第一章第三節
最後の門をくぐった七人は、広がる光に目を細めた。光は柔らかく、しかし確かな現実感を持って彼らを包む。魔王領の冷たく硬質な空気とはまるで違う、人間の世界の匂い。微かな風が髪を揺らし、遠くに森や川の気配を感じさせる。
私はその背後で、静かに立ち止まった。追跡の魔族たちが角を曲がるたび、振動が床を揺らす。だが、ここで退くわけにはいかない。七人を守る――そのためなら、私が最後の壁となる覚悟だ。
「……まったく、手のかかるクソガキ共だ」
低く呟く。冷静な声の奥に、熱い感情が潜む。守るべき存在への愛情、そして自らの立場と職務への矛盾。私は半魔族としての力を最大限に引き出し、追手を迎え撃つ。蹴り一つ、腕を振るう一撃で、敵を次々に排除していく。
その瞬間、頭の片隅で思う。幼いころから共に過ごした日々、訓練の合間に交わした笑い声、泣き顔、怒り顔――すべてが胸の奥で鮮やかに蘇る。彼らの笑顔は、いつも私の中で欠けていたものだった。
「守る……だけじゃ足りないのかもしれない」
小さく自分に言い聞かせる。職務を放棄すれば死刑だ。しかし目の前で笑う彼らを見たい、ただそれだけの感情が、私を動かしていた。
七人は振り返りもせず、門の先へと駆ける。ルキアヌスの手がアウレリアの手と重なり、シルウァヌスは計算された動きで最短ルートを選ぶ。セレニアは静かに、皆を導く光のようだ。イグナティウスは拳を握り、熱意と勇気を胸に抱く。そしてウィクトリヌス――圧倒的な自信と判断力で、最も危険な地点で仲間を支えている。
クラウディアだけが、わずかに遅れ気味に見える。だが、その目には何か――未来の選択を暗示する、微かな影が宿っていた。
私は深く息を吸い、変形フォームを解く。疲労と戦闘の高揚感が混ざり、体の隅々まで力が巡る。追手を押さえつつも、心のどこかで笑みを浮かべる。
「期待なんてしていないが」
「……頑張れよ、クソガキ共」
それだけを告げ、背を向ける。彼らの自由のために、影となって戦う。それが私の役目であり、私の選んだ道だった。
遠くから聞こえる風の音、扉の向こうで七人の小さな足音が光の中に消えていく。希望は、まだ小さい。しかし、確かに存在している。魔王領の外に広がる世界、座標X――その地で、七人は自らの道を切り拓くのだ。
『影は光の先を見守る。目に見えぬ場所で、希望は静かに育つ。誰も知らぬ影があってこそ、自由は芽吹く――そして、時は巡る』
私は最後の追手を蹴散らし、深く息を吐く。冷静な顔の裏で、胸の奥に小さな期待が芽生える。しかしそれは、すぐに押さえ込む。期待など、最初からしないのだ――だが、彼らの笑顔が、見たい。
薄暗い廊下に残るのは、私だけ。七人の未来を見守る影として、私は静かに立ち尽くす。
魔王領第ゼロ情報提供装置奈落中枢アバドン・コア所属、七層管理者イシュメアより。
座標Xへの道程 五月雨 @20110814
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