来迎

湾野薄暗

来迎

 青々とした生命力溢れる木々、容赦なく照りつける太陽、アスファルトから立ち上る陽炎、騒がしい蝉の声、そして大して涼しくもない日陰の下に喪服姿の女が汗の一つ浮かべずに立っている様子はさながら絵のようだった。


兄とよく似ていると言われている声で

「義姉さん」と呼びかけると

常日頃、微笑を浮かべている義姉さんの瞳が僕を映した。

うっすらと微笑みながら日陰から出てきた義姉さんからは懐かしい香りがした。


お盆だ。お墓参りだ。

そう言っても二人だけである。

両親も親族も歳を重ねてきて、

この暑さは耐えきれないと判断したため

僕だけがお墓参りに参加することになった。

「まだお墓参りに来てくれるなんてねぇ…。再婚とかしないのかしら…」と両親や親族は言っていたのを聞きながら家を出た。


僕はラフな服装に対して

義姉さんは夏用の喪服を着ていた。

おそらく兄の葬式で着ていた喪服だった。


お互い挨拶を済ませて無言でお墓へと向かう。

真っ昼間の大きな霊園なので他の家族とすれ違うが大体が賑やかだ。

その横を静かに通り過ぎていく。

前を歩く義姉さんからは絶えずふわりと懐かしい香りが僕の方へ流れてくる。

でも違うのだ。

義姉さんがつけても、兄の香りにはならない。


お墓参りを終え、帰り道だった。

「あの人と声が似てるね。」と言われたのだ。

多分、義姉さんは毎年、お墓参りで僕と会うたびに兄の面影を見いだしてはずっと忘れることができずにいるのだと思った。

もう、僕と会わない方がいいと思った。


頭一つ分低い目線に合わせて

「義姉さん、その香水、似合わないですよ」と言った瞬間、仏のような笑みを浮かべていた義姉さんは表情を無くした。


無表情。

いや、がらんどうだった。


「…あの人、この香水が好きだったでしょう?毎日つけていて。とても似合ってた。だから、私がつけていたら、あの人の匂いを感じることができて…。でも私がつけてもあの人の匂いじゃなくて…。…あの人もこの香水をつけていたら私って分かる気がして。」


言葉は淡々と、でも段々と堰を切ったように早口になっていくが表情はがらんどうのままだ。


そして最後に

「ずっと…あの人が迎えに来るのを待ってるの…」と蝉の声に掻き消されるのを祈るかのように小さく呟いた声は僕の耳に届いた。


兄が死んだ時に義姉さんの中身は一緒に死んでいて、心中してしまった。

肉体だけが死にきれていない、そんなハリボテのようになってしまった義姉さんを僕はどうすることもできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

来迎 湾野薄暗 @hakuansan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ