白雨家の消失

獣野狐夜

白雨家の消失

20■■年01月▲▲日

●●県赤築アカツキ

白雨シラアメ


白雨家は代々、宝石加工を生業としてきた一族である。


大昔から宝石職人として名の知れた一族であり、その宝石のカットや輝きは誰もが目を引かれる程の美しさと精密さで人々を魅了してきた。


中でも一番有名なのは、白雨家が持つ鉱山からしか取れない乳白色の貴重な方解石「白雨石はくうせき」を加工した宝石はダイヤモンドよりも美しく、どの宝石にも負けない輝きを放つそうだ。

「白雨石」の原石自体はあまり美しくなく、その辺の石と同等の価値にしかならない。

しかし加工し、磨き、白雨家直伝の加工法を使用すると、そのただの石のような原石は“化ける”のだ。


そんな有名な家系であり、宝石職人として名を聞かない者はいないとされている白雨家に、2人の姉弟が生まれ落ちた。

姉はアイ、弟はレンと名付けられた。

白雨家は昔から血に技術が宿ると信じられていたため、先祖の近親相姦などが原因で子供が死産しやすく、健康体の子供が生まれることは滅多にない。

特に女児は珍しく、長女であり健康体なアイは家族親戚から寵愛の限りを受けてきた。

その点病弱で弱かった弟のレンはあまり可愛がられず、幼少期から杜撰な扱いをされてきた。

しかしレンは姉に対しては劣等感どころか…家族愛を超えた何かを感じていた。

姉のアイは自分の弟であるレンを常に気にかけており、自分の誕生日に貰った数々のプレゼントの半分を弟に分け与え、共に遊び、共に学び、そして母親のような愛をレンに与えていた。

レンが産まれたと同時に母親が亡くなったことで、アイは自分が母親としての役割を肩代わりしなければいけないと、幼少ながらも彼女は決意していた。

そんな姉にレンは家族以上の存在として感じ、姉には常にべったりくっつくような形で懐いていた。

村の子供たちと遊ぶ時も、レンは常に姉のことばかり話すほどに姉を愛していた。

しつこく姉のことを語るレンに子供たちは彼を省くことはなく、いつも仲良く楽しく遊んでいた。

そんな何気ない日々が続いた。

レンはアイや友達たちと遊び、アイはレンを自身の息子のように愛し、ただただ幸せな時間だけが過ぎていった。


しかし…幸せな時間はそう続かない。


この村には、とある風習があった。

それは、十年に一度の正月、十五歳未満でかつ村の中で一番若い子供を生贄に捧げる風習があった。

生贄を捧げなければ神の怒りを買い、村は滅び作物は全て枯れてしまうと信じられていたからだ。


レンが産まれてからちょうど十年が経つ十二月。

今年は生贄の儀式がある、恐ろしい年。

アイはこの時、既に十六歳を迎え、美しく健康的に成長していた。

そして、レンは病弱ながらもすくすくと育ち、もうすぐ十歳を迎えようとしていた。


しかし、アイは内心穏やかではなかった。


一体、アイは何に焦っているのか……


……それは、とても残酷なことに……

村の中で一番若い子供は

白雨恋であったからだ。


アイは内心焦っていた。


村の人は平気で人を殺す。


だから逃げよう。そう、思った。



雪の降る寒い夜

姉弟は逃げた。



雲が泣いている。


サンサンと雪を降らせて


逃げよ逃げよと、言っているかのようだ。


レンを背中におぶったまま、アイは走った。



どれほど走っただろうか。

体はもうヘトヘトだ。

靴底がすり減って、肌は汗で冷えて寒い。

レンはまだ眠っている。


さてと、これからどうしようか。


お金ならある。しかし、行く宛てがない。

どちらにせよ村からできるだけ離れたい。


そう考えたアイは、あることを思いついた。


海外に行こう。


お金を持っている上、できるだけ遠くに逃げる。

故に、海外に逃げることが可能だ。


とりあえず町まで降り、一日一本しかないバスを待つ。

寒いバス停留所に座って待つ。

幸いあと数分で来るようだ。

アイは疲れてウトウトしていた。

ここは村に1番近い町だが、ここまで来る頃にはバスに乗って逃げられるだろう。

レンは目が覚めると、

「お姉ちゃん…大丈夫…?」

と、不安そうな目でアイを見つめる。

アイは汗で酷く濡れて、寒さと疲れで顔は真っ青だ。

しかし、レンの無事が最優先のアイは、自分の体調などどうでもよかった。

「大丈夫」

そう一言だけ言って、レンの頭を優しく撫でる。

レンは安心したかのようにニコッと笑い、アイの肩に頭をぴとっとくっつける。

まるでお母さんに甘える子供のように、レンは頭を擦り腕を抱きしめる。

アイはそんなレンを見て、ほっと安心した。

アイは、レンを抱きしめた。

レンは暖かかった。


ずっと、ずっとこうしていたいな…。


そう、アイは想った。

左目が痛む。

昔石切台に触りそうになったレンをかばい、目を少し切ってしまった時の傷。

不安のとき、傷が開いてしまう。

未だに痛み、左目は光を映さない。

涙が染みて、痛む。

でも、アイは気にしなかった。

レンさえ、無事でいてくれたら。

そう願うばかりだ。


バスがやってきて、2人は乗った。

ここから空港まで約2時間。

その間にアイはレンに弁当を渡す。

一見普通の焼肉弁当。

しかしレンにとっては大好物だった。

1ヶ月に1回しか食べられない肉は、姉弟にとってはご馳走だった。

金持ちと言えども、肉の流通自体が少なかったからである。

レンはお肉を頬張り、幸せそうな顔をうかべる。

アイはそれを見て微笑んだ。

レンはお肉を1枚取り、アイに渡そうとするが

「大丈夫、お姉ちゃんはおなかいっぱいだから」

と嘘をついた。

レンは心配そうに見ながらも、その言葉を信じた。


外もすっかり暗くなり、遠くから五時を知らせる童歌が流れる。

アイはレンに自分のダウンを着させ、バスをおりる。

ここは●●県の県庁所在地で、空港もある。

しかしレンは眠たそうにしている。

仕方が無いので、近くの宿屋に泊まることにした。

道中レンは眠たい目を擦りながらも、見たことの無い街の光に目を輝かせていた。

アイも長時間走ったので、疲れていた。

宿屋に入って、お金を払い部屋を借りた。

しばらくはここに泊まろう、そうアイは考えた。

震える腕をさすって、アイはシャワーを浴びて眠ることにした。

宿屋の布団は、同じはずなのに何故かいつもより暖かかった。



朝、目が覚めると

弟のレンがいなくなっていた。

アイは焦って飛び起きる。

「レン!レン!?どこにいるんだ!?」

アイは、嫌な想像をして、涙と汗が吹き出る。

どこだ、どこにいったんだ。

ふと、気づいた。ベッドに置手紙があった。

そこには拙い字で、ただ一言

「くうこうでまってるね」

と、書かれていた。


アイは、無我夢中に走った。

レンはなぜ、一人で空港に行った?

わからない、でも行くしかない。

罠だとしても、嘘だとしても


手紙の字がレンのではなかったとしても。




行かねば


アイは、走った。


空港につくころには、人だかりができていた。

見物客…というより、何かがあったようだ。

アイは、人混みに飛び込む。


嫌な想像を抱えて。




それが、本当になってしまうだなんて。




信じたくない。


嫌だ。


人だかりの中心、まるで避けるように開けた空間に

赤い、なにかが


そこに居た。



アイは走った。

それを抱えて


ただ泣いて、泣いて、走った。


信じたくない。

声も出ない。


どうしてなんだ、神様。

どうして全部奪うんですか。


アイは、ただ、

それだけを考えていた。





寒い、寒かった。

冷たい風が吹く。

肺が凍りそうになる。

ビル風が吹き込む。空が真っ白だ。

町の景色が一望できる。

髪が靡く。

高いところは、清々しいほどに冷たかった。


ここで、一緒に




レン

どうして


どうして、死んでしまったんだ。




そんな疑問と遺体を抱えて、

アイは、天国へ飛び降りた。

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白雨家の消失 獣野狐夜 @shin_jyuou

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