抱けない東くんと抱かれたい西くん

橋元 宏平

スパダリ東くんとわんこ西くん

あずまくんの想い】


 俺と西にしくんは、ご近所さんで幼馴染おさななじみだった。

 仕事で俺が東京へ引っ越して、離れ離れになっちゃったけど。

 どんなに忙しくても、毎日一回は音声通話で話している。


 ひと回りも年下の西くんが、もう可愛すぎて頭おかしくなる。

 動物で例えると、小型犬。

 明るい性格で、社交的で、活動的で、神経質で、臆病おくびょうで、甘えん坊。

 キャンキャンよく吠える姿も可愛くて、抱き締めてで回したくなる。

 可愛すぎて、何をされても許せてしまう。

 マジで可愛いは正義。


 西くんってガキみたいに無邪気むじゃきで、貪欲どんよくで、いつだって全力で。

 大きな夢を思いえがいて、瞳を輝かせている。

 俺が大人になるにつれて、失くしてしまったものや捨てざるをえなかったものを全部持っている。

 そんな西くんの姿が、俺の目にはとても眩しくて尊く見える。

 

 西くんは、そこそこ有名なMeTuberミーチューバーなんだよ。

 西くんの知名度が高まるにつれて、アンチも増加傾向にある。

 近頃ちかごろ、ℤ(旧・Whisperウィスパー)の治安ちあんが悪くなってきて、「お気持ち」を表明ひょうめいするやからが増えてきた。

 西くんはよくエゴサーチエゴサするから、目に入ってしまうそうだ。

 直接、ダイレクトメールを送り付ける輩もいるらしい。


 いくら「気にしなくていい」と言っても、西くんは傷付いてしまう。

 多くのファンに愛されているのに、一部のアンチのせいで心を病んでしまう。

 世をうらみ、自分に憎しみを抱いている。


 頑張って成果を出しているのに、どうして叩かれなければならない?

 好き嫌いは個人の自由だし、嫌いなら嫌いで良いよ。

 だけど、てめぇが気に喰わねぇからって叩くのは違ぇだろうがよ。 

 誹謗中傷ひぼうちゅうしょうで訴えられたら有罪確実なのに、そんなことも分からないバカなのか?

 ああ、そうだよな、バカだから分からないんだよな。


 そんな西くんを、なぐさめることしか出来なくて歯痒はがゆい。

 出来ることなら今すぐ西くんの元へ駆け付けて、抱き締めてあげたい。

 お互いに忙しいから、なかなか会えないことがたまらなく辛い。


 こじらせに拗らせまくった恋心は、ついに実を結んだ。

 クソデカ感情Big Loveアピールしまくった甲斐かいがあって、ついに西くんと付き合うことになった。

 恋人になれた瞬間、幸せすぎて号泣してしまったほどだ。

 付き合い始めたからといって、特に何かするつもりはない。

 彼氏になれたことで独占欲が満たされて、日々幸せを噛み締めている。


 🌞


 久々に、西くんと会う日がやってきた。

 羽田空港まで迎えに行くと、スーツケースを引きながら西くんが近付いてくる。

 ああっ、俺の西くんが今日も可愛い……っ!

 こんな可愛い子が俺の彼氏だなんて、幸せすぎる。


「西く~んっ!」

あずまにぃ~っ!」


 声を掛けて手を振ると、パッと嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 飼い主を見つけてしっぽを振りながら駆け寄ってくる、小型犬みたいな愛くるしさ。

 今すぐ抱き締めたくて、西くんに向かって大きく両腕を広げる。

 西くんも、人目もはばからずに、俺の胸に飛び込んできてくれた。


 俺の腕の中にすっぽり収まった西くんからは、香水の匂いがした。

 以前、俺と買い物をした時に買った香水だ。

 ちゃんと使ってくれているんだと思うと、嬉しくてたまらない。


「西くん、会いたかったっ!」

「ぼくも、会いたかったっ!」


 これだよ! これこれこれこれっ!

 これが、遠距離恋愛の醍醐味だいごみ

 腰を引き寄せて抱き締めると、西くんもギューッと抱き返してくれた。

「好きだなぁ」「幸せだなぁ」という喜びで、胸がいっぱいになる。


 周りの女性たちが俺たちを見てニチャっているが、構うもんか。

 おいっ、そこ! 写真を撮るなっ!


 気が済むまで西くんを堪能たんのうしたら、さりげなくスーツケースを持つ。

 やっぱり、ジムで鍛えた筋肉を好きな子に見せつけたいじゃないですか。

 何かしてあげると、西くんは分かりやすく笑顔になる。

 この笑顔の為なら、なんでもしてあげたくなる可愛さなんだよなぁ。


 東京観光という名のデートを終えて、ホテルにチェックイン。

 ホテルといっても、ラブが付かない普通のビジネスホテル。

 俺は東京に住んでいるから、自分の家に帰ればいいんだけど。

 せっかく恋人同士になったんだから、一緒に寝たい。


 セックスしようなんて、よこしまな気持ちは一切ない。

 純粋無垢な西くんを、俺なんかがけがしてはならない。

 一緒に寝られるだけで、幸せなんだ。


 でも、西くんってエロ可愛いんだよな。

 距離感がバグってて、危うい無防備むぼうびさにドキリとさせられる。

 ふとした拍子ににじみ出るエロスに、ムラムラする。

 綺麗な西くんに、劣情れつじょうを抱いてはいけない。


 下心したごころがバレないように、懸命に演技をする。

 シャワーを浴びながら、自分を慰めた。

 スッキリしたところで、風呂から上がって西くんに声を掛ける。


「西くん、お待たせ~。次、どうぞ~」

「じゃあ、ぼくも入ってくるねっ!」


 西くんが、何かを隠すようにバタバタし始める。

 勢い余って、ベットサイドテーブルからバラバラと何かが零れ落ちた。

 

「あっ!」


 とっさに、落ちたものを拾おうとかがむ。

 床の上に広がっていたのは、色とりどりの錠剤やカプセルだった。

 それを見た直後、血の気が引く。


「なにこれ、薬? それも、こんなにたくさん。西くん、まさか……?」

「い、いや、これは、その、あの……っ」


 やましい気持ちがあるのか、しどろもどろで顔をらされた。

 配信では明るく振る舞っているけれど、内心はボロボロ。

 日常的に多忙たぼうを極めていて、寝食しんしょくを忘れることも多い仕事中毒ワーカホリック


 それに西くんは、薬を信じすぎている。

 何度も薬に頼っているうちに依存症になり、さらに薬物中毒になったに違いない。  

 しばらくすると、諦めたように涙目で謝り始める。


「ごめん、東にぃ! こんなこと、なかなか言い出せなくて……っ!」

「俺の方こそ、ごめん。西くんが、そんなに追い詰められたなんて、ちっとも知らなくて」

「東にぃは、なんも悪くないっ! ぼくが勝手に思い詰めて、勝手に暴走しただけだからっ!」

「ずっと、ひとりで抱えていて辛かったよね。気付いてあげられなくて、本当に悪かった」


 幼い子供のように泣きじゃくる西くんが、可哀想可愛い。

 俺も釣られて泣きながら、小さな体を抱き寄せた。

 いつもは声でしか慰めてあげられないけど、今はこうして頭や背中を撫でてあげられる。

 この子を、世界一幸せにしてあげたい。

 このままずっと、俺の腕の中に閉じ込めておけたらいいのに。

 

「死にたいよ、東にぃ。ぼく、死にたいんだよ……」

「ううん。ダメだよ、西くん。絶対に死なせないから」

「ヤダ、もう死なせてよぉ……っ!」

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて……ね?」


「死ぬ死ぬ」と言って泣きわめく西くんを、出来るだけ優しく慰め続けた。

 こんな可愛い子を、死なせたくない。 

 もし早まったら、俺も後を追う。

 そのうち、西くんは泣き疲れて眠ってしまった。

 ホント、ガキだなぁ。


 西くんの泣きらした目が可哀想で、濡らしたタオルで顔を拭いた。

 ホテルのロビーにある製氷機から氷をもらってきて、腫れた目を冷やす。

 5分ったら、今度は電子レンジで温めた濡れタオルで温める。

 目の周りの血行が良くなったところで、優しくマッサージする。


 ついでに、俺の基礎化粧品でスキンケアもしておく。

 これで明日、目が腫れているってことはないはずだ。

 俺も涙でぐしゃぐしゃになった顔を洗い直して、スキンケアをした。


 床に散らばった大量の薬も、全部かき集めて袋に入れておく。

 写真を撮って、何の薬か調べてみた。

 そのほとんどが、睡眠導入剤と興奮剤だった。


 睡眠導入剤は分かるけど、なんで興奮剤?

 あ、そうか!

 興奮剤アッパー系で無理矢理覚醒かくせいし、睡眠導入剤ダウナー系で落ち着ける、合法ドラッグの乱用。

 アッパー系を大量にるとハイテンションになり、眠気が飛んで集中力が上がる。

 ダウナー系は逆で、気分や神経活動をしずめる。

 過量摂取オーバードーズにより、幻覚や多幸感たこうかんなどのトリップ状態を引き起こす。


 アッパー系とダウナー系の同時使用は、体に大きな負担がかかる。

 最悪の場合、心停止や呼吸不全で死亡する。

 西くんは、メンヘラ気質があるからな。

 だけど、まさかそこまで追い詰められていたなんて……。


 西くんがよく眠れるように耳栓をけてあげて、い寝する。

 俺のいびきは、そこそこうるさいらしい。

 西くんが教えてくれるまで、知らなかったんだよな。

 というか、自分のいびきがうるさいなんて気付けるわけがない。


「おやすみ、西くん」


 安らかに眠る西くんのおでこに軽くキスを落として、俺も目を閉じた。


 翌朝目覚めると、西くんの可愛い寝顔があった。

 あどけない寝顔が、さらに幼く見える。

 ずっと見ていても、見飽きることはない。


 可愛くて何度も頭を撫でていると、西くんが目を開けた。

 バッチリ目が合うと、西くんの顔が真っ赤になった。

 恥ずかしそうにもじもじしているのが、可愛すぎる。

 思わず小さく笑いながら、話し掛ける。


「あ、西くん、起きた? 大丈夫? 気分はどう? 良く寝れた?」

「う、うん……ありがと。それから、ごめん」

「いいよ。一応、濡れタオルで顔拭いて冷やしといたけど、大丈夫そ? 大丈夫なら、風呂入っておいで」

「うん、分かった」


 西くんは着替えを取り出すと、逃げるように風呂場へ飛び込んだ。

 万が一ってこともあるから、風呂場の前で聞き耳を立てた。

 やましい気持ちなんて、一切いっさいないぞ!

 ないったら、ないんだからなっ!




【西くんの想い】


 東にぃは、ぼくに対して過保護すぎる。

 ひと回りも年上の東にぃから見たら、ぼくなんてまだまだガキなのかもしれない。

「危なっかしくて目が離せないから、過保護にならざるを得ない」って、いつも言われる。

 過保護を通り越して、赤ちゃん扱いされてるよね。


 甘ったるい声で「可愛い可愛い」って、たくさん甘やかしてくれる。

 分かりやすく愛してくれるし、大事にされている自覚もある。

 何をしても怒らずに、笑って許してくれる。

 ぼくを傷付けようとするヤツには、本気でキレてくれる。


 東にぃの愛を、疑ったことはない。

 だけど、なんでこんなぼくなんかを愛してくれるのか。

 理解が出来ないし、信じられない。


 お互い忙しいからなかなか会えないけど、会ったら必ずハグしている。

 東にぃって距離感バグってるから、ボディタッチがスゲェ激しい。

 頭や腹を撫で回されるし、ケツも腰も触られる。


 なんなら、何度も同じベッドで寝ている。

 本当に一緒に寝るだけで、何もしてこない。

 付き合っているのに抱かないって、どういうことなの?

 なんで、抱いてくんないの?

 ぼくって、そんなに魅力ない?


 ぼくは服を脱いで、鏡に自分の体を映す。

 手足は細く、胸も腹も薄っぺらい。

 ヒョロヒョロガリガリで、ガキみたいな小さい体。

 こんな体じゃ、1mmもたねぇよ。


 東にぃがエロいと思う体付きって、細マッチョなんだよね。

 だけどぼくは、体質的に肉が付かない。

 食わず嫌いだし、小食すぎてたくさん食べられない。

 仕事が忙しすぎて、ジムに通う時間もない。


 精神的にも肉体的にも時間的にも、体を鍛えることに向いてなさすぎる。

 この顔でマッチョな体になっても、バランスが悪すぎてキモいだけだし。

 東にぃ好みのエロい体になるなんて、とても無理だ。


 男はチンチンが勃たなきゃ抱けない。

 ぼくはこんなにも、抱いて欲しくてたまらないのに。

 東にぃも、こんな体じゃ抱きたいと思わないんでしょ。


 やっぱり東にぃは、ぼくのことを恋人として愛してないんだ。

 今は若くて可愛いから可愛がってくれるけど、可愛くなくなったら捨てられちゃうんだ。

 そう思ったら無性むしょうに悲しくなって、大声を上げて泣いた。


 ぼくは東にぃに抱かれたすぎて、完全にトチ狂った。

 こうなったら、手段は選ばない。

 チンチンが勃たないなら、無理矢理勃たせれば良い。

 東にぃに、こっそり精力剤を飲ませればいいんだ。

 ついでに睡眠薬も盛って、寝込みを襲っちゃえ。


 ぼくはさっそく、オンライン診療で勃起不全薬ぼっきふぜんやくを処方してもらうことにした。

「仕事が死ぬほど忙しくて、勃たなくなった」と説明したら、お医者さんに同情された。


 勃起不全薬は、物によって効果も値段も大きく異なる。

 安さを求めるか。

 勃起力を求めるか。

 持続性を求めるか。

 即効性を求めるか。

 安全性を求めるか。

 東にぃの体を考えたら、何よりも安全性を第一に考えるべきだろう。 


 薬局で、あらゆる睡眠導入剤も購入した。  

 アダルトサイトで、大人のおもちゃやローションなども買った。

 エロ同人誌みたいに、そう簡単にチンチンはケツに入らない。

 寝込みを襲うなんて強行手段を取るんだから、絶対に失敗は出来ない。

 いざとなって「入りませんでした」じゃ、恥ずか死ねる。


 何度か見たから、東にぃのチンチンのサイズは知っている。

 あのサイズまで、ケツの穴を広げておかなければならない。

 時間をかけて、少しずつ広げていった。

 努力の甲斐があって、指3本まで入るようになった。

 これで、東にぃのチンチンが入る!

 ぼくは勝利を確信した。

 アホなぼくは、膨張率ぼうちょうりつまで計算に入れてなかった。


 🌇


 そしてついに、久し振りに東にぃと会う日がやってきた。

 羽田空港に降り立つと、東にぃが満面の笑みで手を振っている。

 うわっ、ぼくの彼氏、カッコよすぎ……っ!

 こんなイケメンがぼくの彼氏だなんて、世の中間違っている。


「西く~んっ!」

「東にぃ~っ!」


 駆け寄っていくと、東にぃがぼくに向かって大きく両腕を広げた。

 人目もはばからず胸に飛び込むと、腰を引き寄せて抱き締めてくれた。 

 鍛え上げられた筋肉と、セクシーな大人の匂いがぼくを包み込む。


「西くん、会いたかったっ!」

「ぼくも、会いたかったっ!」


 これだよ! これこれこれこれっ!

 これが、遠距離恋愛の醍醐味だいごみだよね。

 気持ち好くて、ぼくも東にぃの背中に手を回してギューッて抱き返す。

「好きだなぁ」「幸せだなぁ」って感動で、胸がいっぱいになる。


 抱き合って、久々の再会を噛み締めた。

 気が済むまで抱き合ったあと、東にぃがぼくのスーツケースを持ってくれた。

 こういうことを、スマートにやってくれる度に惚れ直すよね。


 東にぃのエスコートで、東京観光をすることになった。

 いつもぼくを楽しませる為に、デートコースをいろいろ調べておいてくれる。

 ぼくの好みに合わせて、「どこ行きたい?」なんて選ばせてもくれる。


 なんで東にぃが、ぼくみたいなちんちくりんにベタ惚れなのか、意味が分からない。

 ぼくはどちらかというと、嫌われやすいタイプなのに。

 今でも、恋愛詐欺師にだまされているんじゃないかと疑い続けている。


 ひと通り東京観光を終えて、予約しておいたホテルにチェックイン。

 ふたりでひとつのダブルベッド。

 東にぃは今夜も寝るだけで、手を出してこないだろう。


 東にぃは今、風呂に入っている。

 風呂から、東にぃのご機嫌な歌声が聞こえている。

 いよいよ、東にぃに夜這いをかける。

 夜這いなんてしたら、嫌われてしまうかもしれない。

 だけど、ここまで来たら止まれない。


 問題は、どうやって東にぃに勃起不全薬を飲ませるかだ。

 勃起不全薬の錠剤は、実際に手に入れてみると結構デカい。

 横約9mm×縦約7mm

 普通に飲もうと思っても、喉に詰まらせそうなサイズ。

 こんなデカいもん、どうやって飲ませりゃいいんだよ?


 精力剤や睡眠薬も、手当たり次第に荷物から取り出して並べてみる。

 細かく砕いて、飲み物に混ぜるしかないのか?

 砕こうと思ったけど、硬くて砕けそうにない。

 砕く用の道具も、必要だったか。


 どうしよう? 初手しょてで詰んだんだけど。

 こんなんじゃ、東にぃに夜這いをかけるなんて夢のまた夢。


 いや、待てよ?

 そういえば、東にぃは布団に入ったら秒で寝るんだった。

 睡眠薬なんて盛らなくても、寝込みを襲うことは出来るか。

 でも、肝心の勃起不全薬を飲ませられない。

 どうやって飲ませりゃいいんだ?


 うなって考え込んでいると、パンツ一丁の東にぃが風呂場から出てくる。 

 相変わらず、カッコ良い体をしている。

 あの体に抱かれたい。

 期待と興奮で、胸が高鳴る。


「西くん、お待たせ~。次、どうぞ~」

「じゃあ、ぼくも入ってくるねっ!」


 下心したごころを出さないように、懸命に演技をする。

 慌てて、ベッドサイドテーブルの上に広げていた薬を隠す。

 急いで隠そうとしたのが、いけなかった。


「あっ!」


 勢い余って、錠剤やカプセル剤がバラバラと床にこぼれ落ちた。

 拾おうにも、間に合わない。

 東にぃはけわしい顔付きで、床に散らばった錠剤を拾い上げる。

 終わった。


「なにこれ、薬? それも、こんなにたくさん。西くん、まさか……?」

「い、いや、これは、その、あの……っ」


 やましい気持ちがあるから、しどろもどろで顔をらしてしまう。

 めちゃくちゃ恥ずかしくて気まずくて、いたたまれない。

 こうなったら、素直に罪を認めてさっさと謝ろう。


「ごめん、東にぃ! こんなこと、なかなか言い出せなくて……っ!」

「俺の方こそ、ごめん。西くんが、そんなに追い詰められたなんて、ちっとも知らなくて」

「東にぃは、なんも悪くないっ! ぼくが勝手に思い詰めて、勝手に暴走しただけだからっ!」

「ずっと、ひとりで抱えていて辛かったよね。気付いてあげられなくて、本当に悪かった」


 みっともない自分が情けなくて、今すぐ死にたかった。

 泣きじゃくるぼくを、東にぃは優しく抱き締めてくれた。

 東にぃは、声を詰まらせながら泣いている。

 こんなに優しい人を、泣かせてしまった。


 やっぱりぼくなんか、東にぃの恋人にふさわしくない。

 東にぃは素敵な女性と結ばれて、幸せになるべきなんだ。

 ぼくじゃ、東にぃを幸せに出来ない。

 いっそこのまま、東にぃの腕の中で死ねたらいいのに。


「死にたいよ、東にぃ。ぼく、死にたいんだよ……」

「ううん。ダメだよ、西くん。絶対に、死なせない」

「ヤダ、もう死なせてよぉ……っ!」

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて……ね?」


 東にぃの腕の中で、「死ぬ死ぬ」と言って泣きわめいた。

 東にぃは、優しい声色で慰め続けてくれた。

 なんで、こんなダメダメなぼくにそんなに優しくしてくれるんだ。


 この日の為に、いろいろ準備してきたのに、何もかも全部台無しだ。

 抱く抱かれるとか、そういう雰囲気じゃない。

 泣き続けて、いつしか泣き疲れて眠ってしまった。

 

 目覚めると、東にぃに添い寝されていた。

 東にぃはすでに起きていたらしく、優しい顔でぼくの頭を撫でていた。

 昨日の醜態しゅうたいを思い出したら、気恥ずかしくて全身が熱くなった。


「あ、西くん、起きた? 大丈夫? 気分はどう? 良く寝れた?」

「う、うん……ありがと。それから、ごめん」

「いいよ。一応、濡れタオルで顔拭いて冷やしといたけど、大丈夫そ? 大丈夫なら、風呂入っておいで」

「うん、分かった」


 ぼくは逃げるように、風呂場へ飛び込んだ。

 ひと晩中泣いて、ぐっすり眠ったらスッキリしていた。

 泣き疲れて寝て起きたら治るとか、マジでガキじゃん。


 東にぃには、「精神的に追い詰められて薬物乱用した」と思われたらしい。

 無駄に大量の薬を購入したのが、あだとなった。


 その日から、東にぃがさらにをかけて過保護になった。

 ずっと付きっきりでお世話してくれて、空港まで送ってくれた。

 結局、何の進展もなく地元へ帰って来てしまった。

 何やってんだ、ぼく。

 あ~あ……、ぼくってホントバカ。

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