Tokyo Ends Here - 東京はここで終わる

Katty 🎴🫶🏻

第1章 — 前日

チャイムが鳴った瞬間、校舎の廊下に自由の声が響き渡った。


「終わったぁぁあ!!」

タカイの親友で、東京でも有名な警察官の息子でもあるジュンが、バスケのダンクみたいな勢いでノートをバッグにぶち込む。


タカイは小さく笑った。

黒い髪に落ち着いた目つき、どこか力の抜けた姿勢――先生たちにはいつも「もっとシャキッとしろ」と言われている。


父親を亡くしたのは、彼がまだ二歳の頃。

けれど、母の努力のおかげで不自由なく育てられた。

だからこそ、タカイにとって母との時間は何より大切だった。

母は――彼の全部だった。


「おいタカイ、明日は祭りだぞ! そのテンションはないって!」

ジュンが肩を叩く。


タカイは窓の外を見た。

雲ひとつない空が広がり、自然と笑みがこぼれる。


「母さんと行くんだ。あの祭り、母さんが一番好きだから……外せないんだ。」


「お、あの灯籠祭りか!」

ジュンの目が一気に輝く。

「屋台がめっちゃ並んでて、妖怪のお面とか売ってるやつだろ?」


「そうだよ。」


そこへ、いつも宿題に文句を言うくせに成績はトップのクラスメイト、ユイが会話に入ってきた。


「え、祭りの話してるの?」

そしてタカイを見る。

「毎年行ってるんだよね? いいなぁ……絶対に幻想的なんだろうね。」


タカイはすぐには答えなかった。

屋台を楽しそうに回る母の姿を思い出す。

笑い声、灯り、温かい手――どれも大切な記憶だ。


「うん。明日も行くよ。」


ジュンが突然、顔を数センチの距離まで近づけてきた。

完全に少年漫画の主人公を気取った表情だ。


「おぉぉ! タカイ、明日は母さんとデートじゃん! かわいすぎるって!」


「デートじゃないって!」

タカイは軽くジュンの腕を叩いた。


3人で校門を出る。

夕方の風が裸の桜並木を揺らし、わずかに残った花びらをさらっていった。


「じゃ、また明日ね!」

ユイが明るく手を振る。


タカイも手を振り返し、そのまま家へ向かって歩き出した。


街は夕日に照らされてきらめいていた。

車が走り、店が閉まり、人々の笑い声が重なる――

どこにでもある、完璧な日常。


けれど、それはとても脆い日常でもあった。


タカイはまだ知らない。

ジュンも、ユイも。

誰一人として知らなかった。


今日が――彼にとって“最後の平穏な一日”になるということを。


そして翌夜。

祭りの灯りが揺れる中、

その名が叫ばれた瞬間、全てが動き出す。


――ムサシ。

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