第5話 光の先へ

遠くでアナウンスが流れる。

 ――本日は、東京ドームシティにご来場くださいましてありがとうございます……

 館内放送が流れ、人気女性アーティストの楽曲が流れてくる。浮き足だって歩く様々な格好の人々に戸惑ってしまう。

「ワクワクするね!」

 彼女がそう言って、駆け足で大きなアーティストの看板に向かい、目を輝かせてスマートフォンで写真を撮っている。

 俺は、その後ろ姿を思わず撮った。その姿を、永遠に残しておきたかった。

「あー⁉︎何撮ってるのー?もう!一緒に撮ろーよー!」

 と、俺の肩に頭をくっつけ、右手を伸ばしてスマートフォンのシャッターを押した。

 嬉しそうに撮った写真を見返して

「ほら、めっちゃイケメン!!」

 最高の笑顔で画面を見せてくれた。

 俺って、こんな顔もできるんだ。と、少しくすぐったくなった。

 もうすぐ日が暮れる。これから、さらに人は集まってくるだろう。

 柚葉の手を握り

「ライブ前は何か食べないと、持たないぞ」

 と、キッチンカーへ連れて行く。

 それを聞いて、柚葉は

「身に染みております!」

 と、可愛くおちゃらけた。


 ――――2年前…俺はこの場所で、ただその日を何となく生きていた。

 それが当たり前だと疑いもせず、自分から見える範囲の景色しか信じていなかった。と言うか、知らなかった。


あの日、きっと俺は“自分の人生の主人公”になる準備すらしていなかった。


 あの時、雨が降って来なければ、あのままの自分を続けていただろう。

 空を見上げると、ゆったり動く観覧車が目に入ってきた。俺は苦笑して柚葉を探した。

「んー!」

 紫色の猫のキャラクター。あの時と同じキーホルダーを2つ持っていた。

「新しいのだよ!ほら、今日の日付も入ってるの。今日のお礼です!」

 1つを俺の手のひらの上に置いて、もう1つを得意げに揺らしながら

「おっ揃い!」

 と、眩しい顔で笑う。


その瞬間、雑音が消えた。

俺には、嬉しそうに『紫の猫』を見つめる柚葉しか見えなかった。


思わず抱き寄せると、耳元で小さく戸惑いながら

「ど、どうしたの? そんなに嬉しかった?」

と囁く。


その声すら愛おしくて、気づけば彼女の唇に触れていた。


力の抜けた身体を感じながら、そっと唇を離す。


「……すごく嬉しいんだ。ありがとう」


おでこを合わせると

「もう、人が見てるよ〜」

照れた声で俺の胸をトントン叩いてきた。


 開演の時間が迫ってきて、俺たち2人は大勢の群衆に紛れて、ドームの中へ吸い込まれていった。


 音が胸に響く。光が揺れる。声が弾ける。

 そんな当たり前の瞬間が、今は宝石みたいに思えた。

 過去の影が消えるわけじゃない。でも、それごと抱きしめて前へ進む。


 柚葉が笑う。僕も笑う。

 夜空に浮かぶ月を見ても、もう悲しい色じゃなかった。

 

  手はしっかりと繋いで離さない

 あの日のまばゆい笑顔の続きが、いま目の前で再び始まろうとしていた。

 

 

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紫の真の月 森の妖精 @takeda0120

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