ヤマ

 頁に縫い止められた者へ。


 初めに結論を述べる。



 貴方は既に、呪われている。



 反駁の余地は存在しない。

 此の文面に触れ得ているという一点が、何よりも雄弁な証左である。


 とはいえ、救済の余白は残されている。


 以下に掲げる行動を、正確に理解し、逸脱なく遂行する事。

 何れも容易な動作に過ぎず、負担は無い。


 但し、機会は一度のみである。


 此の頁は上方から下方への読解のみを許容し、遡行を許さない。

 仮に解呪に至ったとしても、読み返した瞬間、呪縛は復帰し、以後は永久に解けない。



 貴方の行動のみが帰趨を決する。

 全ては、貴方の選択次第である。



 では、始めよう。


 項目は、以下の九つである。











一 胸郭全域に意図的伸展を加え、緩徐に呼気を放散する。


 呼吸其のものを自覚しつつ、胸腔を拡げ、溜留した澱を排す事。

 実施すれば、軽度の静謐が訪れるはずだ。











二 頓首を呈する。


 僅かな沈下で構わない。

 意志の表示であり、儀軌の履行其のものが目的である。











三 上肢を肩峰基準で上方可動域へ遷移させる。


 左右何れの上肢でも問題無い。

 外界では周囲環境への配慮を忘れぬ事。











四 眼瞼を極短周期で反復開閉させる。


 視下の翳を掃うが如く数度行えばよい。

 此れに依って悪意は払拭される。











五 脊柱を正中位へ恢復させる。


 彎曲は微細でも障害となるため、意識的に中心軸へ復位させる事。

 速やかに身体的変化を自覚するだろう。











六 内奥に沈潜する懸念を意識域へ浮上させる。


 吐露は不要である。

 ただ、曖昧な影を表層へ押し出す事。

 尚、本項のみ、他と性質を異にするが、理由を問う必要は無い。











七 頚部を左旋方向へ徐ろに移行させる。


 滑らかに円弧を描くように進める事。











八 第二項を再度遂行する。


 言わずもがな、同一の趣旨に従う事。

 尚、前述の通り、読み返す事は許容されない。











 そして、最後である。











九 文章から目を離さない。


 外界へ注意を散逸させてはならない。


 難読語があったかもしれない。

 意味の定まらない表現に眉を顰めたかもしれない。

 控えを取ったり、辞書を開いて調査を企図した者もいるだろう。


 視線を一瞬でも外す行動は、誰しも無自覚に行う。


 だが、此の頁を開いた後、一度でも視線を逸らした瞬間。

 其の時点で結末は確定する。

 解呪の経路は断たれ、以降は救済の余地が無い。



 要件は単一である。


 貴方が最後まで視線を離さず、此の頁に縫い止められ続けたという事実。


 其れが欠落した時、全ては終わる。











 以上だ。


 全てを遵守し、読了したのなら、呪いは既に失効している。


 解呪の成否については、是非知らせてほしい。


 尤も、出来なかったという報せを受けたところで、私には如何なる介入も不可能だが。





 繰り返す。





 全ては、貴方の選択である。

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ヤマ @ymhr0926

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