君への好きまで、あと一歩
@stprrinu
君への好きまで、あと一歩
髪型よし、メイクよし。くるっと回ると、フワッとスカートが跳ねた。
深呼吸して、鏡の自分を見る。
「今日で終わらせる」
午前十時。
『それでは、天川祭のスタートです!』
快活なファンファーレとともに、文化祭が幕を開けた。
今日は天川高校文化祭。通称、天川祭の二日目だ。土曜日の今日は一般の人も来校するため、校内は朝から人で賑わっている。
そんな中、私はとある決心を決めかねていた。
「きーらり。そんなに難しい顔をしてどうしたの?」
声をかけてきたのは親友のゆるだ。
私たちのクラスはコスプレ喫茶なのだが、ゆるはこの二日間で服の系統を変えてきた。一日目はアニメのキャラ。そして二日目は服装から見るに元気な愛され系アイドルらしい。フリフリのスカートがよく似合っている。
「少し躊躇っちゃって」
「告白のこと? 今日するって言ってなかったっけ」
「そうなんだけど、いざやろうと思ったら……」
そう。私は今日、好きな人に告白するのだ。そのために今まで頑張ってきたのだ。
相手は
中学校の入学式で新入生代表挨拶をしていた時だった。その凛々しい顔立ちに心を奪われた。
偶然にも同じクラスだった。ラッキーだと思った私は、気づけばいつも目で追っていた。挨拶をしていた時はとてもしっかりしていて真面目そうな人だと思った。けれど、教室で見る流星は年相応で友達とふざけ合っては先生に怒られることもあった。しかし、やるべきことはしっかりとやるタイプで、いつもクラスの中心にいた。
私なんかが釣り合うわけない。そう思っていた時にゆるが色々と叩き込んでくれた。メイクやファッションを教えてくれた。そして、そっと背中を押してくれた。
ゆるの支えもあって、私は流星の友達になった。今では遊びに行くほどの仲にまでなった。
でもこのままじゃ嫌だ。私はこの想いを伝えたい。そして、文化祭の日に告白すると決めたのだ。
「今日まであんなに頑張ったんでしょ? きらりは今もすごく可愛いんだから自信持ちなよ」
ゆるは私が落ち込むといつも励ましてくれる。だから私は前向きになれる。でも今回ばかりはそうもいかなかった。
「もしかして、噂のこと気にしてるの?」
図星をつかれて、私はうつ伏せた顔をあげた。ゆるはやっぱりとでも言うようにため息をついた。
「たしかにあの噂だったら躊躇しちゃうのもわかるよ」
幼い頃から一緒のゆるには私の恋愛事情は筒抜け。察しがいいから私の悩みもすぐにわかってしまう。
「あの噂にファミレスのことが重なれば、噂が真実味を増すからね」
噂……。先月くらいから流星に関する噂が出回った。
『流星と三年の美人の先輩が付き合っている』
普段は噂は噂として聞き流すのだけど、片想い相手の噂となってはまた別の話だ。
モヤっとした気分を吹き飛ばすため、ゆるとファミレスに行った。
しかし、そこには噂の二人がいた。二人で仲良さげに話していた。耳打ちしたり、肩を叩いたり、極め付けには恋人繋ぎまでしたのだ。
とてもお似合いで、そこだけ切り離された世界のように感じた。誰も立ち入ることができない。まるで映画のワンシーンのようだった。
胸がギュッと痛くなった。あの噂は本当なのだ。流星はあの美人の先輩と付き合っている。お似合いで、私なんかが立ち入る隙がない。
告白するという目標は完全に消え去った。
「でも、噂なんだから本人に聞かないとわからないんじゃない?」
「聞けないよ。それにもし本当だったらどうするの」
「大丈夫だよ。きらりなら絶対大丈夫。まだ休憩まで時間あるんだから、今のうちに聞いてきな!」
トンッと背中を押された。
「きらり! 入り口のお客さんお願い!」
「あ、わかった。お待たせしーーえ」
急いで入り口に向かうとそこには噂の本人、流星がいた。
「きらり。二名、お願いしてもいいかな」
突然の来訪に私の心は舞い上がる。そして、舞い上がってすぐに沈んだ。流星の後ろから顔を出した人物は噂の先輩だったからだ。
「へぇ。ここってコスプレ喫茶なのね。みんな可愛いじゃない」
すらっとした長身に目鼻立ちの整った顔。美女より美人の方が似合うほど落ち着いて見える。高校三年生とは思えない。
間近で見るのは初めてだけど、こんなに綺麗な人なんだ。
私なんかより、全然流星の隣が似合う……。
「きらり、大丈夫?」
ぼーっとしていると、流星が心配そうに顔を覗き込んできた。私は咄嗟に避けてしまった。
「なんでもないよ。案内するね」
二人をテーブルへ案内して軽く説明を終えてからゆるのもとへ戻った。
「まさか二人で来るとは。ごめんね、きらり。そこまで考えていなかった」
ゆるは手を合わせてもう一度ごめんと言ってきた。
「平気だよ。大丈夫」
口ではそう言っても内心は穏やかじゃない。きっとゆるにはバレている。私の考えなんてゆるにはお見通しなんだから。
「ねぇ、あの二人って付き合ってるのかな」
「絶対付き合ってるよ。だってお似合いだもん」
「あそこだけドラマみたいだよね。羨ましいなあ」
ひそひそと二人のことについて話し合う声が聞こえてくる。やっぱりあの二人はお似合いなんだ。羨ましがられるくらいに。
そう考えるとどんどん心が沈んでいく。朝はあったはずの勇気もかき消されていく。
注文の品が出来上がり、持って行こうとしたら運悪く二人の席だった。
しんどいなと思いつつ、しっかりと接客をするために無理やり気分を変えた。
「お待たせしました。こちら、コーラとオレンジジュース、バニラとストロベリーのアイスになります。それでは、ごゆっくりーー」
「きらり」
早く離れようと思ったのに、流星に呼び止められてしまった。
そして立ち上がって耳元で囁いた。
「シフト終わったら連絡して。二人で一緒に回ろう」
流星はニコッと笑って、また彼女さんと話し始めた。
な、なにそれ! 一緒に回ろうって。そんなことしていいの? 彼女さんに失礼じゃない。それよりも今、耳元で囁いた。
恥ずかしくなって耳まで赤くなった気がした。
私はそそくさとその場を離れた。
「きらり、なに今の!? なにを喋ったの?」
どうやらゆるは私のことを見ていたらしく、私が戻るなり瞳をキラキラさせながら詰め寄ってきた。
「えっと、一緒に回ろうって」
「えぇ〜〜! 大チャンスじゃん、きらり! この機会に告白しちゃいなよ」
「彼女さんに失礼だよ! 彼女さんがいるのに他の女子と回るなんて」
そんな反感を買うような真似はしたくない。
「きらりは流星が彼女がいるのに他の女と遊ぶような奴に見えるの?」
「そ、そんなことない! たしかに男子といる時はやんちゃだけど、ダメなことはダメってはっきり断る人だよ」
言ってからハッとした。ゆるにこんなに真剣に反論したのは久しぶりかも。
なら、とゆるは私の肩に手を置いた。
「受けてもいいんじゃない? それだけ流星を信じているなら。告白は無理でも、今日一日くらいは二人だけで遊んできなよ」
ゆるはニコッと人懐っこい笑みを浮かべた。
「今日までずーっと頑張ってきたんだから。今日くらいは自分の欲に従いな。噂とかファミレスのことは忘れて、純粋に楽しんできて」
あぁ、ゆるは私の天使だ。私が困っていれば迷いなく手を差し伸べてくれる。力になってくれる。そんなゆるだから、私も弱音を漏らすことができる。
「ゆる。ありがとう。ーー私、行ってくる!」
そう言うとゆるは安心したような笑みを見せた。
私のシフトは流星たちがお店を出て三十分後に終わるのでそれまで待ってもらった。
「お待たせ、流星」
控え室を出るとすぐ流星を見つけた。あの美人の先輩がそばにいないので一人で待っていたのだろう。喧嘩になってないか不安になる。
「どこ行きたい?」
「お腹すいたから飲食店に行きたいな」
私の要望のまま、飲食店へ向かった。お昼の時間帯はどこも混んでおり、長時間並んで入れたのはホラーメイド喫茶だった。
「このシフォンケーキ美味しいよ」
「こっちも美味しい」
そこでは男子がメイド服を着ていて面白かった。
お腹を満たした後は、文化祭の定番、お化け屋敷へ向かった。
「ここからは足元が大変暗いため、離れないよう手を繋ぐことを推奨しております」
え、手を繋ぐって。そんなこと恥ずかしくてできないよ。
「きらり、はい」
オロオロとしている私に流星は迷わず手を差し伸べてきた。
え、繋いでいいの? 彼女いるよね。彼女さんに失礼だよ。
そう考えているうちに流星は私の手を取って歩き出してしまった。
「流星、私は手を繋がなくても大丈夫だよ」
裾とか、別の場所を掴むほうが、心臓にいいはず。
流星は振り返って言った。
「きらり、怖がりでしょ? 幽霊に驚いて急に走り出したら危ないから。こっちの方が二人とも安心」
「こ、怖がりじゃないよ!」
「さぁ、どうかな?」
ニヤリと笑った流星はまた前を向いて歩き出した。
流星の理由は納得がいく。それなら手を繋いだ方がいいかもしれない。でも、手を繋いだら、私の心臓が持たないよー!
「あれ? なんか寒くない?」
「なら俺のジャージ着てなよ。はい」
気づけば肩にかけられていた。
すごくスマートだな。……流星の匂いがする。なんだか安心するな。
「あ、きらり。そこ」
流星は固まった表情のまま、私の後ろを指差した。
え、まさか。何かいるの?
ビクビクしながらそーっと後ろを振り返る。すると、私たちがさっき通った角に全身黒に身を包んだ男が立っていた。そして、手には何かを持っている。
「ひっ……」
そして、目が合った瞬間ーーこっちに向かって走ってきた。
「きゃぁぁぁ!!」
私は怖さが限界突破してしまい、無我夢中で走った。
「きらり、待ってーー!」
何も聞こえず、何も見えず、ただただ真っ直ぐに進んだ。
「はぁ、はぁ」
「おかえりなさいませ。お楽しみいただけましたか?」
「ここは?」
気がつけば、目の前に女子生徒が立っていた。生徒の後ろにはドアが見える。どうやらゴールまで来たらしい。
そういえば流星は? 私、何も考えずにここまで来ちゃったけど。
「流星、いる?」
「ここにいるよ」
そう言って手を握りしめた。私が走った後でもしっかりと離さなかったらしい。そばにいたことに少しだけ安心した。
「お疲れ様でした。また、いつの日かお会いいたしましょう」
そして私たちは教室の外へ出た。
「はぁ。怖かった」
あの脅かし役の人が出てからは違う意味で心臓が持たなかった。
「あはは。きらり、やっぱり怖がってたね。まさか本当に走り出すとは思わなかった」
「あれは反則だよー」
そこで気がついた。まだ手を握っていたことに。
「あ、ごめん!」
サッと手を離して、恥ずかしくてそっぽを向いた。
「こっちこそごめん。よし、気分を変えて他のところも回ろう」
おいで、と手招きする流星。その顔はどこか寂しそうに見えた。
そのあとも私たちはいろんなところを見て回った。
アイス、ピザ、かき氷、様々な食べ物が売られていて、どれも美味しくて分け合いながら食べた。
縁日、迷路、ジェットコースターなど食品以外も充実していて、感想を二人で言い合っていた。
そして、そろそろ文化祭が終わる時間になった。
いつの間にか楽しんでいたな。ゆる、私楽しめていたよ。でもね、やっぱり何をしていても頭の隅には噂がある。
「きらり。今日はありがとう。めっちゃ楽しかった」
『あの二人って付き合ってるのかな?』
『絶対付き合ってるよ。だってお似合いだもん』
私だって気になる。私が一番気になるよ。本当に彼女なの? 彼女がいるならどうして私を誘ってくれたの? どうして一緒に回ろうと言ってくれたの?
一度気になり出したら次から次へと湧いてくる。頭の収集がつかなくなってどれを聞けばいいのかがわからないの。
「きらり、どうした?」
流星は心配そうに覗き込んできた。その顔はかっこよくて優しくて。とてもこの想いを閉じ込めたままにすることは出来なかった。
「……の?」
「え?」
「……どうして私を誘ったの?」
言っちゃった。
「彼女さんがいるのに私を誘ったら彼女さんに悪いよ。彼女さんを不安にさせちゃうよ」
涙が出てきそう。次から次へと言葉が出てくる。
おかしいな。さっきまでは喉に突っかかって出なかったのに。一度言い出したら止まらなくなる。
「きらり、待って。彼女さんって誰のこと?」
流星はキョトンとした。
「誰って、あの美人の先輩でしょ? 今日だって二人で私たちのクラスに来ていたじゃん」
流星は何かを思い出したように手を叩くとすぐに焦った顔になった。
「ごめん! やっぱり誤解されちゃってたか。あのさ、あの人は俺の彼女じゃなくて姉ちゃんだよ」
え、お姉さん?
「美人だし、俺とは似ても似つかないからよく彼女と間違われるんだけど、あの人は俺の姉ちゃん。文化祭に彼氏が来ないからって無理やり付き合わされたんだよ」
流星のお姉さん。だから、あんなに親しかったんだ。
「でも、ファミレスですごく仲良さげに話してたよ。流星、耳まで赤くなっていたもん」
「ファミレス? あー、あれ見られてたんだ。やば、めっちゃ恥ずかしい」
流星はあの時と同じくらい耳を真っ赤にさせた。
「まぁ、なんていうか恋愛相談してたんだ」
恋愛、相談? 流星、もしかして好きな人いるのかな。誰なんだろう。でも、あの美人の先輩がお姉さんってことは流星に彼女はいないんだよね。なら、頑張ってみてもいいのかな。今からでも遅くないよね。
流星は耳を真っ赤にしながらそろそろ行こう、と言って歩き出した。
きっと、今このチャンスを逃したらずっと言えない気がする。
『今日までずーっと頑張ってきたんだから。今日くらいは自分の欲に従いな』
ゆるの笑顔が頭をよぎる。
そうだよ。この瞬間のために今日まで頑張ってきたんだもん。言わなくちゃ。勇気を出して!
「あの、流星!」
「なに?」
心臓がバクバクして飛び出しそうだった。きっと耳まで赤くなっているだろう。少しでも怯んだら言葉が出てこなくなりそう。
「じ、実はずっと流星のことが好きです。よければ私と付き合ってください!」
言っちゃった、言っちゃった! 流星、何も言わないけど困らせちゃったかな。沈黙があたりを包んで自分の心臓の音しか聞こえない。人生で一番勇気を出した気がする。
しばらくの沈黙のあと、流星は静かに口を開いた。
「それ、本当? 本当に俺のことが好きなの?」
静かに目を開けると、流星は先ほどよりも顔を赤くしていた。微かに頬が上がっている気がする。
「やば、嬉しすぎる。……俺でよければよろしくお願いします」
「いいの? やった、やった! ありがとう、流星!」
私は嬉しさのあまり流星に抱きついた。流星も優しく抱きしめてくれた。
よかった。ゆるの言うとおりにしてよかった。この想いを諦めないでよかった。想いが届いてよかった。
自然と涙が溢れた。
遠くからは後夜祭の音がする。茜色の夕陽が二人を優しく照らしていた。
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