『俺達のグレートなキャンプ182 秘技!健康になる背負い投げをくらおう』

海山純平

第182話 秘技!健康になる背負い投げをくらおう

俺達のグレートなキャンプ182 秘技!健康になる背負い投げをくらおう


「よっしゃああああ!白樺高原キャンプ場到着だああああ!」

石川が車を停めるや否や、ドアを勢いよく開けて飛び出した。助手席の千葉も負けじと拳を突き上げる。

「いいですねえ石川さん!今回のキャンプ、めちゃくちゃ楽しみにしてましたよ!」

後部座席の富山が、重たいため息をついた。

「はあ……今回もまた変なことするんでしょ……」

「変なことだなんて人聞きが悪いなあ富山!」

石川がニカッと笑って車のトランクを開ける。そこには柔道着が二着、綺麗に畳まれて入っていた。

「今回は健康がテーマだ!キャンプと健康の融合!これぞ究極のグレートキャンプだぜ!」

千葉が目を輝かせる。

「そうですよ富山さん!今回の『健康になる背負い投げ』、石川さんから一週間みっちり学んだんです!これは本当にすごいですよ!」

「健康になる背負い投げって何よ……」

富山が恐る恐る尋ねると、石川が胸を張って宣言した。

「よくぞ聞いてくれた!じゃあ改めて、今回のキャンプテーマを発表するぜ!」

石川が両手を広げ、まるで舞台俳優のように大げさなポーズを取った。

「今回の俺達のグレートキャンプ第182回!そのテーマはああああ!」

千葉も負けじと続ける。

「秘技!健康になる背負い投げをくらおう!であります!」

二人で声を揃えて叫んだ。周囲の駐車場にいた他のキャンパーたちが、一斉にこちらを振り向く。

「ちょっと!大声出さないでよ恥ずかしい!」

富山が顔を真っ赤にして二人を制止しようとするが、石川は止まらない。

「今回のキャンプのコンセプトはこうだ!」

石川が人差し指を立てて、演説でも始めるかのように語り出す。

「現代人はストレスまみれ!肩こり、腰痛、眼精疲労、胃腸の不調!あらゆる不健康が蔓延している!」

「そうです!」

千葉が相槌を打つ。

「そんな現代人を救うのが、この『健康になる背負い投げ』なのだ!背負い投げの衝撃が全身の血流を一気に促進!遠心力が内臓をマッサージ!着地の衝撃で骨格の歪みを矯正!まさに一石三鳥の究極健康法!」

石川が自信満々に語る。富山は呆れ果てた表情だ。

「どこにそんな根拠があるのよ……」

「根拠は俺の直感だ!」

「最悪じゃない!」

「でも富山さん、実際に効果はあるんですよ!」

千葉が真面目な顔で言った。

「この一週間、俺、毎日石川さんに投げてもらってたんです。そしたらマジで体調良くなって!朝の目覚めも良いし、肩こりもなくなったし、何より気分が最高なんです!」

「それプラシーボ効果でしょ!」

「いや、マジなんです!最初は俺も半信半疑でしたけど、三日目くらいから明らかに体が変わって!」

千葉が本気の表情で訴える。

石川が続けた。

「だろ?で、今回はその効果をキャンプ場で実証するってわけだ!俺と千葉が中心になって、希望者全員を健康にする!これぞグレートキャンプの真骨頂!」

「ちょっと待って、希望者全員って……」

富山が嫌な予感を覚える。

「そう!このキャンプ場にいる全員を健康にしてやる!背負い投げの素晴らしさを広めるのが今回のミッションだ!」

「無理に決まってるでしょ!というか迷惑でしょ!」

「迷惑だなんて!みんな喜ぶって!だってタダで健康になれるんだぜ?」

石川がニカッと笑う。

「そもそもどうやって投げるのよ。柔道着とか持ってきてるの?」

「当然!」

石川がトランクから二着の柔道着を取り出す。真っ白な道着が太陽の光を反射して輝いた。

「俺と千葉の分だ!準備は万端!」

「私のは?」

「富山は記録係な!写真とか動画撮ってくれ!」

「なんで私が!」

「富山さん、お願いしますよ!この歴史的瞬間を記録に残さないと!」

千葉が両手を合わせて頼み込む。

富山は深いため息をついた。

「もう知らないからね……トラブルになっても私は知らないから……」

「大丈夫大丈夫!任せとけって!」

石川が自信満々に言い切った。

受付を済ませ、指定されたサイトに向かう道中、石川は既にやる気満々だった。

「よし千葉!まずはテント設営だ!グレートなキャンプには完璧な準備が必要だからな!」

「了解です!」

二人で手際よくテントを設営する。富山も仕方なく手伝いながら、小声で愚痴をこぼす。

「本当にやるのかしら……背負い投げなんて……」

テントとタープが完成し、いよいよ準備が整った。石川がテントから大きなブルーシートを取り出す。

「よし!これが今回の特設健康ステーションだ!」

「特設健康ステーションって……」

富山が頭を抱える間に、石川と千葉はブルーシートをタープの下に広げた。

「このブルーシート、実は特注品なんだぜ!厚さ5ミリの衝撃吸収タイプ!これなら安全に投げられる!」

「安全に投げるって時点でおかしいのよ!」

富山のツッコミを無視して、石川が柔道着を掲げた。

「さあ千葉!着替えるぞ!」

「了解です!」

二人が柔道着に着替え始める。富山は現実逃避したくなったが、もう後戻りできないことを悟っていた。

五分後、真っ白な柔道着に身を包んだ石川と千葉がブルーシートの上に立っていた。

「よし!じゃあ改めて宣言するぜ!」

石川が大きく息を吸い込み、キャンプ場中に響き渡るような大声で叫んだ。

「俺達のグレートなキャンプ第182回!秘技!健康になる背負い投げをくらおう!今ここに開幕だあああああ!」

「開幕しますうううう!」

千葉も叫ぶ。

周囲のキャンパーたちが、不思議そうにこちらを見ている。富山は恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だった。

「うう……みんな見てる……」

「よし千葉!まずはお前が第一号だ!準備はいいか!」

「バッチリです!この一週間の特訓、無駄にしませんよ!」

千葉が受け身の構えを取る。石川が千葉の襟と袖を掴んだ。

「見てろよ富山!これが健康になる背負い投げの真髄だ!」

「だから見たくないってば!」

富山の悲鳴も虚しく、石川が腰を入れる。

「いくぞおおお!健康背負い投げ、第一投!せーのっ!」

「お願いしまああああす!」

石川の豪快な動きと共に、千葉の体が放物線を描いて宙を舞った。白樺の木々の間を、千葉の「うおおおおお!」という雄叫びが響き渡る。

どごおおおん!

ブルーシートの上に千葉が背中から着地する。鈍い音に、周囲のキャンパーたちが一斉に足を止めた。バーベキューの準備をしていた家族、コーヒーを淹れていたソロキャンパー、散歩していたカップル。みんながこちらを振り向いている。

「ちょっと!大丈夫!?千葉君!」

富山が慌てて駆け寄る。しかし千葉は、目を見開いてぴくぴくと震えながらゆっくりと起き上がった。

「う、うおお……」

「ほら!やっぱり危ないじゃない!無茶するから!」

富山が心配そうに千葉の肩に手を置いた瞬間。

「すげええええええ!」

千葉が突然立ち上がり、両手を高々と突き上げた。

「何これ!体がめちゃくちゃ軽い!昨日筋トレしすぎて肩と背中がバキバキだったのに、全部なくなってる!」

千葉が信じられないという表情で自分の肩を回している。ぐるぐると腕を回し、その場でジャンプまでして見せた。

「嘘でしょ……」

富山が呆然と呟く。

「嘘じゃねえ!マジだ!昨日ベンチプレス100キロを10セットやって、もう腕が上がらないレベルだったのに!今なら200キロいけそう!」

「いや200キロは無理でしょ!」

「とにかく!筋肉痛が完全に消えた!これはやばい!石川さん、もう一回お願いします!」

千葉が目をキラキラさせて石川の前に戻る。

「おう!いいぞ千葉!今度は更に高く投げてやる!」

「お願いします!」

再び千葉が投げられる。今度は更に豪快に、まるでプロレス技のような迫力だった。千葉の体が三メートルは浮き上がり、くるりと一回転してから着地する。

どごごごごん!

「っしゃああああ!完璧だ!もう体が羽みたいに軽い!走れる!どこまでも走れる!」

千葉が歓喜の雄叫びを上げ、その場で全力ダッシュの真似をする。

その様子を、少し離れたところから見ていた中年男性が、妻と小声で話していた。

「ねえ、あれ何やってるのかしら……」

「さあ……柔道の練習?でもなんか様子がおかしいな……」

男性は40代半ばくらいで、小太りの体型。腰に手を当てて、少し辛そうな表情をしている。何度か腹を擦りながら、興味深そうにこちらを見ていた。

石川の鋭い視線がその男性を捉えた。

「おっと、早速お客さんの予感だぜ……」

石川がニヤリと笑い、男性に向かって大きく手を振った。

「こんにちはー!いい天気ですねー!」

「あ、ええ、こんにちは……」

男性が戸惑いながら会釈を返す。石川は待ってましたとばかりに近づいていった。

「あの、気になってたんですけど……何をやってるんですか?」

男性が恐る恐る尋ねる。

石川の目がキラリと光った。これぞ待っていた質問だ。

「おお!良い質問ですね!これは『健康になる背負い投げ』ですよ!」

「健康になる……背負い投げ?」

男性が首を傾げる。妻も不思議そうにこちらを見ている。

石川が大きく息を吸い込み、まるで通販番組のプレゼンターのように語り始めた。

「そうです!背負い投げの衝撃で全身の血流が一気に促進される!さらに遠心力が内臓を適度にマッサージし、着地の衝撃で骨格の歪みが矯正される!これはもう、医学の常識を覆す革命的健康法なんです!」

「全然常識じゃないから!勝手に医学とか言わないで!」

富山がツッコむが、石川は完全に無視している。

「この千葉が証人です!さっきまで筋肉痛でバキバキだったのが、たった二回の背負い投げで完全回復!見てくださいこの動き!」

千葉が飛んだり跳ねたり、側転までして見せる。

「すごい……本当に軽そうに動いてますね……」

男性が感心したように呟いた。

「でしょう!?これが健康背負い投げの効果なんです!ちなみに、何かお体の不調とかありませんか?」

石川が営業スマイル全開で尋ねる。

男性は少し躊躇したが、やがて恥ずかしそうに答えた。

「実は……慢性的な胃腸の調子が悪くて……もう三年くらい。病院にも行ったんですけど、特に異常はないって言われて。でもいつも重苦しくて、食事が楽しめないんですよ……」

男性が情けなさそうに腹を擦る。

石川がビシッと男性を指差した。

「それです!それはまさに内臓の位置がずれている証拠です!」

「位置がずれてる?」

「そうです!現代人は運動不足とストレスで、内臓が本来あるべき位置からずれているんです!でも安心してください!背負い投げの遠心力で内臓が正常な位置に戻ります!まるでルンバが家具の配置を最適化するように!」

「例えがおかしいから!」

富山が叫ぶが、男性は既に目を輝かせていた。

「本当ですか!?それで治るんですか!?」

「治るという表現は医療行為になっちゃうから使えませんけど、まあ、劇的に楽になりますよ!ね、千葉!」

「はい!俺も以前、食べ過ぎで胃もたれした時に投げてもらったら、一発でスッキリしましたから!」

千葉が親指を立てて見せる。

「マジですか!やってもらえます!?お願いします!」

男性が前のめりになった。

「ちょっと待って!本当にやるの!?もし怪我したら!?」

富山が慌てて止めようとするが、男性は既にやる気満々だ。

「大丈夫です!どんな衝撃でも我慢します!この胃の重さから解放されるなら!」

「問題ありません!受け身さえできれば安全です!柔道の経験は?」

石川が尋ねると、男性は首を横に振った。

「全くないです……」

「オッケー!じゃあ千葉、基本の受け身を教えてやってくれ!」

「了解です!」

千葉が男性の横に立ち、受け身の基本を教え始める。手の叩き方、顎の引き方、体の丸め方。男性は真剣な表情で一つ一つを習得していく。

五分後。

「よし、基本はマスターしましたね!じゃあ実践いきましょう!」

千葉が満足そうに頷く。

男性がブルーシートの上に立つ。緊張で体がガチガチだ。

「力を抜いてくださいね。力むと逆に危ないですから」

石川が優しく声をかける。

「は、はい……」

「大丈夫です!俺の投げは柔道部時代、『まるで布団に寝かせるような優しさ』って先輩に言われたくらいですから!」

「それ本当かしら……」

富山が不安そうに呟く。

石川が男性の襟を掴み、腰を入れる。男性の妻が遠くから心配そうに見守っている。

「じゃあいきますよ!深呼吸して!せーの……」

「お、お願いします!」

「それっ!」

ぐわああん!

男性の体が宙を舞う。予想以上の浮遊感に「うわああああああ!」と叫び声を上げながら、回転しながら、そしてどすん、とブルーシートに背中から着地した。

完璧な受け身だった。千葉の五分間の特訓が功を奏した。

「大丈夫ですか!?」

千葉が慌てて駆け寄る。富山は既に目を覆っている。

男性がしばらく動かない。三秒、四秒、五秒。

「ね、ねえ!大丈夫!?返事して!」

富山の声が裏返る。

その時、男性がゆっくりと起き上がった。そして、自分の腹を両手で押さえた。

「あれ……?」

「どうしました!?痛いですか!?」

富山の顔が青ざめる。やっぱり危なかったんだ、と思った瞬間。

「な、なんか……胃のあたりが……」

「胃のあたりが!?」

全員が固唾を呑んで見守る。

男性がゆっくりと立ち上がり、自分の腹を何度も押してみる。そして、目を見開いた。

「す、すっげえ楽になった!!!!」

男性が飛び上がって叫んだ。

「嘘!?いつもの重苦しさが全然ない!むしろ今、腹減ってる!焼肉食える!何枚でも食える!」

男性が自分の腹を何度も触って確認している。その表情は、完全に信じられないという驚きに満ちていた。

「だろ!?背負い投げの遠心力で内臓が活性化するんだよ!」

石川がドヤ顔で腕を組む。

「すごい!本当にすごい!あなた天才ですよ!ノーベル賞ものだ!」

「いやいや、まだノーベル賞は早いっすよ」

石川が照れくさそうに笑う。

「もう一回!もう一回お願いします!完全に治したい!」

「おう!任せろ!二回目はもっと高く投げてやる!」

どががががん!

二回目の背負い投げはさらに豪快だった。男性の体が空中で一回転半して着地する。

「ぶはあああああ!最高だ!胃が!胃が踊ってる!」

男性が歓喜の表情で立ち上がる。

「これでキャンプ飯が美味しく食べられる!妻が作ってくれた料理、三年ぶりに完食できそうだ!」

男性が妻の方を振り向いて手を振る。妻も驚いた表情で手を振り返していた。

「本当にありがとうございました!先生!」

「先生って呼ばれちゃったよ!」

石川がニヤニヤしながら千葉に肘打ちする。

男性が自分のサイトへ戻っていく。その足取りは来た時よりも明らかに軽やかだった。

「ね、ねえ石川……本当に効果あったの……?」

富山が信じられないという表情で呟く。

「当たり前だろ!俺の理論は完璧だからな!」

「理論って呼べるものじゃないと思うけど……」

そして、運命の歯車が回り始めた。

先ほどの男性が、隣のサイトの人々に何やら熱心に話しかけている。身振り手振りを交えて、自分の腹を指差したり、こちらを指差したりしている。

すると、そのグループの一人、50代くらいの女性がこちらへ向かって早足で歩いてきた。

「あのお!」

女性の声に、三人が振り向く。

「さっきの背負い投げ、私もやってもらえますか!?」

「おお!もちろんですよ!大歓迎です!」

石川が嬉しそうに応える。富山は嫌な予感しかしなかった。

「実は私、慢性的な腰痛持ちで……もう十年以上。整体にも通ったし、鍼灸もやったし、ヨガもやったんですけど、全然良くならなくて……」

女性が辛そうに腰を押さえる。

「さっきの方が『胃腸が劇的に良くなった』って聞いて、もしかしたら腰にも効くかなって!」

「腰痛!それは背負い投げの最も得意とする分野ですよ!」

石川が自信満々に言い切る。

「着地の衝撃で腰椎の歪みが一発で矯正されます!歪んだ骨格が、まるでジェンガのタワーを崩して組み直すように、正しい位置に戻るんです!」

「例えが不安しかないんだけど!」

富山がツッコむが、女性は既に期待に目を輝かせている。

「本当ですか!?じゃあお願いします!」

「ちょっと石川!大丈夫なの!?腰痛の人を投げるなんて!」

富山が心配そうに言うが、石川は余裕の表情だ。

「大丈夫だって!むしろ腰痛にこそ効くんだから!な、千葉!」

「そうです富山さん!俺も以前ギックリ腰になりかけた時、石川さんに投げてもらったら一発で治りましたから!」

「ギックリ腰の時に投げられたの!?それ悪化しそうなんだけど!」

「ところがどっこい、完治しちゃったんですよね。不思議ですけど」

千葉がケロッとした顔で言う。

五分後、女性も基本的な受け身を習得し、いよいよ本番だ。

「じゃあいきますよ。腰痛持ちの方は特に、着地の瞬間に意識を腰に集中してください。そうすると治癒効果が倍増します」

「そんな根拠ないでしょ!」

富山のツッコミを無視して、石川が女性の襟を掴む。

「せーのっ!」

ぐるんっ!

女性の体が回転しながら宙を舞う。「きゃああああ!」という悲鳴と共に、どすん、と着地した。

しばらく動かない女性に、全員が息を呑む。

「だ、大丈夫ですか……?」

富山が恐る恐る近づく。

女性がゆっくりと起き上がり、腰を左右に捻ってみる。一回、二回、三回。そして、驚愕の表情で叫んだ。

「嘘……あれ?痛くない……全然痛くない!」

「マジですか!?」

「十年以上悩んでた腰痛が!?一発で!?」

女性が信じられないという表情で、その場で屈伸を始める。前屈、後屈、腰を回す。全ての動作がスムーズだ。

「すごい!本当にすごい!魔法みたい!先生!もう一回お願いします!完全に治したい!」

「おう!任せろ!」

石川がまた女性を投げる。二回目、三回目と投げるたびに、女性の動きが更に軽やかになっていった。

「信じられない!こんなに軽く動けるの、何年ぶりだろう!」

女性が感涙しながら何度も頭を下げる。

「本当にありがとうございました!今夜は久しぶりにぐっすり眠れそうです!」

女性が去っていく。そして、彼女もまた周囲の人々に話しかけ始めた。

「ねえ石川……あれ見て……」

富山が震える声で指差す。

気づけば、石川たちの周りに人だかりができ始めていた。

「背負い投げで健康になるって本当ですか!?」

若い男性が駆け寄ってくる。

「眼精疲労が酷くて!仕事でPC使いすぎて、目薬が手放せないんです!」

「頭痛が!偏頭痛が酷くて毎日薬飲んでるんです!」

30代の女性が手を上げる。

「ストレスで胃が痛くて!」

「肩こりが!」

「不眠症で!」

「とにかく疲れてて!」

次々と人が集まってくる。気づけば、石川の周りに二十人以上のキャンパーが列を作っていた。

「う、嘘でしょ……」

富山が青ざめる。

石川の目がギラギラと輝いた。

「よっしゃああああ!来たな来たな!これぞグレートキャンプの真骨頂だあああ!」

石川が拳を突き上げる。

「千葉!受け身指導を頼む!俺は投げに専念する!」

「了解です!」

「ちょっと待って!石川、こんな大勢を相手にしたら疲れるでしょ!?」

富山が止めようとするが、石川は既に興奮状態だった。

「大丈夫!俺の体力は無限大だ!全員健康にしてやる!さあ、一人目!前へ!」

列の先頭にいた若い男性が進み出る。痩せ型で眼鏡をかけた、いかにもデスクワーカーという雰囲気だ。

「お願いします!PCの見すぎで眼精疲労がやばいんです!目薬を一日十回は差してて!」

「よし!背負い投げの衝撃で視神経が刺激されて、眼球周りの血流が一気に改善する!さらに首の歪みも矯正されるから、目への負担が減るんだ!」

「そんな理論聞いたことないから!」

富山が叫ぶが、もう誰も聞いていない。

千葉が素早く受け身を指導し、男性が準備完了する。

「いくぞ!」

どがん!

若い男性が投げられる。起き上がった彼は、目をパチパチとさせて、周囲を見回した。

「あれ……視界が……すっごいクリア……」

男性が眼鏡を外して遠くを見る。

「めちゃくちゃ見える!あそこの看板の文字も読める!『白樺高原キャンプ場、ようこそ!』って書いてある!」

男性が百メートル以上先の看板を指差す。

「マジかよ!」

周囲がどよめく。

「もう一回お願いします!」

どごん!

「うおおお!今度は視界が3D映画みたいに立体的に見える!」

男性が大興奮で跳ね回る。

次は30代の女性。

「頭痛が!偏頭痛が酷くて!もう五年も薬が手放せなくて!」

どごん!

「治った!嘘みたいに軽い!頭がスッキリ!世界がクリアに見える!」

次は60代の男性。

「ストレスで胃が!会社経営してて毎日胃が痛くて!」

ずどん!

「楽になった!心も体も!ストレスって何だっけ!?」

次は20代のカップル。

「二人一緒にお願いします!デートの記念に!」

ばごん!どがん!

「最高!」「やばい!彼氏の顔が三割増しでイケメンに見える!」

列はどんどん長くなっていく。石川は汗だくになりながら、次々と人を投げ続けた。

「よし次!」

どすん!

「肩こりが治りました!」

「次!」

ばごん!

「不眠症が治りそうです!今夜は爆睡できる気がします!」

「どんどん来い!」

ずどん!

「足の痺れが消えました!」

千葉がタオルと水を持って石川をサポートする。富山は呆然と立ち尽くすしかなかった。

「石川さん!水分補給!」

「おう!」

ゴクゴクと水を飲み、再び投げ始める。

十分経過。投げた人数は十五人。

「次!」

どがん!

「花粉症が治った気がします!」

「次!」

ばごん!

「膝の痛みが!」

二十分経過。人数は二十五人。

「次!」

ずどん!

「便秘が治りそう!」

「次!」

どがん!

「若返った気がする!」

三十分経過。人数は三十五人。

石川の動きが明らかに鈍くなっている。

「はあ、はあ……次……」

「石川!休憩しなよ!」

富山が心配そうに声をかける。

「だ、大丈夫……まだ……列が……」

しかし明らかに限界だった。顔は真っ赤で、息は荒く、足元がふらついている。柔道着がびしょ濡れになっている。

「よし……次、いくぞ……」

四十人目の男性を投げようとした瞬間、石川の足がもつれた。

「うわっ!」

がくん、と膝をついた石川に、周囲から心配の声が上がる。

「先生!大丈夫ですか!?」

「無理しないでください!」

「誰か救急車!」

「いや救急車はまだ早い!」

石川はブルーシートの上に座り込み、大の字になった。

「つ、疲れた……マジで疲れた……こんなに疲れたの……高校の柔道部以来だ……」

息も絶え絶えだ。全身から湯気が立ち上っている。

「だから言ったじゃない!」

富山が慌てて駆け寄り、スポーツドリンクを手渡す。

「こんなに連続で投げ続けたら、そりゃ疲れるわよ!もう四十人も投げたのよ!」

石川はスポーツドリンクを一気に飲み干し、虚ろな目で空を見上げた。

「なあ……誰か……俺を背負い投げしてくれ……」

「はあ!?」

富山と千葉が同時に驚きの声を上げる。周囲の人々もざわついた。

「だって……俺も……疲労回復したい……自分で自分を投げられないし……」

石川の呟きに、投げられた人々が顔を見合わせた。

「確かに……」

「先生も疲れてる……」

「恩返しだ!」

「みんなで先生を投げよう!」

突然、キャンパーたちが盛り上がり始めた。

「ちょっと待って!石川は投げられる側じゃなくて投げる側でしょ!?そもそも疲れてる人を投げたら危ないでしょ!」

富山が慌てて制止しようとするが、熱気は止まらない。

先ほど胃腸が良くなった中年男性が進み出た。

「俺、実は高校時代に柔道やってたんです!県大会にも出たことあります!」

「マジですか!」

千葉が驚く。

「先生の投げ方を見て思い出しました!体が勝手に動きそうです!ていうか、胃腸が治ったおかげで体に力が漲ってきて、今なら投げられます!」

男性が拳を握りしめる。

「頼む……俺を……健康にしてくれ……」

石川が弱々しく手を伸ばす。

「わかりました!」

男性が石川の襟を掴む。かつての柔道経験が蘇ったのか、その動きは意外にも様になっていた。

「いきます!」

ぐわん!

石川の体が宙を舞う。今まで散々人を投げてきた石川が、初めて投げられる側に回った。その光景に、周囲から歓声が上がる。

どごおおおん!

「うおおおお!」

石川が着地し、しばらくピクピクと痙攣していたが、やがてゆっくりと起き上がった。

「お、おお……」

「どう!?」

千葉が興味津々で尋ねる。

「マジか……疲労が……三割くらい抜けた……」

石川が信じられないという表情で自分の腕を見る。さっきまでプルプル震えていた腕が、少し安定している。

「本当に効くんだ……受ける側も……」

「でしょう!?」

中年男性がドヤ顔で言う。

「よし!もう一回!」

どがん!

石川が再び投げられる。そして起き上がると、明らかに顔色が良くなっていた。

「おお!かなり楽になった!呼吸も整ってきた!」

「じゃあ俺も!」

先ほど腰痛が治った女性の連れの男性が名乗り出た。

「俺も学生時代に柔道やってました!初段持ってます!」

「マジか!頼む!」

どすん!

「おおお!更に楽に!」

「俺も俺も!」

「私も柔道経験あります!」

次々と柔道経験者が名乗りを上げ、石川を投げ始めた。投げられるたびに、石川の元気が回復していく。

「すげえ!本当に元気になってく!これが健康背負い投げの真の力か!」

千葉が感動している。

十人が石川を投げ終わった頃、石川は完全に復活していた。

「よっしゃあああ!完全回復だ!ありがとうみんな!」

石川が立ち上がり、拳を突き上げる。周囲から拍手が起こった。

「先生!まだ列が残ってます!」

誰かが叫ぶ。見ると、まだ二十人ほどの列ができていた。

「よし!じゃあ再開だ!全員健康にしてやる!」

「おおおお!」

歓声が上がる。

「ちょっと待って!」

富山が叫んだ。

「もう夕方よ!そろそろ夕飯の準備しないと!」

時計を見ると、既に午後五時を回っていた。

「マジか!もうこんな時間!」

石川が驚く。

「じゃあこうしよう!夕飯作りながら、交代で投げる!千葉、お前も投げろ!」

「了解です!」

「そういう問題じゃないでしょ!」

富山の悲鳴も虚しく、石川と千葉は二人体制で背負い投げを再開した。


こんなキャンパー同士の背負い投げの光景が延々と続いたのであった。管理人曰く「止める、受ける以前に絵面に引いた」とのこと。


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