ヒヨリボウの証言

武江成緒

ヒヨリボウの証言




 五時のチャイムの鳴る学校の玄関口。

 胸にモヤモヤためこんだ息を吐こうとした丁度そのとき。

 特別校舎のほうからスタスタ、よりが歩いてくるのが見えた。


 特別校舎と夕日に背をむけて影になった陽和の顔が見えたとき、かけようとした声も、胸の奥で止まった。

 涙のあと。気のせいか、前髪アップした額は赤く腫れてるように見えて。


 あやまるどころか声もかけられず、ただ後ろ姿を見送ったおれは、夕日と、特別校舎をにらんで。

 その裏側へ足をむけた。




 特別校舎は、窓のすくない壁をベージュ一色に塗られた、築六十年くらいの校舎だ。

 理科や家庭科に使われてたらしいけど、そういう科目も、もう十年も昔に新築された本校舎に移って、でかい物置みたいになってる。


『 四十年くらい前までは、新校舎って呼ばれてたのにね』


 どこから聞いたか、そんな話を教えてくれたのも陽和だった。

 せまい敷地にむりやり建てたのが悪かったか「七不思議」ならぬ「特別校舎の七不具合」なんて話が言い伝えられるようになったことも。


『かわいそうだよね。悪口なんて、わざわざ言い伝えなくていいのに』


 そう言ったとき陽和の言葉は、ずいぶん重く聞こえた。




 そこに「ヒヨリボウの校舎」ってあだ名ついたのは、五年くらい前かららしい。

 あだ名の理由は、こうやって西側の壁へと回れば、よく見えた。


 これまた不具合のある屋根から、長年かけて垂れた雨水の染みが、窓の少ない西の壁いっぱいに描きあげた、でっかい人影みたいなカタチ。


『ふつうなら、幽霊とか呼ばれそうだけど。

 ここ、日が当たりやすいし、壁の色が暖色だし、あと幽霊にしちゃ大き過ぎるからなんだろね』


 まつ毛のながい目を伏せて、なんだか不満そうに陽和は言ってた。

 幽霊じゃなくヒヨリボウという呼び名なのが、いかにも嫌って言いたげに。




 ヒヨリボウ。

 江戸時代の本に出てくる妖怪らしい。

 妖怪のくせに、天気のいい日、山の崖とかに浮かびあがる大入道だって。

 てるてる坊主の元になったって話もあるとか。

 おれは知らなかったけど、たまに妖怪図鑑にのってるヤツらしくて。

 そんなとぼけた化け物が、いや、それを知ったヤツらが、陽和に傷をのこしたんだ。


 無口で人見知りひどくて、そのくせガンコで、何か間違うと、どうしようもなくこじらせるヤツ。

 小学生のころも、あんな、いかにもいじめられそうなチビだったんだろうな、って思う。

 より、って名と、アップにしてる前髪の下の、白くひろいデコ

 小学生のアホなガキなら、さんざんイジりやがったことは想像つくし。

 クラスの、陽和とおなしょうだったヤツらからも聞いた。

 その時代から、まるで意地でも張るみたいに、ヘアスタイル変えてないことも。




 そんなことも知らなげに、特別校舎のヒヨリボウは、ただ夕日あびてつっ立ってるだけ。


「バカ野郎が」


 吐いた言葉は、陽和にむけてか、おれにむけてか、このヒヨリボウにか、それとも他のやつらにか。


 でっかい仏像にも見えなくもないコレは、いつのまにか、おまじないやら願かけのターゲットになっていて。

 この「ヒヨリボウ」の部分に願いごとを書くとか、壁に頭をつけてお願いするとか、そんな話が流れてて。

 とうとう今年の文化祭のマスコットに、このヒヨリボウを使うとか、バカな話に教師までノリやがって。

「ヒヨリボウ」に、メンタル傷つけられた陽和は、それからずっと暗い顔で。

 あのバカ、理屈こねて文化祭委員会に反対しようとか、ムチャしやがって。


 んなもん悪目立ちするだけだから、文化祭が終わるまでくらい我慢しろって。

 バカは、あいつの気持ちもロクにわからずに言ったおれの方だったか。

 SNSで送った謝りの言葉にも、既読もつく気配がない。


「バカ野郎」


 このでかいヒヨリボウに、校舎の壁に頭すりつけて泣いてる陽和の姿が、目のまえに見えた気がして。

 つま先のとこに転がってたちっこい石を、はんぶん無意識に手に取った。






「終わっちゃったね。文化祭」


 つぶやいた陽和が見ている先にあるのは、沈みかけた夕日のなかでつっ立ってるヒヨリボウだった。

 オレンジ色の光もうすれて、ヒヨリボウはだんだん壁にとけていってる。


 そのヒヨリボウにスタスタと、陽和は歩いて寄っていく。




「小学校のころのクラスのやつらから、何人か、連絡きたの」

「ふうん」


「むかし、ヒヨリボウ、って言ってイジったの、ごめんって」

「良かったじゃん」


「私にナイショで、小学校のころのやつらの連絡先、聞いて連絡して回ったの、ちょっと引いたけど」

「何の話かわかんねえんだけど」


「隠してもムダ。君の文字ってクセあるからね」


 でも、ありがと。

 そう言って、陽和は壁を、大事なもんでもさわるみたいになでている。




 なんだよ。何でバレたんだ。

 小石で書いた「陽和はオレがたすけてやる」って願いごと。


 そんなオレの頭のなかを知ってるのか、知らないのか。

 ヒヨリボウの前に立って、陽和はうれしそうに笑ってる。


 それを見ながら、なんでだか。

 明日も、晴れだな。そう思った。




《了》







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ヒヨリボウの証言 武江成緒 @kamorun2018

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