水龍(モートモンスター)

全長6mを超える大蛇アナコンダ


頭上から音もなく忍び寄り、獲物を締め付けて窒息させる。毒牙は持たないものの油断のできない相手だ。


頭を潰して山刀マチェットでぶつ切りにしたそいつを、波一つない透き通った水面へと投げ入れた。


ボチャンという音を立てた後、ゆっくりと波紋が広がっていく。その静寂を破ったのは巨大な何かが泳ぎ近づいてくる音だった。


アナコンダの倍はありそうな長さの銀色の龍が水の中を飛ぶように滑り、その巨体には不相応な小さな口で肉に噛みついた。


弄ぶように何度も口をぶつけ、少しずつ肉をこそぎ取って食いちぎる。その口はまるで大きな鯉のようで愛嬌がある。肉片が皮だけになったのを見計らって、次の蛇肉を手のひらに乗せて水の中に差し入れた。


龍はじゃれるように頭で手の甲を小突く。手から離れて水中に沈んでいく肉は、底に落ちる前に何度も食いちぎられて跡形もなくなった。器用なものだ。


次の肉をねだるように、龍が水面から顔をもたげ口をパクパクさせる。口の周りには決して大きくはないけれど鋭い牙がビッシリと輪を描いているのを見て、ああ、コイツはやはり龍なのだなと思う。


地下迷宮の奥底に広がる地底湖に浮かぶ孤島。そこに陣を構えた俺達は、迷宮の財宝を漁ったり、時には冒険者を襲ったりと海賊まがいの生業をしている。


もともと地底湖に住んでいたティアマト(俺が勝手につけた名だ。)は、ただの獣ではなかった。餌をやったやつのことは決して忘れない。そして見知らぬやつが孤島へ渡ろうとすればその船を沈めてくれる。賢いやつだ。


水龍と呼ばれているが、本当はそんなに上等な怪物ではなく、どちらかと言えば餌にくれてやった大蛇の方に近いらしい。口は小さく火も吐けず空も飛べない。だが、俺はこの友に敬意を込めてティアマトと呼ぶ。


大蛇を食べ切ったティアマトは、再び近づいてきて、俺のすぐそばの水面に頭を出した。頭頂から背中には立派な赤いヒレが並んでおり、顔には小さくつぶらな瞳が2つ、ちょこんと乗っている。


俺はヒレに触れないよう注意しながら、銀色の頭を撫でる。水をはじく鱗はぬるりとしていてほんのりあたたかい。ティアマトは満足したように目をつぶると岸辺に頭を伸ばし、身体の大部分を水中に漂わせたまま、座り込んでいる俺の隣に横たわり目を閉じた。彼女の寝顔を眺めながら、満たされた気分でこちらも少し眠り込む。


どれくらい経っただろうか。足を優しく小突かれて目を覚ました。遠くで物音と話し声が聞こえる。やれやれ、また孤島への侵入者か。


「行くぞ」と声をかけると、ティアマトは小さな波紋とともに音もなく水底へと消えた。


今日はコイツの好物をたらふく食わせることができそうだ。穏やかな2人の時間を思い浮かべながら俺は闇に身を隠し、侵入者への距離を詰め始めた。

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