話としよう。


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