新・迷探偵ゴメンさん
髙橋P.モンゴメリー
第1話 新・迷探偵ゴメンさん
春のいい天気の日。
二〇二〇年の、あの妙な空気が町を包んでいた頃の話だ。卒業式も入学式も、やるにはやるけれど人数を絞って、あっさり終わる。自治体によっては、そもそも中止になってしまったところもあるらしい。
そんな中で、中学生になったばかりの髙橋従一郎は、ただただ退屈な日々を送っていた。
本当は「たった一つの真実も見抜けない、見た目は大人、頭脳は子供、その名は迷探偵ゴメン!」という決め台詞まで考えていた。
だから最初は高校生主人公にしようと思っていたのだけれど、それだとどこかの金田一なんちゃらと、あまりにもかぶってしまう。
じゃあ小学生かと言えば、冒頭で二〇二〇年の時勢と「入学」の話を書いてしまったせいで、主人公が小学一年生だと今後の展開がやたらと難しくなりそうで不安になった。
仕方がないので、その中間。つまり中学生にした、というわけだ。
……と、ここまで書いてから「別に入学直後じゃなくてもよかったんじゃないか」と今さら後悔しているが、ひとまず執筆は続けることにする。
閑話休題。
いつものように、公園では「逆立ちサッカー鬼ごっこ」の真っ最中だ。
名前のとおり、逆立ちしながらサッカーボールを蹴ってゴールを狙い、逆立ちした鬼に邪魔されないように逃げ回るという、盛りだくさんすぎる最新の遊びである。
それなりどころか、かなりの体力と、漫画みたいな感覚が多分に要求される。あと、ちょっとした恥ずかしさを捨てる勇気も。
あと少しでゴール、というところで、僕は見事に進路をふさぐことに成功した。
そうだ、今の僕は「鬼」なのだ。
鬼役は大変だ。角を付けて、顔を青か赤に塗らなくてはいけない。
意外とお金もかかる。
まぁそんなことはどうでもいい。
汗だくになって逃げ回る友達を横目に、僕はじりじりと距離を開けていった。帰ろうとしていたのだ。
お腹が減ったから。
思春期というやつは、そんな簡単なことさえ口に出しづらくさせる。
「腹減ったから帰る」と言えば済む話なのに、なんだかそれが無性に恥ずかしい。
ここで言っている「距離」とは、たぶん「気持ち」の距離ではない。
たぶん、だけど。
そうしていると、僕の視界がふいに回転し、青い空だけになった。
本当に、急にだった。
公園の端にある、鬼が乗るとぐらんぐらん揺れる遊具。そのさらに後ろにある、古い石垣のあたりで。
そのあと、鈍い痛みが全身に広がった。
「チクッ」なんてかわいいものではない。
瞬時に「これ、けっこうやばいかも」と思うタイプの痛さだ。
十数秒ほど、まともに動けなかった。
周りはなんとなく湿っていて、土の黒と枯葉の茶色が目の端でまざりあっている。
上と思われる方向には、さっきまでと変わらない青い空が、まだのんきに広がっていた。
「あだででだ! なんでこんなところに!」
そのときようやく理解した。
僕は穴に落ちたのだ。
そこまで深くはない。百六十五センチメートルの僕の体がすっぽり入るくらいの大きさで、立ち上がれば、まぁなんとか自力で抜け出せそうだった。
そのとき、尻に妙な違和感を覚えた。
さっきは衝撃が大きすぎて分からなかったが、どうやら「チクッ」とした感覚も混じっていたらしい。
振り返ってみると、今まで見たことのない部品のような何かが、右の尻たぶに刺さっている。
恐る恐る、それを抜いてみた。
傷は深くない。
思ったよりも簡単に抜けた。
狭い穴の中、その「何か」を目の前に持って来る。
何だろう、これ。
最近テレビで見た「オーパーツ」というものに、どことなく似た印象がある。
血は出ていない。
きっと擦り傷みたいなものだろうと、自分に言い聞かせて、特に気にしないことにした。
そのオーパーツもどきは、穴の片隅に放り捨てる。
そうだ。
僕はとにかく、腹が減っていたのだ。
「マジ帰ろう」
ぽつりとそう独り言を呟き、穴からよじ登って家路につく。
帰宅途中、すれ違う人たちが、なぜか僕を見る。
一人や二人ではない。
みんな、どこか不安げな表情を浮かべて、横目でちらりとこちらを見ては、すぐに目をそらす。
井戸端会議に夢中だったおばさん連中は、僕が通りかかった途端に声をひそめた。
胸のあたりに、じわじわと奇妙な感覚が広がる。
それでも、どうにか「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、家に入った。
「ただいたー! おかもーす!」
ふざけてみせた。
これが、今思えば致命的にマズかった。
お母さんが、玄関で盛大に腰を抜かしている。
「いやあぁぁぁぁ! おえぇぇぇ!」
叫びながら逃げ回るお母さん。
そのおふざけに、つい調子に乗って追いかける僕。
だが、空気が違う。
冗談では済まない種類の悲鳴だ。
玄関脇の鏡に、知らないおじさんが映っている。
「うおっ!? だれだお前!」
思わず叫ぶ。
その瞬間、気持ち悪いほどの違和感が全身を駆け抜けた。
鏡の中のそのおじさんは、僕とまったく同じ動きをしているのだ。
しかも、きちんと学ランに袖を通している。
右ポケットには「髙橋」と刺繍された名札。
梯子高で、きちんと縫い付けられている。
まぎれもない。
これは、僕だ。
だからか。
さっきまでの、あの冷たい視線。
こういうことだったのか、と理解しかけたところで、お母さんのさらに大きな悲鳴と、玄関の装飾品が飛んでくる気配に押され、考える暇もなく家を飛び出した。
嘘でしょ。
嘘でしょ。
遠くから聞こえていたパトカーのサイレンが、次第に大きくなってくる。
すれ違うパトカーがドップラー効果を残して通り過ぎていくのを確認してから、僕はできるだけ平常心を装い、さらに路地の奥へと歩いていった。
見た目は大人、頭脳は子供。
たった一つの真実も見抜けない、迷探偵ゴメンの物語は、こうして始まったのだった。
新・迷探偵ゴメンさん 髙橋P.モンゴメリー @shousetsukaminarai
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