第4話 弟、降り立つは魔法の国

落ちていく。


 それ以外に言葉が見つからなかった。


 白い世界がひび割れ、光が弾け、身体が宙へ放り出される。

 握っていたはずの蓮兄(れんにい)の手が、指の先からするりと離れていく。


「れ、蓮兄っ──!」


 叫びは虚空に吸われ、誰にも届かない。


 次の瞬間、世界が一度すべて暗くなった。


 そして──。


 ドサァッ!


「……っい……!」


 背中が地面に叩きつけられ、肺から情けない声が漏れた。

 湿った土の匂い。冷たい石の感触。薄暗い天井。


 ここ、どこ?


 起き上がり、周囲を見る。

 壁は滑らかな石でできていて、ところどころに青い光の粒が浮かんでいた。


(この光……なんだ? 電気じゃない……よな?)


 まるで生き物みたいに揺れている。

 けれど触っても熱くも冷たくもなく、ただ漂っているだけだ。


「蓮兄……?」


 返事はない。


 胸がぎゅっと痛む。

 蓮兄はどこに──。


 立ち上がろうとしたそのとき──。


 足音が聞こえた。

 硬い床を踏む、規則正しいリズム。


(……誰か……いる)


 暗がりの先から、白い影が現れた。


 長い銀髪。淡い青の瞳。

 見たこともない豪奢なドレスを身にまとい、まっすぐこちらを見つめる少女。


 十五、六歳くらい──俺より少し上。


 その姿は「お姫さま」という言葉のほうが近かった。


 少女は俺を見るなり、そっと息を呑んだ。


「……子ども? こんな場所に?」

「あ、あの……ここ、どこですか……?」


 震えてるのが自分でもわかった。

 少女は驚いたように目を見開く。


「あなた、さっき落ちてきたの?」

「……落ちて……?」


 本当に何が起きたのかわからない。


 少女はしばらく俺を観察するように見つめ──

 そっとしゃがんで目線を合わせてきた。


「怖い思いをしたでしょう。大丈夫よ」


 優しい声音に、胸の奥が少し緩んだ。


「私の名はリディア・エル=フェリス。

 この国の四大公爵がひとつ、フェリス公爵家の娘よ」


 公爵家──たぶん偉い人だ。


「あなたの名前は?」

「……湊(ミナト)です」

「ミナト……。変わった響きね」


 リディアは小さく微笑んだ。


「ミナト、あなた──どうしてこんなところに?」

「……わからない……」


 言った瞬間、喉が詰まる。

 リディアは何も言わず、そっと俺の肩に手を添えた。


「そう、迷子なのね。」


 涙が滲みそうになるのをこらえる。

 兄は強くて優しくて、ずっと一緒にいると思っていたのに。


「ミナト。まずは安心できる場所に行きましょう」

「まって、兄が、兄もどこかにいるはずなんです」

「残念だけど、この近くに人の気配はあなただけよ」


蓮兄....どこにいるの....


 リディアが軽く手を振ると、


 カシュン──!


 音も空間が開いた。


(……自動ドア? いや、違う。なんだこれ)


 機械じゃない。けど仕組みはさっぱりわからない。


「立てる?」

「……うん」


 よろよろと立ち上がると、リディアはふっと目を細めた。


「ミナト。あなたの中……とてもあたたかいわね」

「え?」

「ううん、なんでもないわ。行きましょう」


 意味はわからないが、問い返す余裕はなかった。


 空間を抜けると、先ほどまでの不安を煽るような感覚は薄れていた。

 代わりに、どこか甘い香りが漂っている。


「ここは“アルマレスト”。“魔法”の国よ」

「ま……ほう……?」


 その言葉がゆっくり頭に染み込んでいく。


「あなた、本当に知らないのね。ほんとうにどこから来たのかしら」


 リディアの声は少し不安げだったが、すぐに優しく戻る。


「でも大丈夫。あなたは私が保護するわ。

 フェリス公爵家は迷子を見捨てたりしないもの」


「……ありがとう」


 自然と、その言葉が出た。


「ミナト。兄のことが心配なのはわかるけど、あなたはまず休むべきよ。

 それから──」


 少しだけ言い淀んで、リディアは真剣な表情になる。


「あなたの“力”について、調べないといけない」

「……力?」

「ええ。あなたの内に宿るもの。

 ここに落ちてきたとき……普通ではありえない反応があったの」

(反応……? 俺、何も……)


 本当に心当たりはない。


 けれど──蓮兄を探すためなら、何でもする。

 ぐっと拳を握ると、リディアが静かに頷いた。


(蓮兄……絶対に、俺が見つけるから)


 胸の奥で、熱く小さな光が脈打った。

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兄は剣神に、弟は天才魔導師に── 異世界で最強になった双子は、再会した時すでに敵同士だった @nijiboy

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