お誕生日おめでとう
幸まる
覚えているよ
ボクのお母さんは入院中。
もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだ。
女の子だって。
妹かぁ。
ボク、本当は弟が良かったんだけどな。
そしたら、サッカー教えてあげるのに。
まてよ、妹でもサッカー出来るかも。
同じクラスのみさきちゃんは、お兄ちゃんとサッカー教室行ってるって言ってたもんね。
それにしても、不思議だなぁ。
ボクは弟が生まれてくるって思ってたのに、なんで妹になっちゃったんだろ。
だいたい、赤ちゃんって、いつ人間になるのかな?
そうだ、パパに聞いてみよっと。
「ねえ、パパ」
「なんだいコウ」
ソファーに座っていたパパは、見ていたスマホから視線を上げた。
「赤ちゃんって、どうやってできるの?」
「えっ、……うん、あ〜、そうだな、コウノトリさんが、その、運んできてくれるんじゃないか?」
「なんで疑問形なの。っていうか、コウノトリって、どんな鳥? どっから来るの?」
「えっと、そうだな、どこからかな…」
そう言いながら、パパは側にあったメモ用紙に鳥の絵を描く。
それってハシビロコウじゃない?
いや、怪獣?
「前から思ってたけど、パパってさ、絵が超ヘタクソだね」
ボクからのド下手宣告に、パパはズガンッと衝撃を受けた顔になった。
あれれ、自覚なかったのかな?
こんな時こそ、スマホ活用すれば良かったんじゃないのって思ったけど、まあいいや。
「もうこれがコウノトリってことでもいいよ、パパ。それで、どこから運んできたかわからない子が僕の妹になるの?」
「え、そ、そうだな、それは困るな」
「それに、コウノトリは運んできた赤ちゃんをどうやってママのお腹に入れたのさ?」
「う〜ん、どうやったんだろう。……なんかホラーな想像になってきたなぁ」
「何考えてんの、パパ」
ボクは呆れた。
パパはお気楽そうに笑ってるけど、世界中でそんな風に赤ちゃんができていたら
まったく、ボクの質問をはぐらかそうとしてるんだろうけど、誤魔化すのがヘタなんだよ。
なんで大人ってこういう質問にすんなり答えないかな。
「赤ちゃんがどうやってママのお腹にできるかなんて、ボク知ってるよ」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。男女の身体のことは学校の保健体育で習うし、特別授業でも教えてくれたもん。パパとママの赤ちゃんの種が上手くくっついたらできるんでしょ」
「種……うん、まあそうかな」
パパは微妙な顔をしてるけど、話が先に進まないから無視無視。
「そうじゃなくてさ、小さい種から大きくなっていく内の、どこで人間になるのかな」
「んん? 最初から人間じゃないのか?」
「え〜、その頃からもう色んなこと考えてて、気持ちもあるってこと?」
「気持ち?……ああ、心がいつできるのかってことか」
「そうだよ。生命の元はママのお腹に種がくっついた時にできるんでしょ。じゃあ、心は?」
ボクは赤ちゃんの頃のことを覚えてない。
覚えてるのは、幼稚園に入る前あたりからで、その前のことは全然覚えてない。
なのにパパもママも、おじいちゃんおばあちゃんも、ボクの小さな頃の話を時々嬉しそうに話すんだ。
写真や動画も残ってて、赤ちゃんのボクは笑ったり泣いたりしてる。
変な感じ。
それって、本当にボク?
「そうだなぁ、種が育って脳ができた頃に…なんて聞いたことがあるけど、種がママのお腹に宿った時から有るんじゃないかって、パパは思うよ」
「なんで?」
「だってさ、ママが
「ホントに?」
元々ママはご飯の方が好きなのに、妊娠中はなぜかご飯はいらないと言って、パンばかり食べていた。
あれって、赤ちゃんが食べたかったってこと?
「コウがお腹の中にいる時はさ、ママが話しかけたら、コウはお腹の中から蹴ったりしてたんだ」
「ボクが?」
「そうだよ。もうすぐ生まれるぞって頃には、パパが話しかけてもポコンと動いたりしてさ」
パパは嬉しそうに笑う。
ボクはお尻が痒くなったみたいな気がして、モゾモゾした。
その時の気持ちなんて、少しも思い出せないぞ。
ボクの心は、その頃からちゃんとあった?
「……そんなの、ちっとも覚えてないよ」
「そりゃあそうだろうなぁ。パパだって自分の小さな頃なんて覚えてない」
「そんなので、“有る”って言っていいの?」
「良いんじゃないか? だって、覚えてないことは、“無かった”ってことじゃないだろ」
確かに、一ヶ月前の給食のメニューは覚えてないけど、ボクは確かに食べた。
無かったことには、ならないよね。
パパは、手に持ったままだったスマホをテーブルに置いた。
「それにさ、ほら、まだママのお腹に赤ちゃんがいるって分からなかった時に、コウが言ってたじゃないか。『ボクの弟ができるよ』って」
そう、ボクは去年夢を見たんだ。
ぼんやり光る、とっても小さな小さな子に、『お兄ちゃん、待っててね』って指を握られる夢を。
自分でも不思議だけど、その子がボクの弟妹になるんだって、すぐに分かった。
だから起きてすぐ、ママに『ボクの弟ができるよ』って言ったんだ。
ママはまだお腹に赤ちゃんがいるって気付いてなくて、検査したら本当に妊娠しててびっくりしたって言ってた。
そうか、もしかしたら、赤ちゃんはあの時にはもう心があって、ボクにテレパシーを送ってきたのかもしれない。
弟だと勘違いしちゃったのは、ちょっと男の子っぽく感じたから。
でも、男の子に近い女の子だって、いっぱいいるもんね。
納得しかけたところで、突然パパのスマホが鳴って、ボク等は跳び上がった。
電話は、ママが入院している病院からで、赤ちゃんが生まれる準備を始めたって連絡だった。
それからは嵐みたいだった。
パパは急いでおばあちゃんに連絡をして、ボクと病院へ行った。
おじいちゃんは、仕事が終わったらこっちに来るって。
分娩室っていう部屋にはパパしか入れないから、ボクはおばあちゃんと待つことになっていた。
ボクはなんだか緊張して、廊下を行ったり来たりしていた。
その内、ドアの向こうからママの唸り声が聞こえて、びっくりした。
ママのそんな声は聞いたことがない。
「ママはね、今一生懸命痛みと戦ってるんだよ」
廊下のベンチに座ったおばあちゃんが、立ったままのボクの手を握って言った。
そっと引かれて、ボクは隣に座る。
「……痛いの?」
「そうだよ」
「すごく?」
「とってもね。新しい生命を誕生させるのは、本当に大変なことなんだ。皆みんな、こうやって生まれてくる。おばあちゃんも、こうやってパパを産んだんだよ」
ママの声がまた聞こえた。
ボクの時も、ママはこんなに頑張ったのかな。
「赤ちゃんもね、頑張ってるんだよ」
「赤ちゃんも?」
「そう、赤ちゃんもね、温かいママのお腹の中から初めての世界に出てこようとして、すごく頑張ってるんだ。コウくんもね、ママの中からこうやって頑張って生まれたんだよ」
「ボクも……」
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「そうだよ。おばあちゃんはあの日をよーく覚えてるよ。よく頑張って生まれてきたねえ、コウくん。ありがとうねぇ」
おばあちゃんが握った手は、とても温かい。
握られたままでなんだか照れくさかったけど、離す気にはなれなかった。
ママの声は、何度も聞こえてくる。
「がんばれママ。がんばれ、赤ちゃん」
ボクは呟いた。
あの日見た夢みたいに、ボクの心も赤ちゃんに届くかな。
うん、きっと、きっと届く。
がんばれ。
がんばれ。
約束通り、お兄ちゃんは待ってるよ。
ボクはギュッと拳を握る、
がんばれ。
がんばれ!
猫が叫んだみたいな、しゃがれた変な声がした。
それが、ボクが聞いた最初の赤ちゃんの声だった。
赤ちゃんは、夢で見た小さな小さな子には全然似てなかった。
真っ赤っかで、しわくちゃで。
……お猿?
でもパパは、鼻はパパにそっくりで、口はママに似たって喜んでる。
そうかなぁ。
絵心ないから、その見立ても怪しいと思うけど。
「……お兄ちゃんだよ」
ボクはそう言って、消毒した指で、小さな小さな赤ちゃんの手を突付く。
突然、赤ちゃんがキュッとボクの指を握った。
あの夢と、同じ。
ああ、やっぱり、キミはあの時ボクに会いに来てくれてたんだよね。
アーモンドみたいな形の目で、キミがボクを見つめる。
キミがあの日の夢を覚えていなくても、今日のことを覚えていなくても、ボクはずっと、覚えているからね。
「お誕生日おめでとう」
《 おしまい 》
お誕生日おめでとう 幸まる @karamitu
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