第7話
風邪で昨日から休んでいた太刀川が教室に駆け込んできたのは、昼休みが始まってすぐだった。
休む前日の夕方、太刀川は私の家を訪れた。もともとご近所さんなので、それ自体はそんなにおかしなことではないのだけれども、少し様子がいつもと違った。
「何か用?」
と私が訊けば、
「ご用事が……いや、並木さんのほうが、用事がありそうだったけれども。」
いつになく堅苦しい物言いをしかけて、途中でごまかすように普段の口調に戻した。
夢のお告げに従って皮膚接触したい、と言い出しにくくて口ごもる。
太刀川はハッとしたような表情をした後、うやうやしく片手を私の前に差し出した。漫画か何かで見た、ダンスのお誘いのようだ。
クラスメイト、特に大中小トリオに見られなくてよかった、と思いつつ、私は人差し指でちょこんとその掌に触れた。
太刀川はほんの一秒か二秒、そのポーズのまま固まった後、またかしこまった様子に戻って
「確かに受け取りました。内容はこれから精査いたします」
というと踵を返した。
夢の中で言われた通り、ちょっと触っただけで目には見えない何かが受け渡されたらしい。私、生身でBluetooth接続でもできるようになったのだろうか?
……からの、一日半学校を休んでの、昼休みに教室駆け込みである。
何なの?私に向かってツカツカ一直線に歩いてくるのやめてほしい、怖いから。
「太刀川くん、風邪はもういいの?」
早見さんが声をかけたことで太刀川は少し我に返ったのか、取り繕った笑みを浮かべて早見さんに二言三言返す。
食べかけの弁当を置いて「太刀川くん、心配してたよぉ~」と寄ってきた大森さん・中谷さん・小島さんの大中小トリオにも愛想笑いで適当にいなす。
普段は絶対にしないくらい私に近づいたかと思うと、
「ナミネイア王女殿下、記憶の封印を解除します」
と耳元で囁いた。
それは、王女としての記憶を封じた際に決めておいたキーワードだ。
私は、自分が王女であったこと、クーデターを逃れてニホンに避難してきたことを思い出す。けれども私が並木という中学生として過ごした記憶をなくしたわけではないし、感覚としては地続きなので、どうにもおかしな気分だ。
「確認が取れました。サクスム大公の反乱は制圧され、陛下が殿下のお戻りをお待ちだそうです。」
太刀川---タツィリーフル、いや、もともと私が呼び慣れていた呼び方に戻すならば、「じいや」だ---は、今度は耳元で囁く代わりに、私たちの母語で話した。
記憶を封じている間は、母語も通じず、あまり私たちの母国の情報を漏らさないようにするために耳元で囁くなどという方法をとったのだろう。
最初は「太刀川」が私の耳元で囁いたことへの大中小トリオの反応がすごく気になった。
「何アレ。何アレ」
「太刀川くんのこと狙ってないようなこと言っておいて、嘘だったの!?ひどくない!?」
などと今現在もかまびすしいのだから、気になったのも仕方ない。
だが、少しずつナミネイア王女としての記憶が身体になじんできているようで、大中小トリオの反応よりも国の大事を優先すべきだという意識が上る。
「帰還の扉を開きます。ご挨拶をなさるなら、その間に。」
太刀川が言う。
「そうね。ありがとう」
太刀川に母国語で答え、早見さんに向かって日本語に切り替える。
「……というわけで、って言っても何言ってるか分からなかっただろうけども、私、すごーく遠くに行くことになったので、この学校に来るのは今日までになってしまったの。早見さんと本のお話するの、楽しかったわ。ありがとう」
「え?」
早見さんは唐突な私の話に、戸惑ったように声を漏らした。
「はあ!?」
「っていうかなんで早見さんだけに挨拶してんのよ。私たちは!?クラスメイトでしょ、一応」
早見さんより大中小トリオの反応のほうがずっと大きい。
「……大森さん、中谷さん、小島さん。仲良く、ではなかったかもしれないけれども、ああいうやり取りも、普段はなかなかできないから、今思えばとても新鮮だったわ。楽しかった。ありがとう。」
私がニコリとほほ笑むと、大森さんは少し鼻白んだようだった。
「なんか急に雰囲気違わない?なんか並木さんってちょっと卑屈めなところがあると思ってたんだけど」
「それは少し違うのです、大森様」
太刀川が転移扉を顕現させるための準備から顔を上げて、上半身を大中小トリオの方にひねった。
タツィリーフルの素が出てきている気がする。
「様」呼びされた大森さんは、中谷さん、小島さんらとキャーキャー言っている。
これ、姿も元に戻したときの反応怖いが。
「こちらに転移する際に、翻訳機を地面にぶつけてしまいました。殿下……並木さんはこちらの文字を書くことに支障をきたし、私は読解に少々困難を覚えました。ただ、それだけではなく、並木さんの翻訳機は実際よりもネガティブなニュアンスを返し続けていたようです。王女としての自我を封じられたこともあり、翻訳機のネガティブさに引っ張られてしまっていたようです。」
「初耳ですけれども」
「私めがもっと早く気づき、修繕なりなんなりすべきでしたのに、申し訳ございません」
「並木さんって、異世界の王女様だったの?」
早見さんが小声で私に聞いてきた。
「うん、今日までは記憶を封じていたけど、実はそうなの。」
早見さんに対しては、なるべく今まで通りの口調で話す。……そうしたいと思った。
「異世界転移出来たらどうする?なんて冗談で話していたけれども、まさか当人がそうだったなんて。」
「うん。そんな話をしてたね。……早見さんはもふもふをテイマーしてみたい、だったね。一緒に来る?」
なるべく冗談めかして、そんな風に聞いてみる。
「旅行みたいに気軽に行って帰ってこれるんなら行ってみたいけどね。私の世界は、ここだから。」
まあ、普通に断られるわね。国情も安定しないし、来たいと言われてもそんなに簡単には呼べないのだけれども、王女という立場では得難い友人と離れるのが惜しい。
「……いつか、気軽に行き来できるように頑張るわ。」
もともと、翻訳機が作れるくらいにはこちらの研究を進めていたのだし。翻訳機、ポンコツだったけれども。
「殿下」
太刀川の声に振り返れば、教室の真ん中に、机を避けるようにして扉が現れている。
これにはさすがに私たちの会話を無視してお弁当を食べ続けていた多くのクラスメイトも気になったようで、扉の周りをぐるぐる回ったり、表側と裏側交互に確認したりしている。まあ、お弁当を食べ終わった人が集まってきただけかもしれないが。
「ではそろそろ、元の姿に戻らせていただきます」
そういって制服の内ポケットからなんの変哲もないボールペンを取り出した。宙になにがしかの図形を描くと、中学生の線の細さから瘦せ型の大人の男性の体形に一気に変化する。黒髪はシルバーグレイに、目じりや口元には皺が刻まれ、侍従のお仕着せを着た初老の男性に姿を変える。だが、なんとなく、中学生だった太刀川の面影は残っている。
早見さんは、「わー、イメージまんま」と小さな声で呟いている。そういえば、早見さんは太刀川を「先生かお父さん見たい」と評していたっけ。
大森さんと中谷さんは、あこがれのクラスメイトが初老男性に変わったことにショックを受けているようだ。小島さんは「イケオジもいい」と呟き、もともと太刀川に興味のなさそうだった別の女子が「いや、むしろ、イケオジのほうがいい」と盛り上がってるのが興味深い。
私は特に姿を変えたりはしていない。
「では皆様、これまでありがとうございました。」
最後にそう挨拶して、渦の中に身を投じる。
一瞬、ふわりと身体が浮く感覚の後、見覚えのある大広間にいた。
「皆、私が離宮やニホンに避難している間、心配と苦労を掛けましたね。」
居並ぶ家臣たちに、王女として声をかける。
背後では、ギィィ、と扉が閉まる音に紛れて、教室の喧噪がまだかすかに聴こえているが、あえて振り返らない。
「えー、イケオジ、よくない?」
「オジサンのどこがいいのよ」
「おい、もう本鈴なってるぞ。イケオジがどうとか、廊下まで聞こえていたぞ。なんだ、オレの話でもしていたか?
「そんなわけないでしょ。……あれ、誰の話をしていたんだっけ?」
「あれ?私まだ全然お弁当食べてないんだけど!」
「いいから授業始めるぞ」
バタンという音とともに、魔法の気配と、教室の喧噪がすべて消えた。
了
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あとがき
カクヨムでの初作品が無事完結しました。
読み切りかせいぜい2、3話のつもりで書き始めたのですが、
当初の予定よりはだいぶ長くなりました。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
ポンコツ翻訳AIのせいで勘違いしてましたが、要らない子ではなかったようです 桜 緋女 @Fuiiko813
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