第3話 12/28 浜野優輝


 翌日、僕は奏汰くんに連れられて、2駅向こうにある駅前のファミレスに来ていた。電車賃も、食事代も、全部奏汰くんが出すと言ってくれた。


 家を出た時から僕は、ずっと戦慄しっぱなしだ。

 こんな奏汰くんを僕は知らない。

 一体、どういうことなんだろう。

 昨日から変だ。目を合わせて話してくれたり、部屋に入れてくれたり、セーターを貸してくれたり、その上で一緒に出掛けようだなんて。


 秘密を共有する、なんて言っていたけれど、訳が分からないままにこんなところまで来てしまった。

 ファミレスなんて、人生初めての体験だ。


「好きなもん食えよ」


 メニューを見てくらくらしている僕に、奏汰くんは言った。


「え、でも、僕お金持ってない……」

「親父から軍資金送ってもらったから、気にしなくていい」

「軍資金……?」


 僕の疑問には答えてくれずに、奏汰くんはパネルを操作して、ハンバーグセットを頼んだ。僕も、よく分からずに同じものにしてもらった。

 奏汰くんは少し僕を見つめた後、パネルに何か打ち込んでいる。

 僕はパソコンですら学校の授業以外で触ったことがないから、何をしているのかあまり理解できなかった。不思議そうな顔をしていると思ったのか、


「お前、俺と同じ量なんて食いきれるわけねえじゃん。だからライスとハンバーグの量を調節しただけ」

「そ、そんなこともできるんだ」

「もし食いきれなかったら俺が食うから」


 さらりと言ってるけど、周囲の席を見てみると、テーブル上の料理はどれもボリュームが多めに見える。大丈夫だろうか。

 そして生まれて初めて、ドリンクバーを教えてもらった。


 シュワシュワのメロンソーダ。こんなものを飲むのも、一体いつぶりだろうか。たっぷりと注いでくれたそれを、大事に席まで運ぶ。後ろで奏汰くんが笑っているのが見えて、思わずはしゃいでしまった自分が恥ずかしい。


 両親が離婚する以前でさえ、夫婦ともに忙しくて、揃って外食なんて行ったことがなかった。料理はいつも姉が担当してくれていたし、たまに様子を見に来てくれる母方の祖父母がいた頃は、回転寿司や和食屋へ連れて行ってくれた。でも、彼らは洋食が得意でなかったから、ファミレスには入ったことがなかったのだ。

 そんな祖父母も、両親の離婚以来もう何年も音信不通になってしまった。


 店の明るい雰囲気と、他のお客さんが楽しそうに過ごしているのを見て、僕だけが別世界にいるように感じてしまう。

 何だかもったいなくて、メロンソーダに手を付けることもなく、グラスの中で炭酸が弾けていくのをじっと見ていた。


「ん」


 ごとん、と唐突にテーブルに出されたものを見て、僕は目を丸くしてしまった。


「え……」


 スマホだった。

 奏汰くんのとは別の、まだ新しく見えるスマホ。


「何? これ」

「お前の。ないと何かと不便だろうと思って」

「いやいや、いやいやいやいや」


 どういうこと?

 スマホって、未成年は買えないんじゃなかったっけ?

 ていうかそもそもスマホっていくらくらいするの?

 契約がいるって話じゃなかった?

 これ、何、どういうこと?


 声には出さずとも疑問だらけなのが顔に出ているらしく、奏汰くんはため息を一つついてから、


「まず、これは俺が高校生になった時に、親父がこっそり送ってきたやつ。だから名義は俺の親父。金も親父が払ってくれてる。浜野サンや母さんは存在すら知らない、秘密の回線ってやつ」


 秘密の回線。


「で、昨夜あれから、親父に連絡取った。俺には母さん名義で契約してるのがあるし、こっちをお前に持たせてもかまわないかって」

「え」

「事情も理由も全部話した。親父はお前に同情してたよ」


 奏汰くんのお父さん。僕は会ったことのない人だけれど。


「使い方とか、今から教えてやるから」

「……ひょっとして、このためにここまで?」

「まあな」


 何でもないことのように言って、奏汰くんはそのスマホを持ち上げ、スイスイと画面を動かしている。自分のスマホと2つ同時に持って、何かしているみたいだった。


 スマホなんて、もし和美さんたちにバレたら、確実に取り上げられてしまうだろうから。だから、こんな家から離れたところまで僕を連れ出してくれたんだ。

 僕はじーんとなってしまって、ただ奏汰くんの手元を見ていた。


 いつか欲しいと思っていた。周りの人がみんな使っているのに、僕だけ使わせてもらえなかった。4歳の美優でさえ使い方を知っているのに、僕だけ持たせてもらえなかった。

 羨ましかった。でも、この家にいる以上、僕には縁のないものだと諦めている自分もいた。


 奏汰くんはそれを分かってくれていたんだろうか。

 奏汰くんって、こんなに優しい人だったんだ。


 ふと、ポケットの中に入れっぱなしになっている、アカガネさんにもらった神社のお守りを思い出した。

 明るいところでちゃんと見てみると、赤い布地に金色の糸で、『縁』と書かれていた。縁結びのお守りみたいだ。


 ひょっとして、これのおかげだったりするんだろうか。

 縁結びって、恋人がほしい人が持つものだと思っていたんだけど、それだけじゃないのかな。神社のこともお守りのことも、僕はなんにも知らないんだな。


 そうしているうちに料理が運ばれてきて、僕たちはしばし黙々とハンバーグを堪能した。

 ハンバーグなんて、本当にいつぶりだろう。肉汁がじゅわっと滲み出すのを口内で感じながら、僕は夢中になった。


 美味しい。美味しすぎる。

 ご飯って、こんなに美味しかったっけ。

 この4年間、僕は一体何を食べてたんだっけ。


「お前って、そんなに美味そうに食う奴だったんだな」


 笑いながら言われて、何だか顔が熱くなる。言われてみれば、奏汰くんと食事の場を共にしたのは、一緒に暮らし始めた最初の頃だけだ。

 美優が生まれて、僕はその『家族の輪』から追い出されて、食事も最後に残り物をもらうだけだった。肉も魚も、端っこだったり焦げていたりするのを、ほんのちょっと食べさせてもらえるだけだった。


 それがこんな、フワフワで肉厚で、肉汁があふれ出ているような熱々のハンバーグを食べられているんだから。顔がフニャフニャでも許してほしい。


「食いながらでいいから、聞け」


 もぐもぐしながら奏汰くんを見る。すでにあらかた食べ終えているようで、真剣な顔をしていた。


「親父が言うには、俺もお前もまだ未成年だ。だからすぐに家を出てどうこう、っていうのは、現実的にはかなり厳しい」

「……うん、そうだよね」

「特にお前は、親権者が浜野サンだ。だからどんなにネグレクトされていても、親権者ではない俺の親父が口を出したり助けてやるってことも、なかなかに難しいらしい」

「……」

「お前、母親や姉とは連絡取れないのか?」

「母さんは……分からない。こっちに来てから、母さんから連絡してきたことって一度もないし。でも、姉ちゃんは分かるよ」


 月一の手紙のやり取りの中で、あちらの近況なども報告してくれていた。


「姉ちゃん、今は京都の大学に通ってて、一人暮らししてるんだって。離婚したときに引っ越した先は横浜って言ってたから、たぶん母さんはまだ横浜に住んでるんだと思う、けど……」

「けど?」

「……母さん、一昨年再婚してるんだ。相手は少し年下で、取引先の人だって聞いた」


 母さんも新しい家庭を築き、新しいスタートを切っている。そもそも一緒に住んでいた時も、あまり一緒にいた記憶がない。だから僕が助けを求めたところで、僕の親権を取り戻そうと動いてくれるかどうか、自信がもてない。

 それにもし僕を引き取ってくれたとしても、再婚しているのであれば、そこに僕の居場所があるかどうかは分からない。


「あー……なるほどな」


 奏汰くんにもそれが伝わったのか、難しい顔をして頭を抱えてしまった。レモンスカッシュを乱暴に飲み干すと、おかわりを注ぎに席を立っていく。




「はーい、ちょっと失礼しますよっと」


 ニヤニヤしながら、高校生くらいの男子が3人、僕たちのテーブルに座ってきた。

 突然のことでびっくりしたのと、知らない人に近距離に近づかれたので、僕は固まってしまう。

 3人とも背が高くて、体が大きい。明らかに何かスポーツをしている人たちだ。ちんちくりんの僕では、とても太刀打ちできない。


「ゴメンね、驚かしちゃって」


 真向かいに座った短髪でひときわ体の大きな人が、僕に気さくに謝ってきた。


「俺ら、浜野の部活仲間なの」

「普段表情筋死んでるカナタンが、こんなとこで女子と仲良く飯食ってるとか、そりゃ気になるでしょ」


 浅黒くてタレ目の人が、白い歯を見せながら言った。


「あいつ浮いた噂とか一個もないもんな。あんだけスカしてて付き合い悪いのに、女子にモテるのがムカつく」

「ひょっとしてデートだったりした? ごめんね邪魔しちまって」


 女子じゃないです、デートでもないです、義弟です。

 そう言いたいのに、体が固まってしまって何も言えないままうつむく。


「先輩、先輩の顔が怖いから怯えちゃってますよ」


 僕の隣に滑り込んできたチャラそうな人が言った。


「君、中学生くらい? ひょっとして妹ちゃん? 妹できたって聞いたし」

「違います」


 蚊の鳴くような声で答えると、聞いていたのかいなかったのか、


「あれ、そのセーター、うちの学校指定のやつじゃね? うちの生徒なの?」

「あ、いえ、これはその……奏汰くんがくれたから……」

「ふわーお」


 3人は、はやし立てるようにニヤニヤ笑った。


「……何やってんスか、あんたら」


 冷ややかな声で、困惑したような顔の奏汰くんが立っていた。


「デカいのが席ふさがないでくださいよ。邪魔です」

「相変わらず生意気だなお前は」


 先輩と呼ばれていた、大きい短髪さんが苦笑した。先輩さんの隣に座っていた浅黒タレ目さんが、ニヤニヤしながら片手を上げる。


「よ、カナタン」

竜星りゅうせい


 少しめんどくさそうな顔をして、奏汰くんはテーブルに持っていたグラスを置いた。


「何やってんだよこんなところで」

「今日から三が日明けるまでは部活もないし、行けるやつみんなで初詣行きてえなって話をしてたんスよ」


 僕の隣にいたチャラい人が立ち上がり、席を奏汰くんに譲った。知らない人から離れられて、少しホッとする。

 この人、話し方からして後輩なのかな。……てことは、僕と同い年?


「で、とりあえず飯でもって食ってたら、お前がカノジョ連れで入ってくるから様子見てたわけ」

「バカか、こいつ男だぞ」

「えっ?」


 3人が一斉に僕を見た。


「えと……弟、の優輝、です。高1です」


 肩をすくめておずおずと名乗る。彼らはぽかんとしていたけど、


「マジかよ、弟? てか同い年⁉ 中学生とか言っちまったじゃん、ごめん」


 チャラい人が慌てたように言う。僕は苦笑いするしかなかった。すると竜星と呼ばれていた浅黒タレ目さん、


「妹ができたって言ってたのは何だったん」

「妹はまだ4歳だわ」

「あー……」


 うなって、勝手に奏汰くんの入れてきたレモンスカッシュのおかわりを飲み干し、


「何だよ、俺さっき部活のグループに写真付きで回しちまったわ」

「付き合い悪いのは彼女いたからか! ってみんな騒いでたな」

「早く撤回してくださいよ、後がダルいんで」


 先輩さんも竜星さんもチャラい人も、奏汰くんの部活のチームメイトらしい。奏汰くんはバレー部に入っているから、部活の人たちとも仲がいいんだろうな。

 チャラい後輩さんが、空になったグラスを持ってドリンクバーに向かう。すごい、気の利く後輩だ。


「それよりカナタン、お前、例の妃波ひなみちゃんとはどうなったんだよ。告白されたんだろ?」


 竜星さんに言われて、奏汰くんは「ん?」というように首を傾げた。


「……誰だそれ?」

「いや、立花妃波たちばなひなみちゃんだろ、うちの学校一の美少女とか言われてる。去年同じクラスだったじゃん、俺ら」

「…………?」

「いやいやいやいやいやいや」


 今度は先輩さんも一緒になって突っ込んだ。


「告られたんじゃねえの⁉ あの妃波ちゃんだぞ⁉ 何でお前そんな淡白なの⁉」

「クラスメイトの顔と名前覚えないタイプか浜野……」

「あー……ひょっとして部活行く前になんか言われたあれか?」


 全然聞いてなかったけど、と、奏汰くんはぼやく。

 奏汰くん、モテるって聞いてたのにすごい塩対応だな。告白した人、かわいそうに。まるで相手にされてないっぽい……。


 すると席まで戻ってきた後輩さんが、奏汰くんにレモンスカッシュを手渡しながら言った。


「気を付けた方がいいっスよ、立花妃波って言ったら、男子にもめちゃくちゃモテる人っスけど、俺らの学校の理事長の孫娘っスからね。権力持ってる人だから、あんまり塩対応してると逆ギレされて……ってこともあるかも」

「俺は周りの取り巻き女子たちが心配だ」


 先輩さんが腕組みをしてうなった。


「ああいう女子って群れで攻撃してくるから、付き合うにしても振るにしても、きっちり筋通した方がいいぞ。聞いてませんでした、は論外だからな」

「筋通すって……もう面倒なんですけど」


 げんなりしたように、奏汰くんは肩を落とした。そんなに人気のある女子に好きって言ってもらえているなら、少しくらい付き合ってみてもいい気もするけど。奏汰くんのタイプじゃなかったんだろうか。


 それから少しして、3人は別のチームメイトと待ち合わせをしているらしく、軽く挨拶をしてファミレスから出ていった。騒がしいのはあまり得意じゃないけど、奏汰くんの知らない一面を知ったようで、少しだけ楽しかった。


 2人になった後、奏汰くんはため息がちに僕にスマホを渡してくる。


「余計な邪魔が入ったな」


 よほどげんなりしたんだろう、顔色が悪い。

 それでも、奏汰くんは僕にスマホの使い方をゆっくり教えてくれた。電源の入れ方、切り方、カメラの使い方、メッセージのやりとり、電話のかけ方や便利なアプリに至るまで。


 初めて触るスマホだったけど、これを僕が使っていいんだと思うとわくわくした。何だか、ようやくみんなの仲間入りができたような気がした。

 たくさんの機能を説明されて混乱していると、


「考えたんだがな」


 奏汰くんが、グラスを見つめながら言った。


「現実的に考えて、今はまだ、どこかへ逃げるのは得策じゃないと思う。……だからあと2年、頑張れるか」


 思わず顔を上げた。奏汰くんの真剣な目が僕を見ていた。


「2年?」

「お前が卒業して成人して、家を出られるようになるまでの時間だよ」

「あっ……」

「あの人たちはとにかく世間体を気にしてる。お前を高校へ行かせたのも、いびるのを家の中だけに徹底してるのも、行動原理はそれだ。他人の目を気にしまくってる。だから、とにかく家にいる時間を短くして、接するのを最低限にしていけば、何とか乗り切れるんじゃないかって思うんだ」

「…………」


 つまり和美さんたちは、自分たちは間違ったことはしていませんよ、という態度を貫きたいわけだ。

 波風を立てて騒ぎ立てれば、無理やりにでも家を出ることはできるだろう。でもまたあの離婚の時のように、こちらのメンタルまでボロボロになりかねない。きっと彼らは、なりふり構わず自分たちの保身を選び、こちらを攻撃してくるだろうから。

 だったら、物理的な接触を減らす方向で、こちらから調整するしかないというわけだ。


「何なら学校に相談してもいいと思う。委員会とか、先生に頼まれたとか、何かしらの理由を作ってもらって、家にいる時間を減らしてもらえばいい」

「でも、それだと家事が……」

「それは母さんがすればいいんだ。美優だってもう保育園にいて、パートもしてないんだからな。今までがお前に押し付けすぎだったんだ。そのへんは俺から母さんに言ってやる」


 確かに、これまで料理以外の家事はほぼ全部僕の仕事だった。言われたことを終えられなくて、睡眠不足で授業中フラフラだったこともあった。中学の時、定期試験の勉強をしないといけないのに、家事を次々に言い渡されて、徹夜で試験勉強をしたことも。


「掃除や洗濯だったら、俺だってできるんだ。全部お前がっていうのは間違ってるだろ」

「奏汰くん……」


 ちゃんと見ててくれたんだ。考えていてくれたんだ。

 唇を噛んでいないと、またうっかり涙が出てしまいそうだった。


「俺は卒業したら、親父のところへ行こうと思ってる」

「えっ」

「高校卒業したらもう成人だし、成人したら親権だのなんだのなんてもう関係なくなる。大学行くにしても働くにしても、とにかくあの家を出るつもりだ」

「そ、っか……」


 つまり、奏汰くんが一緒に戦ってくれるのは、あと1年だということだ。残りの1年は、僕一人であの人たちに立ち向かわないといけなくなる。

 そう思うと、何だか不安だ。現状、僕は和美さんの目を見返すことも、言い返すこともできやしないから。

 うつむいて腕をさする僕に、奏汰くんは思いもよらないことを言い出した。


「卒業したら、お前も来いよ」

「え」

「昨夜はそういう話もしてたんだ。進学したいなら、学校に相談すれば返さなくていい奨学金を受けられる大学もあるって言うし、働くんなら親父がよさそうなところ紹介できるように探してくれるってよ」

「え、でも」

「本当は母親の方に頼れれば一番いいんだろうけど、そういうわけにもいかなそうだからな。もし2年の間に状況が変わらなかったら、俺の親父が頼ってくれってさ」


 そうか、だから最初に、僕の母さんを頼れないかの確認したのか。

 そっちを頼れるようであれば、血縁のある方を頼る方がいい。でもそうじゃないのであれば。


「親父がさ、俺とお前を巻き込んだのは大人の責任だからって。だから遠慮なく協力できるところはさせてほしいって言ってたぜ」


 僕は絶句してしまっていた。

 今まで、僕の周りの大人たちは、みんな自分のことしか考えていない人ばかりだった。父さんも、母さんも、もちろん和美さんも。でも、奏汰くんのお父さんみたいに、ちゃんと子供のことを考えてくれる大人もいるんだ。


でも、それはそれとして、気になるのは。


「あ、あの……」

「ああ、住むところも心配しなくていい。俺は1年先にそこへ行ってるってだけだ。お前は後から追いかけてくればいい」

「えっと、それもだけど、その……聞いてもいい、かな」

「うん?」

「……何で突然、こんな風に良くしてくれるの? 今までずっと無視されてたのに……」

「……言ったろ、親父に全部話したって」


 少し気まずそうに、彼は口ごもる。


「俺の状況話して、お前のことを相談したら。俺よりお前の方がしんどいだろうなって、親父、電話の向こうで泣いてて。そうだよな、やっぱそうなんだよなって、こんなのやっぱりおかしいんだよなって、何か、思っちまって」


ぼそぼそと下を向きながら言って。


「……すまなかった」


いきなり、頭を下げたんだ。


「お前のこと、見て見ぬふりしてきた。俺だって辛いんだって、言い訳して逃げてた。今までのことを許されるなんて思ってない。だから、今から、お前の力にならせてくれ」


 言葉にならなかった。

 奏汰くんが、こんな風に思っていてくれたなんて。


「今まで、よく頑張ったよお前。これからは、もう諦めなくていいからな。俺も一緒に考えるし、もう逃げないから」

 

 我慢していたけど、ダメだった。

 溢れた涙が、止まらなくなってしまった。


「……うん」


絞り出すようにうなずくことしかできなかった。


「ありがとう、奏汰くん」


どうやら僕にも、アカガネさんが言っていた、もらえる助けっていうのがあったみたいだ。


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鏡の向こうの地球で、僕は運命をやり直す 獅倉フユキ @x1x1mnfyk

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