第3話 愛しの保険証券
ピピピピ……ピピピピ……
聞きなれたスマホのアラームが鳴る。それに反射して、俺の体も飛び起きた。
「はっ!今何時だ……って」
「今日土日か……」
ボーッとした頭で考える――
そうだ……昨日は誕生日で……家が燃えて…。それで今日は本家に行かなきゃならないんだっけか?
「はぁ〜……」
頭を掻きむしりながら深いため息をつく。
とりあえず今日は、保険証その他諸々の確認と今後の住居について考えよう。
そんで、本家に行ったら軽く挨拶すればいいか……。
ガバッと起き上がり、大きなあくびをしながら伸びをした。
さ、て、と。
まずはマンションに戻るとするか……。
○△□
「ははは……すっげぇ〜……」
煤だらけの部屋。その姿は未だに現実だと思えなく、俺はどこか他人事のようだった。
朝イチだからか人だかりは少なく、周りには目を丸くしている新聞配達員しかいない。
幸い(というかなんというか)、俺の部屋と元凶である隣のおばさんの部屋以外は、軽傷で済んだようだった。
ちなみにだが、俺の部屋は1階の角部屋である。
だからこそ、空気の逃げ場がなくて真っ黒に燃え上がってしまったのだ。
「あぁ!隣屋くん!おはよう」
呆然と突っ立っていると、後ろからそう声が聞こえてくる。
振り向くとそこには、パジャマ姿の大家さんの姿があった。
「おはようございます……」
「あぁ隣屋くん……そんなにやつれてしまって……。昨日は大丈夫だったかい?」
大家さんが心配そうに、おろおろとしながら聞いてくる。
しかし、俺はそれよりも、パジャマからはみ出したビール腹の方が気になって仕方なかった。
「大丈夫です…。ご心配おかけしてすみませんでした」
「いやいや!君が謝ることはじゃないよ!それより、君の部屋から救出された物を預かっているから、うちに来てよ」
大家さんはそう言ってくるりと向きを変え、ドタドタと自分の部屋へと向かう。
こうして俺は大家さんの部屋、101号室にお邪魔することとなった。
「お邪魔しまーす……」
綺麗に整頓された2つの靴。そういえば大家さんは奥さんと二人暮しだったな、と思い出す。
家の中はうっすらと金木犀の匂いがして、どことなく安心する空間になっていた。
「さぁ入って入って!あ、ここ座ってね」
大家さんに唆され、小綺麗なリビングのソファに座る。
そして大家さんは少し待ってて、と言い残し部屋の奥へと消えてしまった。
(保険証はあるよな?それがないとまじで詰むぞ……。てか金…。へそくりせっかく10万まで貯めたのに……)
そんなことをぐるぐると考える。
しばらくすると大家さんが何かを抱えて戻ってきた。そして“それ”を机の上にドタンと置いた。
「……!!」
「良かったねぇ隣屋くん!辛うじてこれだけ無事だったんだよ!」
目の前にあるのは、俺がとあるフリマアプリで5万で買った小型金庫だった。
少し煤けてはいるが、潰れた形跡もなし。中も問題はなさそうだ。
本当に良かった……。
「ささ、中開けて確認しちゃいなよ!」
「は、はい!」
そうだ。問題はこの中身。濡れていたり、焦げていたらマズイ。いや、多分無くても平気なのだが、色々と手続きがメンドクサイ。
「じゃあ……行きます」
謎の宣言をして、暗証番号を入る。
カチャリ…と鍵を回し、扉に手をかけた。
緊張の瞬間だった。
いつの間にか大家さんの奥さんも起きてきていて、3人で扉を開くのを見守る。
そして――――
「あ、あったぁ!!」
ふわっと心が軽くなる。
中には様々な書類と封筒があった。
どれも焦げていなくて、燃える以前同様の姿を保っている。
これならひとまずは大丈夫そうだ。
さて、続けて、バサバサと音を立てながら書類を見る。
(保険証券……保険証券はどこだ!?)
今いちばん大切なのは、火災保険に入っているか、どうか。
それによって、今後の生活の貧富がガラリと変わってくるだろう。
もちろん、俺の心の安定も。
「……っ」
な、ない……。
いや、そんなはずは……。
しかし、期待とは裏腹に、保険証券はいくら探しても出てこなかった。
「隣屋くん……大丈夫かい?」
「はは……オワタ……」
膝からガクンと崩れ落ちる。
おろおろとする大家さんを横目に、俺は魂が抜けたように白くなっていた。
「と、とりあえず最後まで探すわよ!」
大家さんの奥さん、千里さんがそう声を上げる。
そうだ。こんなとこで諦めちゃダメだ。
書類に手をつける。俺たちは探して探して、探し続けた。
○△□
三分後。俺たちは諦めかけていた。
早いフラグ回収だった。
「隣屋くん〜。隣屋くんには申し訳ないけど……もう、ないんじゃないかなぁ?」
大家さんもソファに寝転び項垂れている。
俺も、もう半ば諦めていた。
――――その時だった。
「んん!?」
突然、
その目線の先には、空っぽのはずの金庫があった。
「……どうしたのぉ?千里ちゃん」
「ちょっと待ちな」
「「??」」
千里さんは凄い剣幕で金庫の中にゴソゴソと手を入れる。
そして数秒後、その手に何かを握りしめて俺たちの方に向き直った。
「はい、隣屋ちゃん。どうぞ」
千里さんは、にこりと優しく笑いながらその手に握りしめた物を渡す。
俺はそれを不思議そうに受け取り、クシャクシャなそれを紙だと認識した。
「……?」
もしかして…!いやまさか…!
急いでそれを広げる。
そして――――
「!!」
「保険……証券!?」
「え!!」
大家さんが目を丸くする。もちろん俺も口をあんぐりと開けていた。
それは紛れもない俺の保険証券だった。
そして、火災保険には……
「入ってる……!」
千里さんが勝ち誇ったような、強者な笑顔で微笑む。
俺は涙を流しながら千里さんに感謝を述べた。
「なぁに、子供たちがランドセルの奥にプリントをぐちゃぐちゃにして持って帰ることがよくあったからねぇ。」
「もしかして、と思って見たまでよ」
そう言う千里さんは、まるで歴戦の勇者のようだった。
「本当に、ほんっとうにありがとうございます!!」
「千里ちゃん、隣屋くんを救ってくれてありがとうー!」
先程まで諦めていた男二人で千里さんにお礼を述べる。
千里さんはその様子を見ながらケラケラと笑っていた。
「やめなさいあんたまで!ま、見つかってよかったわ。ほら、早く母親に顔を見せて来なさい。ニュースになってるから、心配させてるんじゃないかしら?」
「っありがとうございます!!」
改めて大家さん夫妻にお礼を言う。
大家さんがお茶を勧めてきたのを千里さんが止め、俺は一先ず荷物を取りにネカフェへ帰ることとなった。
そうだ。この後は本家に行かなきゃ行けない。どうなるかは予想できないけど……まぁ大丈夫だろう。
なんたって、今の俺に怖いものはないからな!!
午前10時、そんな俺の心の叫びがこの街に響き渡った――気がした。
限界社畜が天涯孤独少女を引き取ることになった話 町 玉緒 @Abc11
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