あの日、自由と出会った

蒼のシレンティウム

第1話

「あなたはもっと自由にしていい」

 そんな言葉がディスプレイから聞こえた。

 自由ってなんだろう?


 僕は和久井わくいゆう。31歳になった。

 ゲームの案内で聞いた、「自由」という言葉が耳から離れない。夜の帳が降りてきた電車の窓を眺めながら、頭の中で「自由」とは……と考えていた。久しぶりに仕事が早く終わったのに、つまらないことを考えていた。

 大学生の頃は時間はあるのに金はない。社会に出てからしばらくは仕事に追われていたが気づいたら金はあるが時間はない。人生はこうもうまくいかないものなのか。

 いつもの駅。いつものコンビニで弁当を買い、お化け電気になっている街灯の間を縫って、家に帰りつく。もう十年近くも続いている代わり映えがない日々。

 僕は買った弁当を半分ほど食べた時、何かの声が聞こえた。

「……じゆう……がほし……か……?」

 なんだろう。どこから聞こえているのか分からないが、僕しかいないはずの部屋から誰かの声が聞こえる。

「……じゆ……がほ……ですか……?」

「だれかいるのか?」

 呼び掛けに応える声はなく、僅かに空気が揺れた。この日から、度々不思議な声が部屋から聞こえるようになった。これはそんな話だ。


 ◆◆◆


 仕事で外回りの途中、コンビニで買ったサンドイッチを僕しかいない公園でゆっくりと食べていた。先程の取引先とのやり取りを思い返し、「先週と話が違いすぎる……困ったな」と心の中でため息を吐いた。

 大口の製品購入をしてもらえそうな雰囲気を出していたのに、今日の訪問で話が変わりすぎていて、どう部長に報告したものかと頭を悩ましていた。サンドイッチを食べ終えて、スマホをポケットにしまい、午後に向けて立ち上がった。僕は気が付かなかったが、スマホのディスプレイには「あなたはもっと自由にしていい」と表示されていた。


 ◆◆◆


 眼前に拡がるのは白と青で埋め尽くされた視界だった。僕は空を泳ぐなにかのようだ。流れる景色はあっという間に後ろへ飛んでいく。空を往く極彩色の鳥が隣で気持ちよさそうに羽ばたいている。

 行く先に見えてきたのは、白い建造物とその台座で燃える蒼い炎だ。視界に迫る蒼に包まれて僕は目を覚ました。

「……夢?」

 背中を伝う汗と冷えた体と冴えてきた頭で考える。窓からは朝日が差し込んできていた。ああ、またいつも通りの日常へ向かう。

 

 声が聞こえ始めてから、たびたび夢を見るようになった。目覚め方は色々あって一番多いのは蒼い炎に包まれ、熱に浮かされたように体が強制的に起こされる。最近は境目が少しわからなくなってきているような気がする。今日も公園でお昼を食べていた。ふと視線を感じて頭を上げると、青い髪の少女がこちらを見ていた。

「自由がほしいですか?」

 今までにないほど、はっきりと声が聞こえた。僕は驚き、瞬きを繰り返していたら気がついたら少女の姿はそこにはなかった。


  ◆◆◆


「お前、あの契約失敗したんだって」

 お昼時に同僚が話しかけてきた。今朝の部長からの叱責がオフィスに響いてから当然ではあるのだけど。

「……仕方ないさ」

 相手にしたくなくて、一言だけ残して外へ向かう。「今期も最下位かもな!」と声が聞こえる。

 結局、あの取引は失敗に終わった。変わってしまった話を覆せないまま、挽回できずに契約打ち切りになってしまい、そのことを部長にも責められていた。僕が原因ではない叱責は理不尽にもほどがあると感じるが、社会とはかくも厳しいものだから。

 足を踏み出したら、街の風景から空に突然変わった。僕の意識は闇に落ちていた。


  ◆◆◆


 眼の前には青い髪の少女が立っていた。

「あなたはもっと自由にしていい」

 いつか聞いたあの声の主だと、理解ができた。

「君はいったい?」

「私の名前はゆう

「僕と同じだね」

 ただ、瞬きもしない少女の姿に違和感を覚える。どこにも行けない僕に鳥になった風景を彼女が見せてくれたんだろうか。あの蒼い炎は一体なんなのだろう。疑問は止まらないが

「君が隣にいてくれたんだね」と彼女を見つめながら言葉が出てきていた。あの極彩色の姿が、蒼い炎がどちらも彼女の一部なのだと。

「由は……「私は空で地で、光で炎です。あなたの中にある全てです」僕の言葉を遮って続く

「あなたは自由になれる」

 ふっと彼女が笑ったような気がした。僕の体は強烈な風を受けた。痛い。そう感じた時には宙に浮いた体と衝撃で僕の視界はまた蒼い炎と、暗闇に包まれた。


  ◆◆◆


 次に目を覚ましたら、知らない天井が見えた。どうやら病院に運ばれたらしいと、後に説明を受けた。

 あの日暗転した時、僕は倒れたらしい。

 その後、由が僕の目の前に現れることはなかった。けれど胸の内には彼女がいるような気がした。

 幸い、倒れた割には大事には至らずに退院する事が出来た。

「あなたはもっと自由にしていい」

 彼女の言葉を思い返し、僕は電話を手に取った。

 もっと自由に。仕事を辞めて何かを始めよう。

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あの日、自由と出会った 蒼のシレンティウム @aono_silentium

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