三毛猫キノコのマッスル体験
上永しめじ
三毛猫キノコのマッスル体験
森の奥深く、苔のじゅうたんがふかふかと広がる場所に、一風変わったキノコが暮らしていました。
彼女の名前は「しめじ」。
しめじといっても、よくある茶色い仲間たちとは少し違います。彼女のカサは、白、茶、黒の三色がまだらになった、まるで森をさまよう「みけねこ」のような柄をしているのです。
森の仲間たちからは「みけちゃん」と呼ばれることもある彼女は、なかなかの人気者でした。しかし、彼女には密かな悩みがありました。
(私の、このからだ……)
鏡のように澄んだ水たまりに、自分の姿を映しては、ため息をつく毎日。
カサの下から伸びる手足は、頼りないほどに細く、風が吹けば折れてしまいそう。それに比べて、軸(どうたい)の部分は、ずんぐりむっくり。お世辞にも力強いとは言えません。
「ああ、どうして私は、こんなにエノキみたいなんだろう……」
しめじは夢見ていました。
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の、マッチョでかっこいいキノコになることを。
カサはみけねこ柄のままでもいい。でも、その下には、硬く引き締まった軸がそびえ立ち、丸太のように太い腕が、どんな重いものでも軽々と持ち上げてみせるのです。
だって!
だって!
(マッチョになったら、みんなを守れる、頼れるキノコになれるから!!)
そう、しめじには憧れと、少しの悔しさがありました。
しめじは、いつも思い出していました。先日の大雨が降った日、小さなキノコの子供が濁流に流されそうになった時、助けてくれたのは森一番の力持ち、マッスルベアさんでした。
ベアさんが力強い腕で子供を抱きかかえると、森のみんなが「ありがとう、ベアさん!」「頼りになるわぁ!」と彼を称賛しました。その時、しめじは何もできず、ただ岸辺で震えているだけでした。
(私も、あんなふうに誰かを助けたい! みんなに「ありがとう」って言われるような、頼りにされるキノコになりたい!)
強い決意に火がついたしめじは、その日からとっくんを開始することを誓いました。
「まず、自分に必要なのは何か……」
しめじは、森の長老であるフクロウさんのもとを訪ねました。分厚い本を読んでいたフクロウさんは、しめじの熱い決意を聞くと、ホー、と一つ鳴きました。
「筋肉、とな。ふむ。筋肉を育てるには、二つの要素が不可欠じゃ。一つは、筋肉への『刺激』。そしてもう一つは、筋肉の材料となる『タンパク質』じゃな」
「たんぱくしつ!」「しげき!」
しめじは目を輝かせました。
「ありがとう、フクロウさん! 私、探してみる!」
刺激、すなわち筋力トレーニングは、森の中でもできます。重たいどんぐりを持ち上げたり、ツタにぶら下がったりすればいいでしょう。
しかし、問題は「タンパク質」です。
森のキノコが手に入れられるタンパク質といえば、せいぜい小さな虫か、木の実のクズくらい。それでは、マッスルベアさんのような体には到底なれません。
(もっと、こう、ぎゅっと詰まったタンパク質がほしい!)
しめじは探しました。自分にあった、最高のタンパク質を求め、住み慣れたキノコのコロニーを旅立ったのです。
森を抜け、イバラの道を細い腕でかき分け、カサに傷を作りながら進みます。
川をぬけ、丸太の橋を細い足でぷるぷる震わせながら渡り、危うく濁流に飲まれそうになりながらも、進みます。
(負けるな、私の筋肉……いや、まだ筋肉はないけど!)
どれくらい歩いたでしょう。
森が途切れ、ぱっと視界が開けた先に、広大な畑が広がっていました。
そこには、緑色の葉の下、ふっくらとした実をたわわにつけた植物が、どこまでも続いていたのです。
「あれは……!」
しめじは、フクロウさんの本で見たことがある植物だと気づきました。
「大豆……『畑の肉』と呼ばれる、最強のタンパク質!」
なんと立派な大豆でしょう。一粒一粒がパンパンに張り、生命力に満ち溢れています。
きっとこれが、私の追い求めていたタンパク質なのだ! しめじは確信しました。
しかし、畑には主がいます。
「こら、キノコ。うちの畑に何しに来た」
ピョン、と跳ねて現れたのは、長い耳と、筋肉質(しめじ比)な足を持つ、うさぎさんでした。
「あ、あの! わ、私はしめじです! 決して畑を荒らしに来たわけでは!」
しめじは慌てて、自分の夢を語りました。マッチョになりたいこと。森の仲間たちを守れるようになりたいこと。そのためにタンパク質が必要なこと。
話を聞き終えたうさぎさんは、長い耳を揺らして、フフッ、と笑いました。
「なんだい、そんなことかい。マッチョになりたいキノコなんて、初めて聞いたよ」
うさぎさんは、自分も鍛錬を積む身。筋トレ後に食べるために、この大豆を育てている「筋トレ仲間」だったのです。
「いいだろう。熱意あるキノコは見捨てておけない。その大豆、分けてやるよ」
うさぎさんは、しめじに大豆を分けてくれるだけでなく、タンパク質の王様とも言える、ある食品の作り方を教えてくれました。
「豆腐。大豆のタンパク質を、余すことなく吸収できる、最高の食べ物さ」
しめじは、うさぎさんに何度も頭を下げ、大事な大豆を抱えて森に帰りました。
森に帰ったしめじは、早速、豆腐作りに取り掛かります。
うさぎさんに教わった通り、大豆を森の清らかな湧き水に一晩浸します。
翌日、ふっくらと水を吸った大豆を、硬いクルミの殻を石臼代わりにして、一生懸懸命すりつぶしました。細い腕がパンパンになります。
「これが、フクロウさんの言ってた『刺激』……!」
すりつぶした大豆を布でこし、「豆乳」と「おから」に分けます。
豆乳を火にかけ、焦げないように木のヘラでゆっくりとかき混ぜる。森中に大豆の甘い香りが立ち込めます。
最後に、「にがり」の代わりに、海辺の友達カニさんに分けてもらった「海水」を少しずつ垂らすと……。
あれほどサラサラだった豆乳が、ゆっくりと固まり始めました。
「できた……!」
型に入れて水を切り、頑張って頑張って出来上がったのは、ほんのりみけねこ柄(?)が透けて見えるような、プルプルで、とても美味しそうなお豆腐です。
「これが、私が求めていたタンパク質なのだ!」
しめじは、出来上がったお豆腐を一口食べました。
口の中に広がる、濃厚な大豆の旨味と甘み。
「おいしい……! これなら、いくらでも食べられる!」
その日から、しめじの「マッスル計画」が本格的に始動しました。
朝、起きたら、自家製豆腐を食べる。
そして、筋トレ。
「どんぐりベンチプレス!」
(重たいどんぐりを、細い腕で持ち上げる)
「ツタ懸垂!」
(ぶら下がることしかできない)
「丸太スクワット!」
(丸太は動かず、自分が上下する)
お腹が空いたら、また豆腐を食べる。
筋トレをして、豆腐を食べる。
来る日も来る日も、しめじはトレーニングとタンパク質摂取に励みました。
その結果。
「うおおおお!」
ある朝、しめじが目覚めると、世界が変わっていました。
細かったはずの腕は、丸太のように太く、硬くなっています。
ずんぐりむっくりだった軸は、シックスパックならぬ、ワンパック(でもカチカチ)に割れています。
「キターーー! マッスルキノコの誕生だ!」
しめじは森へ駆け出しました。
ちょうど、倒木の下敷きになりそうなリスさんを発見。
「危ない!」
マッスルしめじは、その倒木を軽々と持ち上げ、放り投げました。
「し、しめじちゃん!?」
「お怪我はありませんか、リスさん」
今度は、川で小さなキノコの子供が流されています。あの日と同じ光景です。
「助けてー!」
マッスルしめじは、川に飛び込み、鍛え上げた腕で力強く水をかき、子供を救出しました。
「しめじちゃん……なんてたくましいの! ありがとう!」
「フッ、当然のことをしたまでですよ」
森の仲間たちが集まってきます。
「すごいぞ、みけちゃん!」
「かっこいい!」
「頼りになるわぁ!」
(やった……やったわ! これで私も、みんなを守れる頼もしいキノコになれたんだ!)
やったー!と喜んだところで。
「……ん?」
しめじは目を覚ましました。
目の前に広がるのは、いつもの森の天井。
そっと自分の腕に触れてみると、そこにあるのはいつもの細い腕。
お腹を触れば、いつものずんぐりむっくりな軸。
「なーんだ、夢かぁ……」
しめじは、がっくりとカサをうなだれました。
マッスルキノコへの道は、まだ遠いようです。
しかし、その時、鼻をかすめたのは、昨日仕込んでおいた豆腐の、甘くて優しい香りでした。
がっくりしたお腹が、きゅるる〜と鳴ります。
「……ま、いっか。お豆腐、美味しいし」
しめじは、夢から覚めた現実を受け入れ、朝ごはんの豆腐を一口食べました。
その美味しさは、夢のマッスルボディにも劣らない、確かな幸せをくれました。
それから、しめじは気づきました。
自分が豆腐を作っていると、森の仲間たちが「いい匂い」「一口ちょうだい」と集まってくることに。
しめじの豆腐を食べた仲間たちは、みんな「美味しい!」「元気になる!」と笑顔になります。
細腕のキノコも、病弱なキノコも、しめじの豆腐を食べると、少しだけ元気になった気がしました。
(マッチョにはなれなかったけど……)
しめじは、新しい「頼られ方」を見つけました。
力で助けることはできなくても、美味しい豆腐でみんなを元気にすることはできる。
「いらっしゃいませー! しめじ豆腐店、開店だよー!」
しめじは、豆腐屋になりました。
マッスルキノコになることを夢見る(かもしれない)他のキノコたちのために、あるいは、ただ美味しい豆腐が食べたい仲間のために。
今日も森の中、みけねこ柄のキノコが、元気に豆腐を売る声が響いています。
「特製プロテイン豆腐! これを食べれば元気いっぱいですよー!」
三毛猫キノコのマッスル体験 上永しめじ @Shimejikaminaga
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