始まりは気まぐれに

@yumemitaino2

始まりは気まぐれに

私はもう早々に人生に疲れきってしまった。


まだ社会人4年目というのにも関わらず、日々こなしていく激務と、貼り付けたようなニセモノの笑顔、次第に消耗する精神と身体に耐えきれず、趣味を嗜むなんて思考も停止して、訳も分からないまま今を生きていることに疲れ果ててしまった……




仕事帰りに必死になって思い出してみる。

自分の好きだったことも今、やろうと思っても気力が湧かないのに…

どうしてだかやり残した仕事や次の仕事のためにメモをまとめるのはやる気が出る。





『やる気が出る』と言うよりは、

やらなければ必ずあとで自分の首を締める羽目になるから、やらないとダメだって頭で分かりきっているからだと思う。


私は『出来損ないの人間』だから、

人よりも努力して、頑張ってやっとこさ人並みかそれ以下で目いっぱい頑張って、

やっと人並み以上になることが出来る人間だ。

仕事というものは人並み以上にならなければ、次の仕事を任せて貰いにくく、ステップアップしようと思えばより一層の努力と経験値、そして才能を求められる……



これでも同じ会社で4年目勤めていると、嫌でもわかる瞬間が来る…

いわば他の人から見て『この人は才能がある!』と思わせねばならないんだ。

そうでなければ出世なんてしようと思うのならば、人を惹きつける才能なんてものも必要になる…




おまけにこの世の中で生きていくためにはある種、『世渡り上手』でなければならない。

先輩や同僚の仕事を積極的に手伝ったり、ご飯を一緒に食べたり、合間の休憩時間にはみんなと雑談したり…

私には全部『上手くできないこと』ばかりだった…

頑張って色々と事前に何が好きかリサーチしたり、会話の話を考えたりしたのに…

いざ話すと全然上手くできなかった……


それどころか、人の地雷すら踏んでしまう失敗ぶりで情けなくて涙がこぼれ落ちてきたことを今も覚えている。


それ以来、酷く落ち込んで人と関わることを避けて、一人で過ごすようになった。

でも仕事はそれである程度は上手くいくようになったから、私には仕方のないことだと諦めた…







休憩中に人気のある後輩の女の子が私の同期の男性社員と仲良さげに話をしている。


正直、「羨ましい…」と思うけれど、

私には『向いていないんだから』とそっと視線を逸らして、ただまた自分で作ったお弁当に目を向ける毎日。


そんな日々に今日はなぜか急に終わりを告げたくなった…


なんで今なのか分からないけれど、私の最後の直感がそう言っているから、信じてみることにして、私は行動に移した……









いつもなら会社の休憩室でひとり黙々と自作のお弁当を食べるだけだか、今日は違う…



いつも使わない明るめのグロスに、かすかに揺れ動く小花のイヤリング…

鏡に映った自分に少しだけ心が踊り、

思わず笑みがあふれる…




何だか今日なら私はなんでもできる気がした。


そんな自信をたずさえながら、休憩室でいつものように楽しげに女の子と話している、あるひとりの男性に声を掛けた…



「あの…休憩中にすみません。ちょっとだけ私に時間貰えませんか?」


そう辛うじて出た声に焦りと不安が入り交じり増々、心臓がバクバクと音を立てて私を不安にさせる…



その不安とは裏腹にその人は優しく微笑みながら、いつも話している後輩の女の子に少し申し訳なさそうに

「ちょっとごめんね…こいつと話してくるから待ってて」と手を合わせて、席を立つ。




その女の子は少し不満げに「分かりました…でもすぐ戻ってきてくださいね!」と軽くスーツの袖を掴む。



その瞬間、彼にバレないようにそっと私に鋭い目線を向けている。私はゾッとして一瞬顔が強ばりながらもそれに耐えて何も無いように振る舞う。


すると彼が何かを感じとったのか、ふと後ろを向くと、スっと何気ないようにいつもの愛らしい笑みを浮かべていた。




私は自分のした行動に今日初めて強く後悔を覚えたが、そのまま足早にその場を彼と後にした……


そして私は気づいていなかったが、そのふたりの後ろ姿を不機嫌そうに、でも決していつものように笑みを絶やさずに私達を見続けていた。









私達は少し移動して人気のない非常階段の近くにやって来て、私はゆっくりと歩みを止めて、後ろを振り向く。



彼も急に振り向いた私に驚きつつも、続いて歩みを止めると、

「今日はどうしたの?いつも話しかけてくれないから、久々にちょっと嬉しかったな〜」とニコニコしながら私を見つめる。



その言葉に少し頬が赤くなるのを感じながらも、今まで言えなかった言葉たちを頭の中から必死に声に出そうと試みる。


が…なぜか上手くできずに「あのっ…えっと……」と間を埋めながら言葉を捻り出そうとして、不器用に目線を彼に合わせる…


その様子に彼は優しく「うん。」と頷きながら私の言葉を待ちながら、緊張をとかしていくかのように見つめてくれる。



その優しさに喉の奥で詰まっていた感情が少しずつ溢れ出してきて、その勢いにまかせて声に乗せる。



「あのっ…ずっと言えなかったんだけど、私、、、3年前から君が好きだったの!!」




ようやく出てきた震えている声と発した言葉に不安になり、思わず下を向き落ち着きを取り戻そうとしたけれど、彼の反応が気になって、探るようにまた顔を上げた。





するとその思いに驚きながら目を見開きながら、私を見つめて嬉しそうに微笑む彼の姿に思わず胸が高鳴る……





その姿に私まで動揺してしまって『どうしよう…』と緊張と焦りが私の心と身体を支配する。

まるで産まれたての子鹿のように必死にその場に立って、彼の言葉を待つ…



ほんの一瞬だったのかもしれないその間は私の心を不安にさせるには充分だった。




内心、『ダメだったかな…』という考えが反芻して、ネガティブ思考が加速していく中、彼が言葉を発した。




「うん…ありがとう。

俺さ、実は…お前に嫌われてるのかなって、ここ数年思ってたからすごく嬉しくてさ、

俺からちゃんと言おうと思ってたけど、先越されちゃったな…」

と言いながら私の震えている手を取って、


「俺もお前が好きだよ。

だから俺と付き合ってください。」

とあまりにも真っ直ぐに見つめて言うから、私には眩しすぎて、

思わず「そっ…そんな訳ないじゃん!」と否定してしまった。


でも彼はそんなことに一切動揺することなく、ただ私を見つめながら話を続ける…


「あ〜出会った頃に一目惚れして、

そこからずっと好きだったんだけど…気づいてなかった?」

という言葉に頭が真っ白になる。


いくら思い出してもそんな風に見えてなかったし、ただ優しくてみんなに好かれるような人だなとしか思ってなかった。


私なんかにもいつも話しかけてくれて、仕事で困っていたらすぐに助けてくれたり、皆で飲みに行ったり、ごく当たり前だと思っていた…



「全然、そんな風に見えなかったよ!

確かにすごく優しいと思ってたけど、誰にでもそうだったから…」


と言うと困ったように頭をかきながら、


「そっか〜分かりにくかったかな…?

最初の頃はいつも話しかけてきてくれるし、もしかしたら!って思ってたけど…

次第に、仕事大変になってきてからはあんまり話さなくなったじゃん。」

と言いながら寂しそうに呟く。





その様子にふっと私は笑ってしまった。





あんなに上手くいってなかったって、気にしていたのは私だけで…


一番好きで一番届いていて欲しいなって、

思っていた人にはちゃんと伝わっていたんだって思うと嬉しくなって、

何だか色々ぐるぐると考え込んでいた自分が本当に馬鹿に思えてきた。



その瞬間、私の心の何かが吹っ切れたような感じがした…




「ごめんね!私達、お互いに上手く伝えれてなくて、ちょっとすれ違ったみたいだね。」

と少し照れながら言うと

「そうだな〜やっぱちゃんと言葉にするのって大事だな!」

と言いながら彼がいきなり姿勢を正し始めて、「よしっ…」と言うと真剣な眼差しをしながら、




「あたらめて、これから彼氏としてよろしくお願いします!」



と勢いよく頭を下げる姿に思わず笑いが込み上げてきて、彼の頭にそっと手を伸ばして、



「もう〜何それ?!」



と言いつつ軽く撫でるとすっと一歩近づいてくる。

それに応えるように私も彼を見つめながら、

「こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね、彼氏さん?」と言うと


「ふふっ」


と嬉しそうに微笑み合いながら、少しだけ近づいた距離感と手の温もりにこそばゆさを覚えながらも、私達は休憩室に戻って行った……

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