第4話 黒面を狙う影
◆明治二十二年・深夜
倉庫街の隅。
佐々木五郎は、黒装束の男たちに囲まれていた。
偽物の黒面を名乗っていた男は、すでに逃げ去り姿がない。
五郎は黒面をきつく押さえながら低く問う。
「……お前たち、何者だ。黒面をどうする気だ」
隊列の先頭に立つ、“影の男”が冷たい声で返す。
「我らが探しているのは“力”だ。
正義も義賊も、ただの飾りだ。
黒面は――本来、主のために作られた器にすぎぬ」
「器、だと……?」
五郎の胸に嫌な予感が走る。
男が続ける。
「面は血を選ぶ。だが選ばれた血族が“義”など掲げているのは滑稽だ。
力にふさわしき者が持つべきだ」
「力を……奪うために、俺の名を騙らせたってわけか」
「名声は利用価値が高い。
お前のような男が築いた伝説は、あっさりと利用できる」
男が短刀を抜いた。
次の瞬間、複数の影が一斉に飛びかかる。
五郎はその場で一歩踏み込み、黒面の能力を解放した。
視界が研ぎ澄まされ、敵の筋肉の動きがゆっくり見える。
「黒面は、義を背負う者が使うもんだ……
てめぇらなんかに渡すかよ!」
五郎は地面を蹴り、飛来する刃をすべて紙一重でかわした。
黒影をなぎ払うように跳ね上がり、一人、また一人と倒していく。
しかし敵は多く、動きも統率されている。
面をつけていても五郎は疲弊し始めた。
「やれ……! 黒面を奪え!」
影の男が叫んだ瞬間、五郎の頭の奥に激しい痛みが走る。
――平成の気配が流れ込んでくる。
五郎はよろめき、敵の刃がわずかに肩を掠めた。
「くっ……! 何なんだこの感覚……!」
黒面が熱を帯び、別の時間の“誰かの恐怖”が胸に押し寄せる。
それは――平成の伊織の恐怖だった。
五郎は歯を食いしばった。
「まだ……倒れるわけにはいかねぇ!」
五郎は最後の力で影の男に飛びかかり、拳で面布を叩きつけた。
男は吹き飛び、手下たちは動揺して散る。
しかし男は倒れたまま、五郎へじっと手を伸ばす。
「……黒面は……主のものだ……血が……導く……」
その言葉は、五郎の胸に重く沈んだ。
⸻
◆平成十五年・伊織の家
窓の外に立つ黒いコートの男。
彼はまるで夜の空気そのもののように気配が希薄だった。
「黒面を渡せ」
静かな声が、光のない目から放たれる。
伊織は背後の机に置いた箱を握りしめる。
「渡すわけ……ないだろ。これは、俺の家の……!」
男はわずかに口角を上げた。
「佐々木の血……か。
やはり、お前が継いでいたのだな」
「……なんで俺の苗字を……!」
伊織の心臓が凍りつく。
この男は、五郎の時代を知っている――?
男は続けた。
「黒面は、力の器。
佐々木家がそれを“義”などという薄い理想で使うのは滑稽だ。
本来の継承者に返してもらう」
「意味がわからないし、勝手に話を進めるな!」
伊織は叫ぶが、声が震えていた。
男がゆっくりと門を押し開け、伊織の家の庭へ入る。
「逃げても無駄だ。
お前は既に“黒面の気配”に触れすぎた。
血は目覚め、面はお前を選んだ。
そして選ばれた者は――狙われる」
最後の一歩で距離が詰まる。
伊織は後ずさり、壁まで追い詰められた。
男が手を伸ばす。
「さあ、渡せ」
その時――
箱の中の黒面が激しく脈打った。
まるで“二つの時代が同時に震えた”ように。
男が一瞬、 動きを止めた。
「……何だ、この反応は……?」
伊織の胸にも、五郎が感じたのと同じ痛みが走る。
二人の視界が、一瞬だけ重なった。
五郎が戦っている。
敵に囲まれ、面を奪われかけている。
伊織の中で、誰かの怒りが燃え上がった。
「……くそっ、
俺は……逃げない!」
その瞬間、黒面が眩しいほどの黒光を放つ。
男が目を見開く。
「面が……完全に覚醒を――」
轟くような脈動が部屋を包んだ。
平成の夜に、
黒面の“真の力”がゆっくりと姿を現し始めた。
黒面狂想曲(こくめんラプソディ) 旭 @nobuasahi7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。黒面狂想曲(こくめんラプソディ)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます