第8話 W.H. REBORN


週末の夜


 吉岡が都心から少し離れた場所で押さえた、落ち着いた雰囲気の多目的ホールには、吉岡の企画とSNS戦略によって集められた、

約100名の観客が静かに開演を待っていた。

 彼らは皆、吉岡と同じように、仕事のルーティンや家庭の疲弊に押し潰されかけた、

「自分を取り戻したい」大人たちだ。


吉岡は、ホールの受付とロビーの様子をチェックしていた。彼にはもう、社用車内の汚れや取引先での世間話に息を詰まらせていた、以前の無気力な営業マンの姿はなかった。彼は、このプロジェクトの主催者であり、魂を込めた企画者だった。


舞台演出 現実の具現化


 開演時間 

照明が落ち、

舞台のスクリーンに、吉岡の企画した演出が映し出された。


 映し出されたのは、土曜日の午後、高層ビル群の間に沈む夕日と、延々と続く車の渋滞のテールランプ。

 そして…

 無機質なオフィスの蛍光灯の唸り。それは、観客全員が知っている都会の「美しさ」と「孤独」であり、彼らを縛りつけている「現実」そのものだった。


観客が息を飲む中、タケシがステージに現れた。


大人の「WILD HEARTS」MC

 タケシは、いつもの色落ちしたTシャツと皮ジャン姿 ギターを肩にかけ、マイクに向かう。

「ようこそ、『W.H. REBORN』へ。この中にいる奴らは、きっと昔、俺たちと同じように、音楽で世界を変えられると思っていた連中だろう」


 いつものように過去の不遇を笑い飛ばす自嘲的なユーモアを見せた後、スクリーンに映る渋滞の映像を指差した。


「だが、現実はこれだ。俺も、裏路地のバーで細々とギターを弾き続ける人生の敗北者に見えるだろう。でもな、俺は知っている。客席にいるお前たちの中にも、『自分の時間がない』『家族に生返事しかできていない』男がいることを」


 この言葉は、吉岡の心を直撃した。タケシは、吉岡との会話で得た葛藤を、今、観客全員の共感ポイントとして投げ返している。


「俺たちが今日ここでやるのは、昔の夢の焼き直しじゃない。手放せない現実を抱えたまま、どうやって魂を売り渡さずに生きるか。その答えを見つけるための復活戦だ」


  魂の演奏と和解


演奏が始まった。タケシの手の指先の皮の厚さから生まれる、ブルースとロックが混ざった魂の音色が、ホールを満たした。それは、過去の熱狂と、現在の深い諦めを乗り越えた、大人の「WILD HEARTS」の音だった。


演奏中


 タケシは、吉岡の娘も知っている曲を、哀愁漂うブルースアレンジで挟み込んだ。その瞬間、吉岡の脳裏に、娘と公園で遊んだ週末の光景が蘇った。


(そうだ。俺は、もうカセットテープの音質の悪さを理由に、大切なものを止めたりしない。効率が悪いコミュニケーションでも、生返事ではなく、真摯に向き合う)


 吉岡は、自分の情熱を家族に隠すことを止め、「企画屋」としてのスキルを、家族という現実の再構築に使うことで、自分の「ATM化」の葛藤から完全に解放された。彼は、自分の人生の情熱と、家族という責任が、初めて矛盾なく調和しているのを感じた。


ライブが終わると、観客は立ち上がり、熱狂的な拍手を送った。それは、単なる音楽への賛辞ではなく、**「俺たちの魂はまだ死んでいない」**という、人生への肯定の叫びだった。


エンディング 新しいバランス


終演後、吉岡はタケシと固い握手を交わした。


「成功だ、タケシ。俺たちの『WILD HEARTS REVIVE』は、本当に再生した」


「ああ。お前が家庭という現実から逃げずに、企画を完成させたからだ。お前はもう、ATMじゃない。真の企画屋だ」


深夜


 吉岡が家に帰ると、リビングの明かりがついていた。佳織が、彼のために待っていてくれた。彼女の膝には、もうスマホは置かれていなかった。


「おかえりなさい。お疲れ様」


 佳織は、彼のために淹れた温かいコーヒーを差し出した。それは、マチカフェのブレンドとは違う、家庭の温かさだった。


「どうだった、佳織?」


「…凄かったわ。あなたの企画した演出、私も涙が出そうになった。あなたが、自分の人生を真剣に生きていることが、私にもよくわかった」


 佳織は、吉岡の手をそっと握った。以前、家庭内でのコミュニケーションのすれ違いから自身がATM化していると感じていた吉岡は、今、心から満たされていた。


「これからは、俺の『自分に戻れる時間』を、家族の時間とちゃんとバランスさせる。もう、生返事はしない。絶対に」


 吉岡は、佳織と娘という手放せない現実を抱えながら、タケシと共に「WILD HEARTS PROJECT」を続ける。彼は、情熱と現実のバランスを見つけ出した、大人の男として、再び日々を歩み始めたのだった。


エピローグW.H. REVIVEが変えた日常


「W.H. REBORN」ライブの成功は、吉岡聡と竹下(タケシ)の日常に、静かで決定的な変化をもたらした。


企画屋としての再生


吉岡は、プロジェクトで培った「自分の魂を込める企画力」を、本業にも持ち込んだ。彼の企画書は、以前の無機質なオフィスのレイアウトの中で作成された「効率優先」のものではなく、人々の感情と共感**を揺さぶる要素が加わった。


結果として、彼の企画は社内で高い評価を受け、停滞していたキャリアに新しい光が差した。上司からは、彼の企画が「熱意がある」と評価されたが、吉岡は知っている。それは、「仕事に殺された時間」を取り戻そうとした、


彼自身の「WILD HEARTS」の証明だと。


もう、毎朝のマチカフェのブレンドコーヒーを、ただの仕事のルーティンの一部として消費しない。それは、これから始まる一日を、自分の人生として生き抜くための、静かな儀式に変わった。


MIDNIGHT JIVEの灯


タケシのBAR『MIDNIGHT JIVE』は、ライブ後、客足が増えた。


特に増えたのは、吉岡と同じような「大人のWILD HEARTS」を求めて、下北沢の裏路地までやってくる、30代、40代の会社員たちだった。


タケシは、相変わらず色落ちしたTシャツと皮ジャン姿でカウンターに立っている。


 彼の手の指先の皮の厚さは変わらないが、その表情には、以前の自嘲的なユーモアの奥に、確かな充実感が滲んでいた。彼は、夢を現実の生活と折り合いをつけながら、この秘密基地を守り続けている。


タケシは、吉岡から新しい企画書が届くたびに、笑いながらも真剣に目を通した。


バンド活動は、単なる趣味ではなく、「人生を諦めない」大人たちのための「救済の場」として定着し始めていた。


最終的な心の変容


ある週末の午後


 吉岡は、リビングで娘の宿題を見ていた。彼のスマホが鳴る。タケシから、次のライブのアイデアに関するLINEだった。


吉岡は、スマホを確認したが、すぐに机に置いた。彼は、もう娘のLINEを既読スルーすることもないし、佳織に生返事を返すこともない。


 妻の佳織は、以前のようにスマホを手放さなくなることもなく、穏やかにコーヒーを飲んでいた。


「次のライブ、週末の予定はどうするの?」佳織が尋ねた。


吉岡は、すぐに答えた。


「日曜日は、家族の時間だ。俺の『自分に戻れる時間』は、土曜の夜と、平日夜の効率的な短時間集中で確保する。俺はもう、ATMじゃない。この家の人間だ。家族に、何を話せば良いのか解らなくなってしまった時期は終わった」


 もう、古い企画書や擦り切れたカセットテープといったノスタルジーに、逃避する必要はない。吉岡聡は、情熱と現実のバランスを見つけ、大人の男として、自分の人生を再構築したのだった。


[Conclusion]

吉岡聡の物語は、


彼が「大人のWILD HEARTS」として、疲弊した日常と、決して消えない情熱を両立させる道を見つけたところで幕閉じた。


▶▶▶▶▶▶▶▶


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ATMの熱狂 比絽斗 @motive038

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