第3話





「ウリエル」




 瞳を開いた。




「少しいいかしら」


 天界セフィラの夕暮れに、熾天使の傍らを飾る美しき美貌が微笑んだ。

「……。」

「そう警戒しないで。貴方を粛正する為に来たわけではないのよ」

 彼女は、希望だけを灯したその双眸を輝かせる。


「……貴方の眼はいつも綺麗ね。イグディエル」


 大天使は一瞬、目を瞬かせたがすぐに華やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「話とは?」

「ウリエル。貴方は【熾天使してんし】が見通せぬものがこの世にあるなどと、よもや思ってはいないわね」

「……。」


「私が気付くことを熾天使が知らぬはずがない。当然そのように思ってくれて構わないわ。

 そして私はこのことに関して熾天使からまだ何の指示も受けていない。

 無論、ミカエルにも何も話していないわ」


「……。」


 口を閉ざすウリエルの隣にやって来た美しき大天使は、彼女の白金の髪を優しく撫でる。

 正面から輝く瞳で覗き込んだ。


「――大いなる混乱は、いずれまた訪れる。

 天界セフィラの各地に、不穏な気配がある。

 今のうちに優秀な魔術師たちをもっと地上から連れて来なければ」



「私の選んで来た魂は劣化が早いわ。

 いえ……地上の魔術師だけではない……もしかしたら私も」


「そんなことはないわ。

 貴方達【四大天使よんだいてんし】は天界セフィラの基盤の一つ。

【熾天使】が選び出した、完全なる器に宿った特別な魂なのよ」


 澱みの無い声で彼女は言った。


「はっきり言うのね」

「曖昧にする意味がないわ」

 大天使は黄金の草原の上に立った。

 風の精霊がたちまち彼女の座る玉座を形成する。


「私たちはこの神界【天界セフィラ】と【下界エデン】を正しく切り離す番人でもある。

 忌ま忌ましいことに別の異界に干渉する力を持つ咎人が、現在の人間界には存在する」


 ウリエルは初めて顔色を変えてイグディエルを見上げた。



「その二人がもし組んだりなどしたら【三界】が繋ぐ恐れすらある。

あの【エデン天災】など比べ物にならない混乱が起こることになるのよ」



「私が地上の人間と組みするなど……」



「有り得ないことよ。

 地上の人間は所詮人間。

 天界セフィラを見い出し、平定し、統治する私たちとは、

 全く違う生き物。

 バラキエルが言ったことなど忘れていい。

 人間の魂など、元々が脆弱なの。

 消えても貴方のせいなどではない。

 消えた分を、地上に行って補えばいいだけ。

 幸い【エデン天災】で多くの人間が死に、

 今は死に行く魂に事欠かない。

 でも時は無限ではないわ。

【次元の狭間】はすでに閉じた。

 エデンに吹き込んだ精霊の風も、じきに収まる。

 そうすれば次にいつ【召喚呪法しょうかんじゅほう】が使えるようになるか分からない。

 今のうちに天界の守護者を増やすのです。

 いいですね、ウリエル」



 微笑みかけて、大天使は背を向けて去って行った。


 残されたウリエルは黄金の草原に立ち尽くす。



 果たすべき使命を果たせばいい。



(……それなら何故、私には心があるの)



 清らかな風は彼女の透けるような白金の髪を優しく撫でて通り過ぎて行った。




【終】


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その翡翠き彷徨い【第71話 天界セフィラ、異界の黄昏】 七海ポルカ @reeeeeen13

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