噛み合わないままループする

甘衣君彩

噛み合わないままループする

「ウーパールーパーだった」

 十回目のループが始まった。

 俺は、黙って手元のゲーム機を操作する。テレビに映されたゲームの内容は、一向に頭に入ってこない。あの突拍子もない言葉も不思議に思わないくらいには、余裕をなくしつつあった。暫くして、声の主であるたまきはまた空間に声を落とした。

「流れるプールで失くした」

 それよりもっと他に話すことがあるだろ。聞いてるのかじゅん、だとか。この世界ループしてねえか、だとか。俺が黙っていると、環は空間に最後の声を落とす。

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。


「ウーパールーパーだった」

 十一回目のループが始まった。

「それより、天気が良いよな」

 脈略のない会話を続けると、環は頷いた。だが、やっぱり答えは返ってこない。これでも駄目か。俺は手元のゲーム機を弄りながら情報を整理した。

 俺ん家の俺の部屋。今日も、いつものように親友の環を家に呼んだ。環は俺の貸した漫画を読んでいて、俺はゲームをしていた。いつものようにのんびり過ごして、いつものように緩く解散するつもりだった。

 時間がループしていることに気づいたのは、通算三回目の時だ。ループに気づいた理由は、何も返答していないのに、環が勝手に喋っていたからだ。どれだけ俺が動きを変えても、環は同じ言葉を繰り返す。どれだけ言葉を変えても、環は同じ言葉を発する。

「お前、何で天気の話、してくれないんだよ」

「流れるプールで失くした」

 俺が尋ねたことは全部無駄になる。こんな風に、何を言っても、環は頑固にお決まりの台詞を返す。天気と流れるプールなんて、殆ど関係ないじゃないか。

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。


「ウーパールーパーだった」

 十二回目のループが始まった。俺はゲーム機を放り投げて立ち上がった。

 四回目の時と同じように、ドアノブに手をかけた。やっぱり開かない。どれだけ力を込めても。ドアを開けるのを諦めて、今度は窓に向かった。窓の鍵を開けようとする。固すぎて機能しない。どうすればいいのか、やっぱり俺には分からない。

「流れるプールで失くした」

 ドアを蹴破ったり、窓を割ったりすることも考えた。七回目の時には、ゲーム機を窓に投げつけた。だが、窓は割れることがなかった。他に投げつけられるものはない。椅子なんかはあるが、そんなので盛大に壊したら絶対に危ない。仮にそれで死んでしまったら、次のループに進めるかどうか分からない。だから、その手も俺は選択肢から外していた。

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。


「ウーパールーパーだった」

 十三回目のループが始まった。俺はゲーム機を放り投げて立ち上がった。

 ドアも窓も駄目そうだ。この部屋にはそれ以外の出口はない。他にあるのは、ベッドにクローゼット、勉強机。それから、置き時計がある。十時十五分から秒針が動いて戻るばかりだ。当然だろう。

「この時計、壊れてないよな?」

 背後の環に尋ねる。ループしていない可能性に縋りたくなった。実は時間は正常に進んでいて、ただ環が俺で遊んでいるだけなのだと。

「流れるプールで失くした」

「置き時計だろ」

 現実は非情だ。環はツッコミには反応しなかった。ちらりと姿を見ると、ただ漫画を読んでいるだけだった。一瞬漫画を取り上げようかと思った。違う。今は時計だ。また目を戻すが、やっぱり時計は動いている。止めてみるか。置き時計を手に取り、電池の蓋を外そうとした。駄目だ。ネジで留めてあってドライバーがいる。

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。


「ウーパールーパーだった」

 十四回目のループが始まった。俺はまた、ゲーム機を放り投げて立ち上がった。

 ドアも窓も駄目そうだ。いや、これはさっき確かめた。ループのせいで感覚がおかしくなっているのかもしれない。時計を調べてみることにした。不思議な現象といったら、こういうのから起こることが多い。置き時計を手に取ってから気づく。これもさっき調べたよな。電池の蓋ではなく、その背中のネジを回してみる。特に何も起こらない。普通のネジだ。

 それもそうだ。そもそも、この時計を作ったのは俺だ。環が作れって言ったから、俺が工作キットで作ったんだった。俺が作ったなら、普通の時計だよな。

「流れるプールで失くした」

「何だよ。調べ損じゃねえか」

 環は返答しなかった。俺はため息を吐いた。余りに同じ返答をされすぎて、環もモノなんじゃないかと思ってしまう。勉強机や、クローゼットと同じ。置き時計も同じ。ただのモノ。規則的に動く歯車――いや、そんな考え方、環に失礼だろ。自責の念を抱えた時、環はまた口を開いた。

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。


「ウーパールーパーだった」

 十六回目のループが始まった。俺はまた、ゲーム機を放り投げて立ち上がった。ドアも窓も駄目

 十五回目のループが始まった。俺はまた、ゲーム機を放り投げて立ち上がった。ドアも窓も駄目そうだ。時計も駄目だった。次はどうする。何も浮かばない。こういうことを考えるのは俺には難しい。いつもはゼロからイチを思いつくのが環で、イチから何とかするのが俺だから。流石に「蓄音機とか作れない?」と言われた時には自分でやれって言ったけど。ああ、何で俺なんだ。

 「流れるプールで失くした」

 考えているうちに、環がまたお決まりの台詞を発した。駄目だ、行き詰まった。もうできることが思いつかない。頭がぐるぐるする。というか、ぼーっとする。ぼーっとして、少し苛立ちが生まれる。こいつ、俺の気も知らないで。

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。


「ウーパールーパーだった」

 十七回目のループが始まった。俺は、ゲーム機を握りしめたまま呟いた。

「……何なんだよ」

 環は答えなかった。いらいらする。何だよ。ウーパールーパーが何なんだよ。環に当てつけるのは違うって、分かっちゃいるけど、抑えることができない。

「流れるプールで失くした」

 環の声を聞いて、更に気持ちが高ぶった。駄目だ。環はループに巻き込まれただけだ。何も悪くない。何も悪くないんだ。なのに。

「ああもう! 何ッなんだよ!!」

 そう怒鳴って、俺は振り向いて、ゲーム機を振りかぶった。そこではじめて――ループが始まってはじめて、環の顔を見た。

 環は次の台詞を発さなかった。ただ、はくはくと口を動かしていて。額には汗が流れて。

「ご……」

 環はそこで言葉を詰まらせた。そこで俺は、唐突に、ある可能性に行きついた。両手で環の肩を掴む。

「環、お前」

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。

 薄れゆく意識の中で、確信を強く持った。

 環は意図的にこの時間をループさせている。


「う……」

 十八回目のループが始まった。俺は、ゲーム


「ウーパールーパー、っ」

 十九回目のループが始まった。俺は、


「ウーパールーパー……」

 二十回目のループが始まりました。私は

「ああ、違うっ!」


「ウーパー」

 二十一回目です。凄く綺麗な部屋ですね!

「違う! これは循じゃない!」


「……っ、もう一回更新を……」

 二十



「ウーパールーパーだった」

 二十三回目のループが始まった。俺は、ゲーム機を握りしめた。混乱していた。一瞬自我が崩壊していたような気がした。今は「おれ」が戻って来た感覚があった。俺だ。もう一度、脳内の自分を読み込んだ。確かにそれは俺だった。

 ゆっくりと振り向いた。環は取り繕おうとしていた。俺にループの根源であることがバレないように、必死に笑顔を作っている。漫画を持つ手をよく見ると、何かを隠し持っているのが分かった。だけど、それをはたき落とす気にはなれなかった。行動に移したら、環はまたこの時間をループさせるだろう。

「流れるプールで失くした」

 なあ、どうしてループさせたんだ。俺に、何を求めているんだ。どうすれば、お前は、ループを止めるんだ。環は首を小さく振った。何だ。何なんだ。あと少しで分かりそう、なのに。もう時間がない。環が次の言葉を発してしまう。発してしまう?

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。

 

「ウーパールーパーだった」

 二十四回目のループが始まった。もう一度だけ、許してくれ。

 それは、一度も考えたことのないことだった。そもそも環は、何で同じ言葉を繰り返しているのか。俺の発言を無視して、何で同じ言葉を。何か意図があるからだ。そうに違いない。環は、決まった言葉を発さなければならない。それがループの条件だからだ。

 俺は、その言葉に対して、何かしなければならない。環に対して、何か。正しいことを。還してやらなくちゃいけない。

「流れるプールで失くした」

 俺はゲーム画面をぼんやり見つめた。その言葉に対する、俺の返答を再び脳内に呼び出した。十回目の時は天気の話をした。三回目の時に疑問に思った。二回目の時は気づいていなかったから、適当に返事をしていた気がする。一回目は。思い出せない。記憶を辿ってもされていない。

 けれど。

 思い出せ。俺は最初の時、何を言ったんだ!

 思い出せ。思い出せ。思い出せ!!

「五百円のやっすいやつをな」

 世界が揺れて、俺の意識は遠くなる。だが、それに抗って、俺は考え続けた。考え続けろ。しろ。再度んだ。



《プロンプトを再度読み込みます》

 突然、俺の脳内に、変な声が響き渡った。

 続いて「直前の会話」が出力された。

 ――五歳の時、水族館のお土産屋さんでさ。

 ――ああ。

 ――母さんが浮き輪を買ってくれたんだ。僕はペンギンが良かったんだけどさ。買ってくれたのは、



「ウーパールーパーだった」

「は、そりゃ謎のチョイスだな」

 俺はゲームをしながらそう返した。いいところだ。あと少しでクリア。

「で、その浮き輪、どうしたんだよ」

 少しだけ間が空いて、環は思い出したように返答した。

「流れるプールで失くした」

「ありがちなオチだな」

 俺は返答をしながらゲームを続けた。殆ど聞き流していて、適当な相槌しか打っていなかった。それがいつもの日常だった。環が適当に話して、俺は話半分に相槌を打つ。

「新しいのは買って貰ったのか?」

「五百円のやっすいやつをな」

 その声を聞いた時、いきなり世界が揺れて、俺の意識は遠くなった。


 また、脳内に謎の声が響いた。

《正しい思い出を入手しました。現実へと帰還します》

 この時間は終わらなかった。俺は、薄目を開ける。環は口を半開きにしたまま俺を見ている。その時には、俺は床に倒れ、喉を押えて荒く息を吐いている。

「……ひー、っ、ふう……」

 意外と考える余裕はあった。一回目、いや零回目オリジナルの記憶を改めて思い返す。ああ、そうだ。持病だった。この部屋にそれを抑える薬はなかった。間もなく俺の命の灯は消える。環の口が、俺の名前を形作った。お前、真っ青じゃないか。そんなに嫌だったのか。俺がいなくなってしまうことが。

 だが、これで終わりではない。これで終わらせては駄目だ。駄目に決まってる。最期まですれ違うなんて、噛み合わないままなんて、絶対に嫌だ。

「……お前、思い出なんかに固執するなよ」

 環は目を見開いた。

「進むんだよ、未来に」


✕‬‪


《環さん。お疲れ様でした》

 呆然とする「僕」の頭に、あの声が流れた。

《正しい思い出を保存しました。ご利用ありがとうございました》

 その文字は、目の前の画面に、チカチカと映って、消えた。あとに残されたのは、今まで僕がのめり込んでいた世界が映ったモニターだ。倒れ込んだ循が映った状態で止まっている。

 AI思い出選択機。バーチャル空間で、AIが思い出を再現してくれる。でも、AIは不安定だから、最初は上手くいかない。何度も繰り返して、AIのプロンプトを修正して、正しい思い出に最も近いものを選択する。僕はその為に、何度も同じ台詞を繰り返した。彼が、思い出の中の正しい言葉を喋るまで。

 だけど、あの彼は。あの彼は、本当にAIだったのだろうか。どうしても考えてしまう。幾ら考えても僕には分からない。零から一を考えるのは得意だけど、そこから全部考えるのは苦手だから。

 苦手なりに、思い返した。思い出なんかに固執するな、という言葉を。

 無理だよ。僕は結局、あの日に囚われるしかないんだ。循の言葉とは噛み合わないまま、鮮明になった思い出を脳内でループし続ける。

「いいだろ別に。余計なお世話だ」

 反論しても、循の返答はないままだ。だから僕は、結局未来に進むしかなかった。

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噛み合わないままループする 甘衣君彩 @amaikimidori

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