「お友達から始めてもいいですか?」と僕をフった清楚可憐な相川さんが友達料を月10万握らせてくる【短編】
ああああ/茂樹 修
第1話
「好きです、相川さん!」
高校一年の終業式、僕は一世一代の告白に踏み切った。
「えっと……」
相手はクラス委員の相川涼香さん。長く伸びた黒い髪に、モデルのように整った体形。文武両道眉目秀麗、人もよければ性格もいい。おまけに大手企業の社長令嬢とも来れば、文句を言う方が難しい。
誰もが彼女を好きになった、僕も彼女に憧れた。
相川さんは高嶺の花で、僕はどこにでもいる普通の男子。
けれど、たまたまクラスが一緒だった幸運を僕は逃がしたくなかった。
玉砕覚悟、万が一すらあり得ない。
「私、伊藤君のことをよく知らなくて……」
だから彼女の返事は。
「お友達から始てもいいですか?」
ありふれたお断りの文句だった。
◆
始業式も終わったその日、僕は相川さんのいないクラスで一人スマホを睨んでいた。
『お友達 告白 フラれた』
春休みの間、僕のスマホの検索履歴は三つの単語に汚染されていた。お友達からなら望みがあるという意見もあれば、相手を傷つけないための常套句だという意見もあった。
ただ確かなのは、『お友達』になったはずの相川さんから春休み中いっさいの連絡がなかったことだけ。連絡先はお互いクラスのグループチャットに所属しているから、知らないってことはないはずだ。
僕から連絡? 告白して玉砕した分際で、なんとおこがましいのだろうか。中庭の桜は満開でも、僕の青春は終わったのだ。
せめて彼女と一緒のクラスであれば、夢の続きが見れると思っていた。けれど現実は残酷で、相川さんどころか知り合いもいない。
——帰ろう。
と立ち上がったその時である。
「伊藤君……! 4組だったんですね!」
息を切らした相川さんが、勢いよく教室の扉を開けた。同級生たちがどよめく。当たり前だ、彼女の噂は学年どころか全校に轟いているのだから。
「相川、さん……」
けれど一番驚いたのは、他でもない僕だった。相川さんが僕を呼んだ、なんで、何の用事?
「それよりも聞いてください、伊藤君……こういう午後から授業がない日は、友達とごはんに行くらしいんです。先ほど同級生が話していました」
「そうかも、ですね……?」
大きな瞳で真っすぐと見つめてくる。ので、目を逸らす。だが相川さんの追撃は、とどまるところを知らなかった。
「なので伊藤君! ごはんに行きましょう!」
「……えっ?」
◆
「すごい、ファミレスってわたし始めて決ました!」
本当にそれ言う人いるんだ、という言葉を僕は飲み込む。学校近くのファミレスはうちの生徒で賑わっていた。
ので、必然的に注目が集まる。小声の噂話が聞こえてくるが、彼女は気にせず空いている席に腰を掛ける。
「それで、実は私なりに調べてみたのですが……」
調べた、という単語に少し引っ掛かる。だがすぐにどうでもよくなる——何せ目の前に相川さんが座っているのだから。スマホを一生懸命スワイプしながら、何やらにらめっこしている。
これは夢なのか、と思いこっそり太腿をつねるもしっかり痛い。なるほど最近の夢は痛みもあるらしい。
「友達はファミレスで勉強をするらしいです!」
そういいながら鞄から勉強道具一式を取り出し、得意げな顔で並べて見せた。可愛い。すごく可愛い。相川さんは美人か可愛いかと尋ねれば、皆前者だと言うだろう。だが目の前でどや顔をキメる相川さんは、可愛さが限界突破している。
だが僕らには勉強以上に大切なことがある——。
「ところで何食べよっか」
「えっ?」
◆
「伊藤君、今日はありがとうございました」
夕暮れ時の駅前で、相川さんが僕に向かって深々と避ける。日替わりランチとドリンクバーを頼んだ後の勉強は思ったよりも長くかかった。
教科書開いただけでダラダラ駄弁るという形だけの勉強とは違う、がっちがちの予習だった。おかげで一学期の中間テストは史上最高点が取れそうである。
「わたし、友達とこういう風に寄り道するのに憧れてたんです」
こちらこそ、と言う前に彼女がぽろりと零す。
「小学校の時も、中学校の時も……わたしって近寄りがたかったんですかね? 友達って呼べる人が出来なくて。家がお金持ちなのは自分でもどうしようもないですが、それが僻まれたりもあって」
頬を掻きながら相川さんが笑う。その瞬間、自分の胸が締め付けられる。だって僕は、その遠巻きに見ていた連中と変わらなかったのだから。
「だからあの日、とても嬉しかったんです。伊藤君がまっすぐ好意を言葉にしてくれた時」
心臓の音が早くなる。だがこの時、いやむしろこの瞬間まで僕は重大な事を忘れていた。
「この人なら友達になれるかもって!」
——僕、付き合ってくれって言ってなくない?
「うっ……うん!」
好きです、は言った。これはまず間違いない。けれど彼女になって欲しいとか付き合ってほしいとか、そういう類の言葉は言ってなかった気がする。というか、多分言ってない。僕が恋愛的な意味で彼女が好きだと、一ミリも伝わっていない。
「そうだ! 忘れるところでした!」
僕が記憶を掘り返していると、彼女は鞄から小さな封筒を取り出した。お年玉が入れられるような、熨斗が印刷された白い封筒には。
「これ、今月の友達料です!」
——友達料、と書かれていた。
「え??????????????????????????????????」
友達料? なんで? あれってネットの都市伝説かなんかじゃなかったの?
「少ないですが、中を確かめていただけましたら……」
思考回路が壊れたせいで、中身を確認してしまう。栄一が、十人。
「多くない???????????????????????????????」
いや多い、絶対多い。なにせ僕はこの年になって初めて十万円がまとまって存在しているところを見たぐらいである。お年玉は両親の祖父母から一万づつ、叔父と伯母から五千円、両親が五千円で最大で三万五千円。ほぼ三年分のお年玉に匹敵する封筒が今、僕の手の中にあるのだから。
「母に相談したらこれぐらいが妥当だと伺ったのですが」
「お母さんに相談したの?????? 友達料について???????????」
「はいっ!」
いや満面の笑みで言われましても。
「うううううううううう受け取れないよ、ここここここんな大金」
欲しい、めっちゃ欲しい。ゲーム機も欲しいし最新スマートフォンも欲しいし漫画だって山ほど欲しい。けどこれを受け取ってしまえば、何かがおかしくなるのは間違いない。
「だめです受け取ってください!」
「多いから! 確定申告必要になっちゃうから! 多分扶養も外れるから!」
「じゃあ税理士も紹介しますから!」
「そういう話ではなくて!」
全力でお返ししようとする僕と、無理やりにでも受け取らせようとする相川さん。
「そ、そんなにわたしと友達なのが嫌なんですか!?」
ついに耐えかねた相川さんが、大声を張り上げる。
「いや、そういう訳じゃないけど!」
できれば付き合いたけれども!
「じゃあ、こうしよう!」
このままでは彼女に嫌われてしまう、と考えた僕は苦肉の策を捻り出した。
「このお金は……僕が一旦預かる」
「預かる……ですか」
絶対に手を付けないぞ絶対に手を付けないぞ絶対に手を付けないぞ絶対に手を付けないぞ絶対に手を付けないぞ絶対に手を付けないぞ絶対に手を付けないぞ。
「その代わり僕が、相川さんに友達について教えようと思うんだ」
「では友達料から授業料に変えますね」
「うん、そういう所も全部教えるから」
絶対まだわかってないよね。
「友達についてわかった時……こういうことじゃないってわかるはずだから。その時に返させてくれないかな?」
「……わかりました」
不服そうな顔をしながら、僕の胸ポケットに十万円の入った封筒をすすっと突っ込んで来た。今僕の懐に十万入ってる?????????????
「それでは改めまして、伊藤君」
咳ばらいを一つしてから、彼女は僕の瞳を真っすぐと見つめ右手を差し出してきた。
「不束者ですが、よろしくお願いしますね?」
その笑顔があまりにも眩しくて、心臓の音がやけにうるさい。いつか友達じゃない日を目指して、その手を強く握り返した。
……年間百二十万かぁ。
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