第6話 サウザンクロス


「サウザンクロス駅に着きます。ここで降りられる方は、お忘れ物のなきよう...」


隣の席のツガイ男はすっと立ち上がり、女に手を差し出した。彼女はバツの悪かった顔を忘れ、まるで祝福の光を浴びるかのような笑顔をみせながら、その手を取った。


「じゃあな。君が探しているものは、この先にはないよ」


男は去り際にそう言ったような気がした。俺はうっすら目を開け、ただその背中が汽車の扉の向こうへ消えていくのを、ぼんやり眺めた。


 男女ツガイは降りられたのだ。サウザンクロス行きの切符を生まれた時から持っていたんだろう。


いじめっこのザネリを救うために川に入ったカムパネルラでもわからないようなことが、サソリのようにみんなのために命の火を燃やし続けたこともない俺に、わかるはずもないわけで、せいぜいこの不完全で幻想第7次の銀河鉄道みたいな、人生というレールに乗った汽車をどこかで下車するまで、なんの切符も持っていないことが、車掌にバレなければいいと思いながら必死に隠れて進むしかない。そんなことではたして俺は「ほんとうのさいわひ」に近づいていってるのだろうか?


車窓から見える東の空にオリオンの右肩で赤く輝くベテルギウスがみえた。太陽の700倍の大きさを持つといわれるこの星はすでに消滅しているかもしれないが、650光年を超えてなお、その赤い輝きを夜空に魅せている。


サウザンクロスで降りられれば、機械の身体が手に入ったのだろうか。そんな詮無いことを考えている間に、汽車は石炭袋にかなり近づいているのではないかと思う。キセルで隠れながらでも乗ってきてよかった。石炭袋でなら切符がなくても、この不公平格差レールウェイ人生システムから降りられるだろう。


いまならきれいな草原でジョバンニを置いて下車したカンパネルラの気持ちが、わかるような気がする。窓の外にきれいな草原が見えたとき、俺には誰かほんとうに会いたい人の姿が見えるのだろうか。


まどろみの中でふと見ると、先ほどまで男女ツガイが座っていた席に誰か座っている。穴の開いたズボン、煤で汚れた上着、バッヂをつけた野球帽。小学生くらいの少年か?気だるいまどろみの中、薄目を開けてみる。少年もこちらを見た。目が合う。少年の目は石炭袋のように真っ黒で底が見えない。永遠とも思える深淵の闇。ハッと目を開ける。たしかに少年は自分だった。幼少期の自分。すでに席に姿はない。あたりを見回すが人影もない。


「次は終点。新千歳空港です。どなた様もお忘れ物なきよう…」車掌のアナウンスが入る。


いつの間にか右手に切符を握っていた。おそるおそる手を開く。切符にはまだなにも書かれていない。満点の星々の光を受け、切符は微かに光を放っていた。


汽車を降りると、なにもないきれいな草原が広がっている。俺は一目散に走り出す。

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まどろみの車窓と、星の銀河 ~格差社会と銀河鉄道な夜~ 白よもねこ @shiroyomoneko

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