渡る舟人かぢを絶え
青瀬凛
第1話
さて、俺たちは「カップルで乗ると別れる」という噂の、とある公園のボートに乗っていた。今時こんなベタなことをする奴らもいないだろう。ボートでデート。古臭いにも程がある。
だが、俺たちは乗っていた。自分たちの仲がジンクスに打ち勝てるかどうかの試金石とするかのように。
相手も噂のことは知っていただろう。知っていて乗船しているということは、もうこの関係を終わりにしても構わないと、そう考えている可能性があるということだろうか。
ギィ……ギィ……。
船体と繋がれている櫂が鳴る。
休日だというのに、俺たちの他に池にいる者はいなかった。周囲は誠に静かである。水鳥の一羽でもいそうなものだが、それすら見当たらなかった。
舟を漕いでいるのは俺だ。段々と腕が疲れてきた。白鳥か家鴨の足漕ぎボートだったら、却って面白かったかもしれない。
「……」
彼女は終始無言である。何を思っているのだろう。それすら予想出来ないということは、畢竟、俺たちの仲はそんなものだということなのかもしれない。
……そろそろ潮時か。
「なあ……。もう戻るか」
彼女に問い掛ける。俺は賛同されるだろうと思っていたのだが。
「……まだ」
俺から顔を逸らして遠くを見つめたまま、彼女は呟いた。
「……そうか」
俺は漕ぎ続けた。もっと遠くへ。もっと先へ。ゆっくりゆっくりと。舟は進む。
少しずつ、出発した所とは反対側の岸辺が近づいてきた。其処で降りることは出来ないから、ゆったりとした動きで舟をターンさせる。そして、そのまま漕ぐのを止めた。
舟を流れに任せる。そうすれば、そのうち止まってしまうだろう。
空を仰ぐと、渡り鳥が群れを成して蒼天を飛んでいくのが目に入った。あんな風に何処へでも行ければ良いのに。俺たちは雁字搦めだ。理由も、分からぬまま。
舟はまだ止まらない。このまま何処へ行くのだろう。小さな池では行き先など、たかが知れているが、何だか何処までも行ってしまいそうな、そんな気がした。
そう言えば、昔、中学で習った百人一首に舟に関する歌があったか。
――行方も知らぬ、何とやら。
渡る舟人かぢを絶え 青瀬凛 @Rin_Aose
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