最強ババアと約束の魔術
えびマヨまかろん
約束の魔術【2代目最強ババア・レミと、呪い師・デボラの物語】
「また明日。遊ぼうね」
それは幼馴染とのなんでもない挨拶で。
その日もなんとなしに交わした約束だった。
翌日、その子は来なかった。
約束した木の下で、ひとりぼっちで暮れる日を見つめていた。
(嘘つき)
そんな幼子にありきたりの愚痴を、神様はどう受け止めたのか。
「橋から落ちたんだって」
村のそばの林の中、薪拾いに集まった子たちの誰かが、そう話すのを聞いた。
心配で、枝拾いもそこそこに、集めた木の実を両手に抱えてお見舞いに行ったのだ。
「――っ! 来ないで!」
怪我した足に添え木を当てた姿のその子は、なぜか怯えた顔でこちらを見ると、すぐさま私を追い返した。
(私……何かした?)
化け物でも見たように、彼女の恐怖を目の当たりにして。
仲良かったあの頃にはもう戻れないのだと直感した。
薪拾いで傷ついた手のひらが、ズキズキ痛みを訴える。
痛みを紛らわすように、私は早足で家に帰った。
――それが、始まりだったと思う。
『あの子に関わると呪われる』
村中で、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのは。
***
土色のテントをめくれば、空は夕暮れの朱に染まっていた。
家路を急ぐ人が大勢行き交う中に、美しい人を見た気がした。
夕焼けと同じくらい綺麗な赤い髪。
思わず見惚れ、自分の髪色と比べてしまう。
泥色の髪を隠すように、しっかりとフードをかぶり直したデボラは、表に出た看板をテントの中へ運び入れた。
継ぎだらけの仕事カバンを背負い、テントを後にしようと――
「
入口に、老婆が立っていた。
身にまとうのは黒のゴシックドレス。
夕陽が真っ白の長髪を染めている。
――この国最強の術師・"最強ババア"だ。
「へえ。すご腕だって聞いたが、随分狭苦しいところだねぇ」
遠慮なくズカズカ入って中を見回す老婆に、デボラは思わず口にした。
「あ、あの……お店はもうおしまいで――」
声に出してからしまったと慌てて口を抑えるデボラ。
ギロリと睨まれすくみあがる。
(私ったら、最強ババア相手に何言ってるの……!)
世間知らずのデボラだって知っているのだ。
国王すら顎でこき使う、実質この国1番の権力者。
怒らせたらどうなることやら。
「あの、えっと……呪いの依頼、でしょうか?」
無言でこちらを見つめる老婆の圧に耐えられず、デボラは恐る恐る質問した。
最強ババアが呪いたい相手。
一体どんな恐ろしい要求が飛んでくるのか……そうしたら、"代償"もきっと――
「子鹿みたいに震えてるじゃないか。別に取って食いやしないよ」
最強ババアはなおも、デボラの頭のてっぺんからつま先まで、ジロジロと眺めてくる。
デボラの体は傷だらけ。
それを隠すように、長袖長ズボンに、灰色のローブを被っているが……それでも、火傷のような跡が長い前髪で隠れた顔から覗いていた。
「思ったとおりだね」
包帯だらけの腕をそっとローブに引っ込めるデボラに、何を納得したのだろうか。
一人頷く最強ババアの次の言葉に、デボラは己の耳を疑った。
「あんたは今日から、あたしの弟子だよ」
***
「無理です」
深い山奥に半ば拉致されてきた呪い師は、小屋の前でそう言った。
「とりあえず入りな――」
「私と……一緒にいたら、駄目なんです!」
デボラが叫んだ瞬間、開いた扉のその先で、本棚が倒れてきた。
玄関にいた老婆が押しつぶされる――ことはなく。
重たい書架は、暖かな炎に包まれ静止している。
そのまま逆再生するように、書架は元の位置に戻った。
「へぇ。これが呪いかい」
興味深そうにデボラと書架を交互に見やる老婆は、固まる呪い師を見てニヤリと笑った。
「すごい魔力だ。けど、ダダ漏れだね。大丈夫、悪いようにはしやしないよ」
不敵な笑みに、デボラはつい頷いてしまったのだ。
***
呪いの発動が止まらない。
出かけた先で、魔女の小屋で。
植木鉢が落ちてくる。
洗い物中に包丁が滑る。
安全と言われる山中でクマに遭い、晴天から雷が直撃する。
「分かんないですよぉ……」
半泣きのデボラの隣で、最強ババアはクマをあやし、雷を炎で焼き尽くした。
「しっかりしな。ほら、また魔力が漏れてるよ」
呪い発動時に、魔力が漏れる。
そのきっかけが分かれば、呪いも制御できるはずなのだ。
「無理ですってぇ……」
「泣き言ばっかり言ってないで――今、『無理』と言ったね?」
急な土砂崩れに見舞われ、デボラを抱えて後ろに飛んだ最強ババアは、何かに気づいたようだ。
「無理、駄目、できない……そうか」
地面にのの字を書いてるデボラを引き起こす。
「今日はもう、『呪いは起きない』」
師の唐突な宣言に、デボラは目を丸くするが、
「そんなわけないじゃないですか――」
土砂崩れに続いて、巨大な岩が転がり落ちてきた。
突き出した手のひらから、火の玉を放って粉砕。
降り注ぐ細かな落石に対処しながら、最強術師はこう結論した。
「『期待したこと』が、『実現できない』。それが呪いの条件さね」
情けない顔でこちらを見てくる困った弟子に、最強ババアも思案げだ。
「それがまあ、お前の"主観"というのが……厄介だねぇ」
***
「無意識に呪ってしまうんです」
デボラは訴える。
「駄目なんです。勝手に期待して、勝手に失望して……。私には、呪い師がお似合いなんです」
呪いは止まらない。
いくら最強ババアといえど、いつかは怪我をさせてしまうかもしれない。
(やっぱり駄目。私は街の隅っこで、あの狭いテントの中で、呪い師をやるのがお似合いなんだ)
どんどん卑屈へ沈んでいく思考を、鋭い声が断ち切った。
「前向けよ」
それは、口調も声音もまるで別人だった。
「俯くんじゃねえ。そんなネガティブだから、術も悪い方向に向くんだ」
目の前に立つのは、赤髪が美しい壮年の女性。
すらりとした長身で、燃えるような活力を宿した瞳からは、老いを全く感じない。
「え、ええ!?」
突然現れた見知らぬ女性に、デボラは情けない声を上げた。
「これが、あたしの本当の姿。炎の魔術師・レミだ」
堂々と名乗る赤髪の女性――レミ。
「え、だって……最強ババアは100歳超えたおばあちゃんで……」
混乱で頭が追いつかないデボラは、次の瞬間、顔を強張らせる。
「それって、国家機密だったり……!?」
「そうだ。正体を明かすのは2人だけ。弟子と、最愛だけなんだ」
あまりにも重たい秘密に、デボラの思考は一気にパンクする。
(老婆は変身姿で、絶対秘密!? それが最強の秘訣で――!?)
「なんでそんな重要なこと……あっさり、明かすんですか!?」
「お前が弟子なんだから、問題ないだろ?」
さも当然、と答えるレミに。
「いや、だってまだ二週間ですよ。お試しの。本当に弟子に相応しいかなんて……それに、私が最強ババア継ぐなんて、無理ですよ!」
ネガティブが炸裂するデボラを、レミは自信に満ちた目で見返した。
「大丈夫だよ。目には自信があるんだ。お前は正真正銘、あたしの弟子だ」
「ディディ」と優しく愛称で呼びかけられ、デボラはもう何も言えなくなった。
***
「契約破りのペナルティばかりに目がいってるけど……破らなかったらどーなんだ?」
呪いの発動については概ね理解した。
『契約を結び、違反したと"術者が認識"した時点で、対象は呪われる。なおかつ術者にも反動がくる』
一見デメリットしかない法則だが。
「なにごとにも、バランスってもんがあるんだ。こんな不利益しかない術式はおかしいんだよ」
魔力が豊富なデボラに、レミは大きく期待を寄せていた。
無意識ですら強力な"呪い"を発現するのだ。
コントロールさえできれば、最強ババアを継ぐに相応しい術師になれるはず。
「契約を守る、守ると両者に幸運が訪れるってわけか。すごいじゃないか」
師と弟子は、小さな契約を積み重ねた。
『朝起きたら白湯を飲む』
『毎朝花に水やりをする』
『寝る前には歯磨きをする』
それは、とてもささやかな日常の奇跡。
毎朝の白湯は体に活力を与え、花は1日長く咲く。
寝る直前には流れ星をよく見かけた。
「じゃあさ、呪いじゃなくて……"約束"って呼ぶのはどうだ?」
***
時は流れ、
「ゴシックドレスの魔術を強化したいんだ。ディディ、出番だよ」
「わ、私にできるでしょうか」
「ほら、出た。悪い癖。イメージすんだよ、上手くいってるところ」
「最高に格好良い自分を想像するのがコツ」だと笑ってみせる師匠は、本当に格好よくて。
相変わらずネガティブ思考のデボラだけれど。
(格好良い師匠の明日をイメージするのは――得意かも)
そんなことを考えて、自然と笑みがこぼれるデボラは、
「はい! 師匠」
きっともう、一人前の弟子なのだ。
―――――――――――――――――――――
※あとがき※
お読みいただき、ありがとうございました。
この作品は、連載中の 『最強ババアのティータイム』 から生まれたスピンオフ短編です。
代替わりの秘密を抱え、千年ものあいだ小国を守り続けてきた“最強ババア”たち。
その裏には、師と弟子しか知らない小さな日常と、受け継がれてきた想いがあります。
本編では、最強ババアの 九代目・シティ を主人公に、
彼女の葛藤や成長、そして歴代最強ババアたちの真実が描かれています。
もしこの短編を楽しんでいただけたなら、
ぜひ本編 『最強ババアのティータイム』 にも遊びに来ていただけると嬉しいです。
あなたの読書時間が、少しでも楽しいものになりますように。
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