第32話 あなたのそばで

あれから数ヶ月後、コンテストの発表があった。


私の応募した作品は、何の賞も得られず、かすりもしなかった。


橘さんに絶賛され、嫉妬され、苦しんだ結果こうなったのは複雑な気持ちだった。


でも、これからまた頑張ろうって思えた。


橘さんの力だけじゃなく、私自身がもっと成長しないといけない。


三浦さんの作品は審査員特別賞を受賞した。


まだ若い才能はどんどん芽吹く。


私もまだ始まったばかり。


それよりびっくりしたのは……


橘さんも別のコンテストに作品を応募していた事。


受賞はしなかったけど、候補作に選ばれてメディアに取り上げられて知った。


「橘さんなんで黙ってたんですか!?」


私はニュースを知った日、会社の昼休憩中に電話をした。


「言って何も成果がなかったら恥ずかしかったから」


恥ずかしいって!


「もう既に他で賞は取ってるじゃないですか!」


「美鈴が頑張ってるの見て、俺もこっそりやってたんだよ」


知らなかった……


「どんな作品だったんですか……?」


「言いたくない」


「じゃあ帰ったら見せて下さい!!」


私は何の成果もなかったのに、こっそり応募して候補作に選ばれるなんて……


私だって嫉妬している。


キャリアもレベルも経験も圧倒的に私が下なのに。


私はその日、足早に帰った。


◇ ◇ ◇


橘さんの部屋で待ち伏せをしていた。


橘さんが帰った瞬間、急いで玄関に行った。


「見せてください!」


私の勢いに負けたのか、書斎に行って原稿を見せてくれた。


そのストーリーは……


バーで出会った男と女の愛憎劇だった。


「え?橘さん…プラトニックは……」


「挑戦だよ」


私と違うのは、そういう描写がほぼなく、丁寧な心理描写で書かれていた。


そして、二人の愛が報われる結末だった。


ハラハラドキドキして、読み終わった後、心がジーンとした。


「ああ、やっぱりこれは翠川雅人の作品です……美しいです」


「美鈴みたいな引き摺り込まれるようなものは書けなかったけどな」


「世間はこういう作品を求めてるって事ですよ!橘さんが正しいんですよ」


私の作品は世間が求めてるものというより、橘さんが求めてるものを書いてるに近い。


最初はそれでいいか悩んだし、理想の作品を書けなくなって橘さんに怒ったけど、橘さんに認められるのが一番嬉しかった。


自分だけの力で作ったものも認められたら、私は自分の作品に自信が持てるようになる。


「橘さん…ところでこの作品って、私達の間で起こった事を元に書いてますよね……?」


「うん。キャラクターの設定はだいぶ違うけどな」


男は平凡なサラリーマン。


女は職業も年齢も不明。


平凡なサラリーマンがバーで女と出会って一夜を共にする。同じマンションに女が引っ越してきて、どんどん女の趣味に染まって、身も心も侵食されていって──

離れようとしたけど、女の弱さを知った男が、全てを受け入れて二人で生きていく、そんな話だった。


「私達の出会いが創作になって、それが誰かの心に響いたなら、私は橘さんと出会えてよかったって思えます」


橘さんはゆっくりと私の方に近づいてきた。


「俺も美鈴に出会えてよかった。俺が頑張れたのは美鈴のおかげだ。」


橘さんに抱き締められた。


「私も橘さんのおかげで書けてます。」


橘さんの温もりが私の全てを満たしていく。


「俺を追い越してみろよ。俺に憎まれるくらい凄いストーリーたくさん書けよ。」


「はい……頑張ります。」


やっとお互い一緒に歩む準備ができた気がした。


あなたが私を憎んだとしても、私の側にいて欲しい。


私も辛くなっても離れない。



「次の設定を渡す」


「え?」


「真面目な銀行員の男がいる。男は仕事帰りにある女を助ける。その女は悪魔だった。女は男に契約を持ちかける」


「何だと思う?」


「わ、わかりません……」


「それを考えるんだ。期待している。」


肝心な部分が!!


でもそれを書く、書き続ける。


貴方のそばで──



──fin

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憧れの小説作家は取引先のマネージャーだった 七転び八起き @7korobi_8oki

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