第11話 『〜熱い電話と冷たい取引〜』

 先日までの仕事の波が引いた後の事務所は、静かなものだった。

 南半球の強い日差しがブラインドの隙間から差し込み、デスクの上に縞模様の影を落としている。空調の低い唸り音だけが、部屋の隅で呼吸をしているようだった。

「じゃあ、頼むよ。三日後の飛行機で戻るから」

 氷室先輩は、いつものように必要最小限の荷物を詰め込んだバッグを肩にかけ、そう言い残して去っていった。

 急な日本への一時帰国だという。

 理由は「打ち合わせ」としか教えてくれなかったが、その横顔には、いつになく鋭い緊張感が張り付いていたのを私は見逃さなかった。おそらく、いつもの仕事ではない。何か、重要な案件なのだろう。

 先輩を空港まで送っていったシゲさんが戻ってくるまで、オフィスには私ひとりだ。

 私は大きく伸びをして、コーヒーメーカーの残りを自分のマグカップに注いだ。コーヒーの味に違和感を覚えることは無くなった。この肉体は、カフェインを摂取しても動悸がすることはない。かつて喘息の薬との飲み合わせを気にして、カフェインレスの紅茶ばかり飲んでいた自分が、遠い他人のように思える。

 ふと、先輩のデスクに目が留まった。

 書類の山が片付けられた広い机上に、黒いスマートフォンがポツンと置かれている。

 先輩は仕事用に二台の端末を使い分けている。一台は日本との連絡や機密情報を扱うメインのもの。もう一台は、ここニューカレドニアでの現地連絡用だ。

 置いてあるのは、後者の方だった。

 顧客や現地の業者からの連絡が入ることもあるため、この端末はロックがかけられていない。「もし鳴ったら出ておいてくれ」とは言われていた。


 だがしかし、まさか出発直後にその役目があるとは、誰も思っていなかった。

 ブーッ、ブーッ。

 デスクの天板を震わせる低い振動音に、私はビクリと肩を跳ねさせた。

 画面が明るくなり、着信を知らせている。

 私は、あわあわとマグカップを置き、画面を覗き込んだ。

 そこに表示されていたのは、予想外の文字列だった。

『清水遥香(しみず はるか)』

 女性の名前だ。

 結衣が知っている現地の医療スタッフや業者ではない、日本人の名前。

 私は固まったまま、点滅するその名前を見つめ続けた。

 清水、遥香。

 文字の並びから勝手に想像してしまう。

 先輩のプライベートに関わる人物だろうか。それとも、過去の……恋人?いや、まさか今の彼女?

 若い肉体に引っ張られたのか、あるいは三十八歳の乙女心が疼いたのか、私の胸にちくりと小さな棘が刺さったような感覚が走った。

 コールは五回、六回と続き、やがてプツリと切れた。

 部屋に静寂が戻る。

 私は安堵の息を吐くと同時に、言いようのないモヤモヤを抱え込んだ。

「……何よ、仕事用携帯にかけるなんて」

 呟いた声が、やけに部屋に響く。

 病院関係者なら、もっと堅苦しい登録名のはずだ。『〇〇大学病院・佐藤』とか。こんなふうにフルネームで、しかも下の名前まで登録されているなんて、親しい間柄に決まっている。

 先輩にも、そういう相手がいるのか。

 当たり前のことなのに、なぜかそれが、私たちが共有している「秘密の共犯関係」に水を差されたような気がして、面白くない。

 

 ブーッ、ブーッ。

 再び、振動音が鳴り響いた。

 画面には、またしても『清水遥香』の文字。

 今度は迷わなかった。仕事相手かもしれない。緊急の用件かもしれない。そう自分に言い聞かせ、私は端末をひったくるようにして通話ボタンを押した。

「……はい、氷室事務所です」

 努めて事務的に、冷静な声を作る。

 しかし、受話器の向こうから聞こえてきたのは、予想を裏切るほどに甘ったるく、そして少し苛立ちを含んだ若い女性の声だった。

『え? 誰? 女の人? ここ、氷室さんの携帯よね?』

 鼓膜をくすぐるような高い声。少なくとも、三十代ではない。二十代前半、あるいはもっと若いかもしれない。

「はい、こちらは氷室の業務用の携帯電話です。現在、氷室は不在にしておりまして、スタッフの私が預かっております」

『あー……なんだ、スタッフの人かあ』

 あからさまに落胆した声が返ってきた。

『せっかく番号教えてもらえたから、チャンスだと思ったのに。やっぱりガード固いなあ、あの人』

 その口ぶりから察するに、少なくとも恋人ではないらしい。私は胸の奥の棘が少しだけ抜けるのを感じながら、今度は純粋な好奇心と、事務員としての責任感で問いかけた。

「あの、失礼ですが、どのようなご用件でしょうか。お急ぎでしたら、伝言を承りますが」

『うーん、用件っていうかさあ』

 女性は少し言い淀んでから、気を取り直したように早口でまくし立て始めた。

『私、清水遥香っていうんですけど。ほら、先月、都内のラウンジで会ったじゃないですか。プロのダンサー目指してるって話した……』

 ダンサー?

 私の脳内で、点と線が繋がり始める。先輩は以前、膝の関節の再生治療を希望するプロダンサーの相談に乗っていたことがあった。その関係者だろうか。

『でね、氷室さん、向こうで医療のコーディネートとかしてるって聞いたから。相談なんだけど』

「はい、医療に関するご相談ですね」

 私はメモ用紙を引き寄せ、ペンを構えた。

『そう。私、どうしても痩せたくて。ていうか、モデルのオーディションがあるんだけど、あと三キロが落ちなくてヤバいの。だから、氷室さんの居るニューカレドニア?で胃にバンド巻く手術、あれ、チャチャッとできないかなって』

 ペンの先が止まった。

「……はい?」

『だからぁ、胃の縮小手術。日本だと審査とかうるさいし、未成年だと親の同意とか面倒じゃん? 海外ならお金さえ積めば裏ルートでやってくれるって聞いたし。氷室さんなら顔が利きそうだし、お願いできないかなって』

 悪びれもせず、ガムでも噛んでいそうな軽薄な口調で彼女は言った。

 私のこめかみで、何かがプツンと切れる音がした。

 医療ツーリズム。

 私たちが扱っているのは、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる人々が、最後の希望を託すための医療だ。先日の佐々木夫妻のように、命を懸けて海を渡る人々のためのものだ。

 それを、オーディションのために? あと三キロのために?

 気がつけば、私は受話器を握りしめ、いまの身体ではなく、三十八歳の魂で言葉を紡ぎ出していた。

「あのね、清水さん」

『へ? 何?』

「貴女、プロを目指してるんでしょう? 自分の身体で勝負する仕事なんでしょう?」

『はあ、まあそうだけど……』

「だったら、自分の管理くらい自分でなさいよ! 健康な胃袋にメスを入れて、楽して痩せようなんて根性が腐ってるわ! 野菜を食べて、走り込みをして、汗を流して絞りなさい。それができないなら、プロなんて目指す資格ないわよ!」

『ちょ、ちょっと、何なのあんた! いきなり説教!?』

「ええ、説教よ! 貴女が持っているその健康な身体が、どれだけ貴重で、羨ましいものか分かってるの?せっかくの身体を、くだらない見栄のために傷つけるなんて、私が許しません!」

『はあ!? 意味わかんない! もういい、切るっ!』

 ガチャリ、ツーツーツー。

 通話が切れた後も、私はしばらく受話器を睨みつけていた。

 肩で息をしている自分に気づき、ハッとなる。

 ――やってしまった。

 顧客かもしれない相手に、なんという暴言を。

「……でも、まあ、いいか」

 私は携帯をデスクに戻した。

 あんな依頼、先輩だって受けるはずがない。むしろ、断る手間が省けて感謝されるくらいだ。

 それに、恋人でも何でもなかった。ただの、ちょっとおバカな通りすがりの女の子だ。

 胸の中にあったモヤモヤは綺麗に消え去り、代わりに奇妙な達成感が広がっていた。

 

 

 翌日は、待ちに待った休日だった。

 先輩は不在、急ぎの仕事もなし。

 私は朝から上機嫌で鏡の前に立った。

 現地で買った鮮やかなワンピースに袖を通す。背中が少し大胆に開いたデザインだが、今の私の肌には、シミも吹き出物もない。陶器のように滑らかな背中は、南国の太陽の下でこそ輝くのだ。

 耳には、先日雑貨屋で見つけた貝殻のピアスを揺らす。

「よし、完璧」

 鏡の中の少女が、私に向かってにっこりと微笑む。三十八歳の私がかつて夢見ても叶わなかった、「夏を全力で楽しむ女の子」の姿がそこにあった。

 

 オフィスを出て、バスに揺られること二十分。

 ヌメアの中心街、ココティエ広場周辺は、観光客と地元の人々で賑わっていた。

 元フランス領らしいコロニアル様式の建物が並び、カフェのテラスからはクロワッサンの焼ける甘い香りと、エスプレッソの苦い香りが漂ってくる。

 私はジェラートを片手に、ウィンドウショッピングを楽しんだ。

 ショーウィンドウに映る自分の姿を見るたびに、心が浮き立つ。余分な肉のない長い脚、引き締まった二の腕。歩くこと自体が、ダンスのように楽しい。

 気づけば、太陽は傾き始めていた。

「そろそろ帰ろうかな」

 私は時計を見た。午後四時を回っている。

 バス停へ戻ろうとした時、ふと路地の奥に、見覚えのある尖塔が見えた。

 あれは、セント・ジョセフ大聖堂の塔だ。

 あそこを目印にすれば、大通りへの近道になるかもしれない。

 そう軽く考えて、私は賑やかな通りを外れ、路地へと足を踏み入れた。


 それが、間違いだった。

 十分ほど歩いただろうか。

 周囲の景色が、徐々に、しかし確実に変質していた。

 華やかなブティックやカフェは姿を消し、代わりに煤けた壁のアパートや、看板の欠けた怪しげなバーが並び始めた。

 道端にはゴミが散乱し、どこからか下水のような、あるいは腐った果実のような、鼻を突く異臭が漂ってくる。

 すれ違う人々の目つきも違っていた。

 気怠げで、どこか獲物を品定めするような、粘着質な視線。

 ニューカレドニアは「天国に一番近い島」と呼ばれるリゾート地だが、光が強ければ影も濃くなる。ここは、観光客が決して足を踏み入れてはいけない、島の「影」の部分だったのだ。

「……戻ろう」

 私は背筋に冷たいものが走るのを感じ、きびすを返そうとした。

 その時だ。

「おい、そこのネエちゃん」

 日本語だった。

 ギョッとして顔を上げると、進行方向から一人の男が歩いてきていた。


 五十代くらいだろうか。脂ぎった肌に、派手なアロハシャツを着た小太りの日本人男性だ。首からは金のネックレスを下げ、その目は明らかに酒と、何か別の欲望で濁っていた。

「ひとりか? 初めて見る顔だな」

 男は私の進路を塞ぐように立ち止まり、ニタリと笑った。その笑顔からは、親愛の情など微塵も感じられない。

「……急いでますので」

 私は目を合わせないようにして、脇をすり抜けようとした。

 しかし、男の手が伸びてきて、私の二の腕を掴んだ。

「痛っ」

「いいじゃねえか。いくらだ?」

 男の口から、強烈な酒臭さが吐きかけられる。

「え?」

「だから、いくらだって聞いてんだよ。ショートか? それともロングか?」

 その言葉の意味を理解した瞬間、全身の血の気が引いた。

 この男は、私を売春婦だと思っているのだ。

 この界隈では、アジア系の若い女性が一人で歩いていることは、そういう意味を持つのかもしれない。

「違います! 離してください!」

 私は叫び、腕を振り払おうとした。

 だが、男の力は強かった。若者の健康体とはいえ、体重差のある大人の男には敵わない。

「へえ、威勢がいいねえ。そういうプレイか? 嫌がるのを無理やりってのも、悪くねえな」

 男の目が、いやらしく私の身体を舐め回す。

 ワンピースから露出した肩、胸元、そして脚。

 朝、あんなに誇らしく思っていた自分の身体が、今はただの「肉の塊」として値踏みされている。その屈辱と恐怖に、足が震えた。

「誰か……!」

 周囲を見渡すが、通りかかる現地の人々は、関わり合いになるのを避けるように目を逸らして足早に過ぎ去っていく。

 男の手が、私の腰に伸びてきた。

「愛想がねえな。客を選ぶのか? 俺の金は受け取れねえってか?」

 男が逆上したように声を荒らげた、その時だった。

 

「――おい」

 低く、地を這うような声が響いた。

 男の動きが止まる。

 私の背後から、影が伸びていた。

「俺のツレに、何してんだよ」

 振り返ると、そこにはエリオールが立っていた。

 いつも事務所で見せる、人懐っこい笑顔はどこにもない。

 目深に被ったキャップの下から覗く瞳は、ナイフのように鋭く、殺気立っていた。普段の彼からは想像もつかない、ストリートで生きてきた若者特有の、危険な匂いを纏っている。

 エリオはゆっくりと歩み寄り、男の手首を掴んだ。

「痛てててっ!」

 男が悲鳴を上げる。エリオの指が、万力のように男の手首を締め上げているのが分かった。

「この子は俺のガールフレンドだ。商売女じゃねえよ」

 エリオは流暢な、しかしどこか恫喝めいた日本語で言い放った。

「失せろ。それとも、ポリス呼んでパスポート取り上げてもらうか?」

「わ、悪かったよ! ただ声をかけただけじゃねえか!」

 男は捨て台詞を吐くと、慌てて手を離し、逃げるように路地の奥へと消えていった。



 男の姿が見えなくなると、エリオはふうっと息を吐き、キャップを押し上げた。

「……大丈夫? 結衣サン」

 そこには、いつものエリオの顔があった。

 私はへなへなとその場に座り込みそうになり、彼に支えられた。

「エリオ……どうして、ここに?」

 私の問いに、エリオはポケットから会社用のスマートフォンを取り出して見せた。

 画面には、地図アプリが表示されている。赤い点が点滅しており、それは今の私たちの現在地を示していた。

「これだよ」

 彼が指差したのは、子供の見守りアプリのような画面だった。

「ボスが設定していったんだ。『結衣があらかじめ設定した危ないエリアに近づいたら、俺とシゲさんの携帯にアラームが鳴るように』って」

「え……?」

 私は唖然とした。

 GPS追跡? しかも、危険エリア侵入のアラーム付き?

「結衣サン、街のことよく知らないでしょ。ここはローカルでも夜は近づかないヤバい場所。ボス、心配性だからね」

 エリオは呆れたように、でも優しく笑った。

「まったく、子供扱いなんだから」

 私は頬が熱くなるのを感じた。

 三十八歳の私が、迷子として扱われ、GPSで監視されていたなんて。恥ずかしさで穴があったら入りたい。

 けれど、その「子供扱い」のおかげで、私は救われたのだ。

 先輩の、口には出さない過保護なまでの慎重さと、エリオの迅速な行動に。

「……ありがとう、エリオ。本当に、怖かった」

「いいよ。結衣サンは大事な、えーと、ミウチ?だからね。帰ろう。シゲさんが待ってる」

 エリオは私の手を取り、エスコートするように歩き出した。

 その手は温かく、頼もしかった。

 つないだ手を通して、恐怖で冷え切っていた私の体温が、少しずつ戻ってくるのを感じた。

 大通りに出ると、見慣れたシルバーのワゴンがハザードランプを点滅させて停まっていた。

 運転席から飛び出してきたシゲさんは、私を見るなり心配そうな顔で駆け寄ってきた。

「結衣ちゃん! 無事か!? 怪我はないか!?」

「はい、大丈夫です。エリオが助けてくれましたから」

「よかったぁ……。まったく、アラームつけてなかったらと思うと、ゾッとするよ」

 シゲさんは私の頭を、まるで孫娘にするようにワシャワシャと撫でた。

 私は、自分がこの「チーム」に守られていることを改めて実感し、感謝とともに、自身の迂闊さを深く反省した。

 

 健康な体を持っていても、それを使う私が未熟では意味がない。

 今日の失敗は、この新しい身体で生きていくための、苦いけれど必要な教訓となった。

         

 ◆

 

 その頃、およそ七千キロ離れた東京。

 季節外れの冷たい雨が、アスファルトを黒く濡らしていた。

 銀座の裏通りにある、会員制の喫茶店。

 重厚な木の扉の奥にある個室は、外界の喧騒を遮断し、紫煙と静寂に包まれている。

 革張りのソファに深く沈み込んでいるのは、氷室智弘だった。

 対面に座っているのは、五十代半ばと思われる女性だ。仕立ての良い着物に身を包み、指には大粒のダイヤモンドが光っているが、その化粧の濃さと、目元の焦燥感が、彼女の抱える闇の深さを物語っていた。

「……ですから、そういうご依頼は、本来私の領分ではないと申し上げているんです」

 氷室は、冷めたコーヒーに口もつけず、静かな口調で言った。

 しかし、女性は身を乗り出し、テーブルの上に分厚い封筒を滑らせた。

 封筒の口からは、帯封のついた札束が覗いている。

「お願いよ、氷室さん。貴方しか頼める人がいないの」

 女性の声は、懇願というよりは脅迫に近かった。

「あの子のためなのよ。あの子には、もっと相応しい、新しい人生が必要なの。お金ならいくらでも出すわ。なんとか用意してちょうだい」

 彼女の願いが何を指すのか、この場の空気だけでは判然としない。

 だが、それは明らかに、法や倫理の境界線を踏み越えた何かだった。

 氷室はちらりと封筒に視線を落とし、それからゆっくりと女性の顔を見た。

 

 その瞳は、深海のように暗く、何の感情も映していない。

「……分かりました。ただし、条件があります」

「何でも聞くわ。何でも言って」

「私に提示したルート以外は使わないこと。そして、貴方が別の方法で現地の施設については、一切の詮索をしないこと」

 氷室は封筒を引き寄せ、懐に収めた。

 その手つきは手慣れており、彼がこうしたやり取りが初めてではない様子を感じさせた。

「ありがとうね、氷室さん。これで……これでやっと」

 女性が安堵のため息を漏らし、ハンカチで目頭を押さえる。

 氷室は無表情のまま立ち上がった。

「では、手配を進めます。2週間ほどしたら、また連絡します」

 個室を出て、雨の降りしきる路上に出た氷室は、ふと空を見上げた。

 東京の雨は冷たく、彼の頬を濡らす。

 ポケットの中で、スマートフォンが震えた。

 画面には、ニューカレドニアからの通知が表示されている。

『見守り対象、危険エリアより離脱。安全確認済み』

 その文字を見た瞬間、彼の氷のような表情が、ほんの僅かに、誰にも気づかれないほど微かに緩んだ。

 彼はスマートフォンをしまい、コートの襟を立てて、雨に煙る雑踏の中へと消えていった。

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FIREを諦めた38歳女子、全財産で16歳の体を買う。憧れの先輩ともう一度、恋をするために。 縣邦春 @agatakuniharu

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