第2話 素手にて、敵を制す

「武の真髄だァ? 何言ってやがんだコイツ!」


 サーベルを握る悪漢は、立ち塞がった銀髪幼女を叩き斬らんと体重を乗せる。


 しかしまるで巨木を相手にするかの如く、刀身を挟んだ少女の両手は微塵も動かない。


 その後ろで、状況に理解が追いつかず口をポカンと開けたままの丸ぶち眼鏡にビロードおさげ髪の女へ、幼女は顔を向けず透き通った声を掛ける。


「お嬢さん。危険じゃから、少し離れておれ」

「お、お嬢、さん? あ、わ、わかったわ」


 女性は困惑しつつも了承し、四つん這いで距離を取る。


「あ、テメェ! 逃げんじゃねェ!」


 巨漢は慌てて剣を引っ張り上げた。頭二つ分を超える身長差ゆえ、さすがに背丈足らずで幼女の手から刃が離れる。


 しかしすぐさま逃げる女性との間へと身を滑り込ませ、小さな身体で路地の道を塞いだ。


「おぬしの相手はわしじゃ」

「へッ、身なりの汚ねェガキなんざ、斬ってもかねにならねぇんだよ!」


 言い終わらぬ内に、男は右足で乱暴に蹴り上げる。幼女は左脚を下げ上体を捻って難なくかわし、右手刀を男の脛目掛け勢いよく振り下ろした。


「いッッッてェ!!」


 たまらず打たれた箇所を手で押さえ、左脚でピョンピョンと跳び退がる巨漢。


 銀の長髪の後方で、背負子を担ぐ女はようやく起き上がったものの、少女の動きを目の当たりにしてそのまま立ち尽くしていた。


「す、すごい……。まるで風に舞う羽毛のような軽やかさ……。何より、あの子からは『死ぬかもしれない』という恐怖心を全く感じない……」


 彼女の推察は的を射ていた。


 前世の齢九十九。その間に数々の死線を生き抜いてきた彼にとって、この程度の危機など児戯に等しいのだ。


 埃のついた麻服を、幼女は手で軽く払った。


「彼我の力量差は分かったじゃろう。命までは取らん。さっさと回れ右して帰るがよい」

「このガキィ……! 言わせておけば……!」


 顔を紅潮させた大男は、太い腕でサーベルを高々と掲げる。


 銀髪少女は幼い顔立ちで「やれやれ」と言いたげな表情を作り、開いた両手を肩の正面に構える。


 ——青竜刀に類する武具。先の一太刀で重心の位置は掴んでおる。しからば……。


 下げた右足、その爪先を、さらに指の関節ひとつ分だけ後ろに退く微調整。


 片や素手。片やサーベル。体格も遥かにかけ離れた両者が、剣の間合いの内にて対峙する。


 直後、巨漢の身体が大きく動く。力任せに、荒々しく、曲刀を縦に振り下ろす。


 拍手かしわでひとつ、路地裏の空気を震わせる。


 幼女の白い指が、凶刃を左右から包む。しかし、剣の勢いは僅かながら生きている——否、あえて生かしてあった。


 下げた右足、指の付け根で、強く踏み込む。その反動を使い、少女の上半身が左へ捻れる。サーベルを挟んだままの手は、左手を下へ、右手を上へと、滑り込ませる。


「うおッ!?」


 刀身の捩れは、無論、つかにも伝わる。


 大男の手の内で発生した回転が、握りしめていた指を払い除け、掌から抜け落ちる。


 少女はすかさず腰を巻き、刃を引き込み、的確にグリップを捕まえた。


 無刀にて、敵の武器を取る——『奪刀法』。


 まばたき一つの間に、今や巨漢は丸腰の棒立ちとなり、逆に幼女の手には身に丈に合わない大きさの曲刀が握られていた。


「ほっほっ。形勢逆転、じゃのぅ?」


 コロコロと笑う楽しげな声に、得意げな表情。奪い取った剣の背で、自身の右肩をわざとらしくトントンと叩く。


「ぐ、ぐぬぬぬぬゥ……!」


 男は空いた両拳を握り、睨みつけるが、その歪みに歪んだ顔からして、屈辱感が隠しきれていない。


 幼女は銀髪を靡かせ大男を見上げると、射抜くような眼光を差し向けた。


「まだやると言うのなら……命の保障はせぬぞ?」


 男の背筋がビクンと跳ね上がり「お、お、覚えてろよォ!!」とベタな捨て台詞を吐きながら、路地の奥へと転がるように逃げていった。


 少女はその様を肩に曲刀を乗せたまま眺めたのちに、ふう、とひとつ息を吐く。


「あ、あの——」


 そんな彼女の背後から、さっきの女性の声が掛かり、振り返る。


「お陰で助かりました! 私、サイカって言います! 以後お見知り置きを!」


 そう言って、サイカと名乗る深緑のおさげ髪は、両手で幼女の左手を取った。立って並ぶと、サイカの方が頭ひとつ背が高い。


「それで、あの、お礼をさせて欲しいので、もし良ければお名前を伺っても……?」

「儂の名か。うーむ——」


 問われた少女は、目を閉じてしばし考え込んだ。気安く前世の名前を教えてよいものか、と。


「……杉海すぎうみじゃ」


 が、名を偽るのも彼の流儀に反するため、素直に名乗ることにした。


「スギュー……?」

「すぎうみ。杉海鍛三たんぞう、じゃ」


 改めて言い直すが「なんだか呼びにくい名前ですね……」と今度はサイカが丸眼鏡の奥の瞼を伏せて考えだす。


 やがて「そうだ!」と呟き、手のひらに拳をポンと乗せる。


「ギュウタン!」

「え……?」

「愛称ですよ、愛称! 今度から私、あなたのことはギュウタンと呼ばせてもらいますね!」


 ニッコリと微笑み、サイカはギュウタンの手を改めて握り、ブンブンと上下に振った。


「なんだか……美味しそうな愛称じゃのぅ……」


 杉海鍛三ことギュウタンは、やや呆れ顔でぼそりと零す。と——。


 ——ぐぎゅうるるるる。


 幼女の腹の虫が、それに返事をした。


「あ、お腹減ってるんですね! 奢りますよ!」

「空腹もじゃが……まずはこの剣と服装もなんとかしたいのぅ」

「ふっふっふ、そういう事なら、私得意ですよ! ほら、行きましょう、ギュウタン!」


 銀髪の少女はおさげ髪の彼女に手を引かれ、町の大通りへと歩き始めた。


 

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転生ロリジジイ、無刀取りで無双せり! 下田 空斗🌤 @Ku_Mo99

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