ヅラよ、さらば
桜隠し(mamalica)
ヅラよ、さらば
起床し、歯みがきし、朝食をとる。
再び歯みがきし、洗顔フォームで顔を洗う。
化粧水を染み込ませたコットンで、顔をマッサージする。
美容液を塗る。
乳液も塗る。
仕上げに、日焼け止めクリームも塗る。
リップも塗る。
椿油を髪に塗り、
バイトして買った伝統工芸品は、手のひらにも髪にも素晴らしく馴染む。
漆黒のラウンドマッシュの髪が、いっそう輝きを増す。
「うん、バッチリだぜ!」
鏡を凝視し、ほくそ笑んだ。
シャンプーとトリートメントを変えたのも正解だった。
品質と価格は比例するのだ(たぶん)。
「でも、あと一センチ短い方が清潔感があるかな? 放課後に理容室に行くか」
ハミングしつつ、制服に着替える。
白ワイシャツ・青ネクタイ・紺色のブレザー・灰色のズボン・白靴下。
ワイシャツには、一点のシミも見当たらない。
完璧だ。
モデルのような顔立ちとは言い難いが、五つ星中の星四つは固いと自負している。
だが、妥協は許されない。
――青年よ、美しくあれ。
男ならば、美を追求するのは当然だ。
「行ってきまーす!」
家族に挨拶し、ピカピカに磨いたローファーを履き、ふと鏡を見る。
「く、くそっ! いつの間に!?」
急いで洗面所に戻り、天頂の数本のアホ毛をワックスで撫でつけた。
やはり、油断は禁物だ。
薄地の灰色のベレー帽を被り、家を出る。
意気揚々と歩いていると、クラスメイトの堀越タカシが走り寄ってきた。
「おはよう、コーイチくん」
「おはよ、タカシ」
タカシは、切りっぱなしの髪を風になびかせている。
しかも、ノーメイクだ。
ぽっちゃり体型の彼は、頭も大きい。
髪ぐらい整えろよ、と
努力しない男に未来はないのだ。
が、タカシの口から意外な名が漏れた。
「コーイチくん、B組のリョーマくんのこと聞いた?」
「藤木がどうかしたのか?」
「ヅラをオーダーメイドするために、また東京に行ったんだって」
「はああああ!?」
「リョーマくん
「……そうだっけ?」
「東京は高品質のヅラが売ってるし、オーダーメイドショップも多いよ」
タカシは、カバンから雑誌を出した。
『東京イケメンカタログ』なるタイトルで、男子アイドルが表紙を飾っている。
「姉ちゃんの本を失敬しちゃった。僕にも合うヅラが載ってるかと思って」
めくったページには、アイドル似の見本画像が並んでいる。
『矢萩マナト型 15番』
『水森キョウ型 22番』
『式部トモヤ型 37番』などなど。
「僕も欲しいけど、薄いのは高いよなあ。厚いのは安めだけど、ひとめで分かるし。僕は、今のままでいいよ」
「お前もバイトしろよ。37番がイイ感じだな。ミディアムロングも似合いそうだ」
「そうだね。コーイチくんは頭の形もいいし、似合うと思うよ」
「当たり前だろ」
お人好しのタカシに褒められ、満更ではない気分で歩いていると、またも声をかけられた。
「二人ともおはよう」
これまた、クラスメイトの結城ハルナである。
平安美女のような長い髪は、絹糸のように
顔立ちも麗しく、藤木リョーマが狙っているとの噂である。
「あら、カタログなんて見てたの?」
覗き込むハルナは、快活に微笑む。
「ヅラなんて付けなくてもいいのにね。私は、自然体の方が好き」
「マジ?」
女子の口から珍言が漏れ、二人は目を白黒させる。
「女の子は、美男子が好きなんじゃないのか?」
「でも、皮膚の定着率は六割程度でしょ? 失敗したら悲惨じゃない? 次のヅラを重ねなきゃだし、それも五枚が限度だもんね。それ以上被ると厚さが目立つし、剥がす手術も大変そう」
「最近はヅラをつける女の子も増えてるよ?」
「でも、微妙に歪んでない? オーダーメイドでなきゃ、目や鼻の位置が合わないでしょ。穴の位置は、みんな違うんだし。素顔が一番ステキだと思う」
「ホントにそう思う?」
「うん」
「マジに?」
「そう思う」
「バイト……」
「してるの?」
「もうやめるよ。そろそろ、予備校に通おうかと思ってたんだ。来年は受験だし」
「そうだね。私は市内の大学を受けるんだ。頑張ろうね!」
ハルナは手を振り、近くを歩いていたクラスメイト女子に駆け寄っていった。
「……でも、美しくなる努力はやめないからな!」
タカシはカタログを拾い、土を払ってカバンに仕舞った。
【 完 】
ヅラよ、さらば 桜隠し(mamalica) @mamalica
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