第35話 世界の異変─夜の海が息をする─(現実世界)

夜になっても、揺れは止まらなかった。


ドン……ッ

  ドン……ッ


昼間よりも遅く、深く、重たい。


地震でも風でもない。

ただ、大地の奥で巨大な何かが息をしているみたいな揺れ。


(……気のせいじゃない……)


瑞葉は布団の上で膝を抱え、

沈黙の中に混ざる“脈動”に耳をすませていた。


スマホがぶるっと震える。


【緊急速報:沿岸部にて“異常潮位変動”が確認されました】


潮位?

地震じゃないのに?


ニュースをつけると、

アナウンサーの声がいつもより明らかに固い。


『現在、関東・東北・北海道の太平洋沿岸で

海面が規則的に“上下”する現象が発生しています』


画面が切り替わり、夜の海が映る。


黒い海面が——

呼吸するようにゆっくりと持ち上がり、

また沈んだ。


まるで巨大な胸が

ゆっくりと息を吸って、吐いているみたいに。


『地震計には反応がなく、

風速も平常値ですが……』


『海面が“脈動”しています。原因は不明です』


街灯がカタカタ揺れ、

カメラの映像が微かに波打つ。


SNSには動画が次々投稿され始めた。


<海が息してる……?>

<何これ……気持ち悪い>

<地球が苦しんでるって言ってた人、当たってない?>

<今日の揺れ、規則的すぎない?>


そのとき。


映像の奥の空が——ふわりと歪んだ。


霞がかかったわけではない。

ピントが合ってないわけでもない。


空の一部が“水面の裏側”みたいに、

ぐにゃりと波紋を描いた。


『ただいま映像に乱れが……失礼しました!』


(……今の……)


瑞葉の胸が強く疼いた。


水の底。

影の少女。

あの揺らぎ。


全部が重なって見えた。


ニュースはさらに続く。


『専門家の間では、この現象は

“未知の地殻パルス”と呼ばれ始めています』


『しかし人工的な振動でも、

自然活動でも説明がつきません』


『海面だけではなく、

上空の雲にも周期的な歪みが観測されています』


画面には、

夜空にゆっくりと波打つ雲。


その波打ち方が——

昼間よりも大きく、はっきりしていた。


(……まるで世界が泣いてるみたい……)


瑞葉はスマホを握りしめた。


ドン……ッ

 ドン……ッ!!


揺れが一段と強くなる。


映像が乱れる。

建物がわずかに軋む。

遠くで犬が吠え、家々の窓が震える。


『全国各地で同様の報告が……』

『海岸沿いでは、海面の脈動がより激しく……』

『空の波紋が肉眼で確認できる地域も……』


そして、最後の速報が流れた。


【気象庁:この揺れは“地質現象の範囲を超えている”可能性】


瑞葉の胸がズキンと痛む。


(……違う……これは……)


影の少女の——

泣き声と、呼吸のリズムだ。


誰にも聞こえないはずのその“震え”が、

世界中に染み出してしまっている。


世界は、確かに変わり始めていた。

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Resonance-共鳴- 月影ゆう @kuroneko_yu-5

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