魔王討伐の為に信じて勇者パーティを送り出したら職業“道化師”だけが帰還した話

OH.KAIKON

1.霧の朝の門衛

気付かなかったが、昨日の夜中に雨が降ったとのこと。


夜勤の兵から、それ以外特に異常無しとの申し送りを受けた一兵卒が、これから呑みに行くのだと豪語し鎧と槍を片付け兵舎に帰っていくのを見送り、門前にて立哨を開始した。


太陽と、第二月が同時に昇ってくる最中。早朝と呼ぶべき時間の交代である。

冷えた季節のため霧を辺りが覆った。


我らが衛兵隊が護るは、主君とその家族たる王室が住まう王宮の正門。

バカでかい庭と無駄にでかい至高者の館を背にして門前を警戒していると、霧向こうに何かが動いた。


「何か動いた」


「あぁ」


“なんだろうね”

“野良犬かな?”

そんな無駄な話の展開はせずに、ほぼ身体の反射で霧に向けて槍をしならせながら穂先を突き出す。


「誰かッ!?」


「止まれィッ!」


警戒中の歩哨、兵士が、不審者等に対して“汝は何者なりや?”と威嚇し、所属やら何やらを問い、不審者が応じない時は、場合によっては殺したり捕獲したりする。


これを誰何すいかという。


そして霧向こうの影は彼らの誰何に何ら反応せず、近付き、その姿を現すと衛兵らは冷えた汗を身体中に染み出させた。


二又に別れた、とがった先に白い毛球を付けた赤と紫と緑が無造作に混ぜられたカラフルな帽子。

血のように紅い手袋で隠された、指の間から見える白い粉塗れの顔。


それぞれ色が違う、大袈裟なほど大きなボタンに繋ぎ止められた、ツナギのようなカラフルな服。


それは宮廷で、サーカスで、或いは旅の大道芸でおどけて見せて笑いを誘う、そんな彼ら道化師クラウンの象徴的な服であった。


だが、しかし、目の前の道化師にその片鱗は無く。

ついさっきに人を斬ってきたような狂気。

天涯孤独の様な寂しさを纏う空気。

家族を天災により失くした半狂乱の様な雰囲気。


ユニークな服装は逆にこれらによって、目の前の道化師を更に恐ろしく見せた。


衛兵らは幾重もの戦場を這いずり、魔物を退治してきた歴戦の猛者ばかり。


槍にブレは無く、心に動揺は無く、筋に彩られた脚も震えていない。


しかし、しかし衛兵らは、ただの狂人の不審者として処理せず、衛兵らなりに最大限、神経を研ぎ澄ませ目の前のそれに警戒した。


ほんの少し、弱い魔物の発するそれよりは微弱に帯びた魔力。


そして、脚をくねらせ、両手を顔に引っ付けているというのに、道化師には、全く隙が見えない様に衛兵らの瞳に映った。


(何人……いや何百人?何千人殺してきた?)

数年前だかの飲み屋で、元服以来、警吏を長く務めてきた幼馴染は言った。

“人殺しはニオイで分かる”と。


ニオイとは物理的な臭いでは無く、ほぼ直感。人殺しとそうでない人間を見続けてきた者だけが、微細な違和感を総合したものを感じ取ることが出来る。それを“ニオイ”と表現したんだそうな。


(当時は鼻で笑ったが、今なら俺にも分かる。ありゃ─────)


化け物。

そう口を開きそうになった時に、道化師はひとつ、顔に貼っつけていた片手を引き剥がし、指を鳴らした。

その瞬間尖った靴と靴の間に小さな爆発が起きて、煙と鳥とを吐き出した。


いつの間にか、パンパンに荷物が入っていそうなバックパックが煙の晴れた所に置かれていた。


衛兵らは困惑した。

バックパックだって?旅行者や、冒険者パーティの荷物持ちバックパッカーが持ってるなら分かるが、何故に、道化師が持っている?


ピエロは細い腕でバックパックの中をまさぐり、一つ、紫色の紐で縛られた、金を散りばめた黒い箱を取り出した。


衛兵らはギクリとして槍の穂先を彼に向けるのをやめた。

紫とは即ち高貴な色。貴族等の特権階級にのみ使うことが許された色である。


そしてあの箱は────────。


道化は衛門と兵に跪き、依然何も言葉を発さぬまま、片手で器用に箱を開けると、予想通り、綺麗な紙が現れた。


紙の右端下には、紅色のグレートシールが。

簡単に言えば国王の印鑑。

大層重要な公的文書に貼られているものだ。


クリムフスク三世陛下より拝命しました・・・・・・・・・・・・・・・・・・魔王討伐の任・・・・・・”、これの件についてを陛下にご報告させていただく為、速やかにお通し願いたい」

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