「いらっしゃい」


「じゃまするよ」


 そう言って我が家の敷居を跨ぐ無骨な男は、どうしようもないほどに部屋の雰囲気に似合ってない。

 部屋に満ちた草木の匂いに混じって鉄の匂いが鼻を突く。重そうな鉄の鎧から覗かせる腕が、歴戦の戦士だと言うことを証明しているようだ。

 これじゃあせっかく何日もかけてこだわり抜いた自然派インテリアも、勝ち目はないだろう。


 慣れた手つきで薬草を混ぜる。湯を沸かす。目の端で辺りを見回す男を追う。


 男の目の前の大机は、まだがいた頃に家の前の大木の枝ーーといっても幹といっても差し支えないほどには太いがーーで作ったものだ。

 足音を立てずに男の脇に周り、カップを置く。意外にも、男は動じなかった。


「これは?」


 カップの中身は闇に沈んだ液体。


「ただの茶だよ。疲労回復に効く葉を使っている」


 毒など入ってないぞ、そう言い添えるようにもうひとつのカップに口をつける。ついでにちょうど机に置かれていたクッキーも勧めておく。


「有難い。いただくぞ」


 茶を嗜むには長すぎる髭が、その姿形が、男が極めて珍しい種族であることを裏付けている。


 ドワーフの客とは珍しいものだ。





 すぐ近くに大きな街道があるせいか、はたまた高台の上にあって景色が良いせいか、ここは訪問客も多い。

 そういったものの多くは人間の商人だ。だから近くの国の情勢やら、最新の便利グッズやら、はたまた興味深い噂まで、さまざまな話を聞く。どうやら彼らには独自の情報網があるようで、そういった話題には事欠かないようだ。


 そうは言っても商人以外の訪問者も稀にいる。

 例えば冒険者は、国々を転々として、魔物の駆除から身の周りの仕事の手伝いまで、色々な仕事を受ける人々の総称。便利屋といえば聞こえは良いが、そんな安定安全の「あ」の字もないような職業に就く奴に碌なのはいないもので、実際のところ住所不定の放浪者であり、ほとんどがガラの悪い破落戸ごろつきである。


 しかし、そんな冒険者でも名のあるような奴は違う。

 例えば勇者。もう何千年も昔にいたとされる彼はこの国ーージェミナ出身の謎多き男で、人々を苦しめる魔王を討ち払ったのだとか。

 まあそういったごく稀な話だが、好き好んで人助けをして回る変な輩もいるそうで。


 まあ兎にも角にもここは昔から訪問者が多いのだ。だからかは分からないが、長く生きている割には家族を失った私は変わり映えしない日々を繰り返すうちに、そんな訪問者との交流がちょっとした楽しみになっていた。


「つまりお前さんは幼いころに家出をして、以来冒険者をしながら第二の故郷を探して旅をしていた、と」

 目の前に居るのは無骨なドワーフ。強面で話かけづらいオーラを身にまとう男も、無駄に長い時間を生きている私からすれば可愛いものだ。


「ああ、あの頃ーーざっと百年ほど前だったか、親父と喧嘩しちまってな。確か喧嘩の発端もししゃもを頭から食べるかケツから食べるかくらいくだらないものだった。今思えば恥ずかしい話だ」


「ししゃもねぇ、」


「……」


「……それで?」


「ああ、ところがほんの数ヶ月前の話だ。お袋から手紙が来たんだ。親父が倒れた、早く帰って来い、と」


 男の目には後悔……それから。


「だから、一日でも早く帰んなきゃなんねえんだ。俺は」


 確かな、強い意志を感じさせるその声に、私は静かに返す。


「……そんな少しの時間も無駄にできないドワーフさんが何の用かな」


 そのとき。ほんの一瞬。男の表情が揺れたのを私は見た。

 外では散り始めた桜の花を風が揺らしている。


「……たまたま通りかかって、気になっただけだ。ここは有名だからな」


「……そう」


 その後しばらくの間私たちはたわいも無い話をした。それがあまりにもどうでも良い話だったのはここだけの話だ。


「そうだ、せっかくだ。茶のお礼に何かさせてくれ。壊れてるものを直しても良いし、装飾を作っても良い。なんでも言ってくれ」


 そう男が言ったのは、もう昼過ぎに差し掛かろうという頃だった。


「なんでも、言ったね?」


「ああ、手塩にかけてどんな大作でも作ってやろう」


「……じゃあひとつ、頼もうかな」





「それで、出てきたのは火を吹く化け物だった。まるでドラゴンだ。それに俺は少しも怯まず、直ぐに斧を構えた。剣士ーーそいつは現代の勇者なんて云われていたがーー彼の合図に従って俺は走り出す。そのまま相手の腕を落とすんだ。このとき、ほんの少しだって躊躇しちゃあ、ならない。戦場では全力を出せないやつから死んで行く。分かるか?」


 狭い部屋にはガンガンなんて金属でも叩くような甲高い音が響く。


「ああ」


 それにしても、この男はよく喋る。今だって聞いても無いのになかなかに壮大な冒険譚を話し始めたのだ。


「まあ、そうやって一撃見回せたらこっちのもんだ、直ぐに魔法使いが援護する。どんな魔法だと思う?」


 さらに、こうやって私を舐めたような質問をしてくる。


「氷属性の魔法。例えば、目眩しに霧を発生させつつ、氷砲弾を撃つ、とかかな」


「……驚いた。その通りだよ」


 流石に私だって魔法使いの端くれ。これくらいは予想がつくものだ。


「それでだな。魔物の動きが鈍った一瞬の隙をついて、剣士がとどめを刺す。ぐしゃぁって音を立てて魔物からは体液がドバドバ出るんだ」


「妙に生々しいな」


 思わずそう突っ込むと、彼は急に真顔になって「そりゃあ、生々しくない話なんてそこらの小説にも書いてあるからな」と言う。


 小説……十数年前に人間の都市を訪れた時を思い出す。魔導書やらなにやらを買い込んだ記憶がある。


「それでやっつけた魔物はどうするかっていうと、直ぐに解体して肉は肉屋に売る。毛皮や骨なんかは俺が加工して武器や衣服に使うわけだ。そうやってできたのがこの商品」


 そうして男は懐からさまざまな道具を取り出す。毛皮のコート、骨の笛、よく分からない用途の仮面…。


「お安くしとくよぉ」


「……」





「よし、できたぞ」


 そう言う男の前には確かに依頼したものが作られていた。なんなら肘掛けあたりなど少々おしゃれな装飾までしてある。


「ご苦労様。じゃあそれを外に出すよ」


「了解」


 そうして、私たちは男が作った木のベンチを外の景色が良さげなところに設置した。

 そのときも男はここの形が大変だっただのここにドリンクが置けるだのと、ずっと喋り続けていた。

 その後私がそこに腰掛けるように促し、二人並んで景色を眺めた。ちょっとした丘の上にあるこの場所は景色が良いことが自慢だ。もう一つの自慢である桜の大樹が西陽によって影を浮かび上がらせていた。


 私はうす濁ったお茶を彼に勧め、その景色をぼんやりと眺めていた。


「今日はありがとう。久しぶりに楽しかったよ」


 私が本心からの言葉を述べると、男はまんまと照れやがった。ニカっと笑っているその顔はどうしてもあのときの彼を彷彿とさせた。

 そうして、二人してずっと先まで延びた自分の影と睨めっこしだしたころ、そろそろ頃合いかななんて時期を伺う。自分の中で用意していた一つの問いを、喉元まで持ち上げる。


「ところであなたのことだけど、お父さんの容体はどうなの?」


 そう、今日男がここに来た時から今に至るまで、ずっと感じていた違和感。本人の言っていることと明らかに生じる矛盾。


「どう、とは?」


 この男は明らかに怪しい。最初に父親が危篤で早く帰らないといけないとぬかしていた。それなのに、自分からなにか手伝うと申し出るし、焦る様子どころか父の話が話題にでることすら無い。

 いくらなんでもおかしい。


「そのままの意味だよ。…こんなにのんびりしてて、大丈夫なの」


 ベンチに座りとなりを示すと、どっかりという擬音とともにその腰を降ろす。


「あ、ああ。そういうことか。そりゃあ、急いでるけどよ。ど、どうせ山の中で夜を迎えて一晩過ごすより、こうやって下宿で安全に寝泊まりして朝イチで出た方が結果的に安全に早く行けるじゃないか」


「ああ。それはそうだが…」


 確かにこの男の言うことは間違っていない。だが、何か違和感があるのだ。これは良くない。この違和感を無視するという手もあるが、違和感があるということは予想外を孕んでいるとも言えるわけで、気がおけない。頼むからそんなやつと一晩を明かすのは避けたい。

 そういう打算でしか人の気持ちを気にしてやれないということに我ながら少し落ち込みながらも、男を見やる。

 違和感には必ず理由がある。これを放置すると痛い目を見ることは今まで散々経験してきたのだ。

 覚悟を決めて男に相対する。


「……やっぱり、お前、嘘ついてるだろ」


 男の目を見て、言う。

 右手は魔法をすぐに放てるように杖を握っておく。手荒なことはしたくないが、油断はならない。


「……え?俺は、嘘なんか、ついてねぇぞ」


 男の目が泳ぐ。


「本当に?」


 自然と右手に力が入る。すると私が魔法を放とうとしていることに気づいたのか、男は慌てて立ち上がり声を荒げる。


「ほ、本当だ。だからそんな物騒な真似は止めろ。俺は俺の父、アレクス・ミドレムに会って、謝らなければならないのだ。そしてーー」


 そのとき。


「なんだと!?」


 異常なまでに捲し立てる男の声を遮るように、背後から声があがった。


「もしかして、あの英雄、アレクスの息子か!?」


「……っ」


 ドワーフが口を噤む。振り返ると、驚きを隠せないといった表情の商人らしき男がいた。


「アレクスが亡くなったと聞いた時は驚いたが、こんなところでその息子に会えるなんて最高のサプライズだ!」


 ……なるほど。


「黙れ」


 そういうことか。


「あのっ、わたくしアレクスのファンで!」


「黙れ」


「良ければサインとかーー」


「黙れええええ!!!」


 辺りに響く咆哮に野鳥が飛び散った。





「俺は、帰らなきゃ、ならないんだ。毎晩、親父が、言うんだ。俺は、駄目な、息子だって。帰って、親父に、謝らなきゃ……」


 橙に染まる空を見上げながら、隣の声に耳を傾ける。商人は向こうで黙々とキャンプの設営をしている。


「どうして、謝らなきゃならないんだ?」


 穏やかに聞いたつもりだった。

 しかし男がぴたりと静かになったものだからどうしたものか。地雷を踏んでしまったのだろうか、何かフォローした方が良いのだろうか、などと考えていると、唐突に男が口を開いた。


「英雄だった親父は、俺の憧れだった」


 英雄。この言葉ほど他力本願で人を束縛するのにぴったりな言葉はないだろう。

 誰もが言う。彼は英雄だと。その言葉がどれだけ彼らを苦しめるか、知ろうともせずに。


「だから俺は、親父の後を継いで冒険者になると言った。…だけど、親父はーー」


「そうか」


 おそらくこの男の父親はこの男が冒険者となることを良しとしなかったのだろう。

 そりゃあ、そうだ。冒険者なんて一部の英雄を除けば殆どがチンピラの集まりで、みんな日銭を稼ぐのに精一杯だ。死ぬ奴も多い。


「俺は、どうすれば良かったんだ……」


 風が吹いて、桜が散る。散った花びらが足下に落ちる。

 私はそれを手にとって、男に答える。


「私たちの命はさ、この桜みたいなものなんだよ。桜の花びらみたいに、弱く、儚い。誰だってそうだ。だからどうしようもないことだって沢山ある。過去の失敗は取り返せない。でも、だからこそ、現実いまをみて、精一杯生きるしかないと思うよ」


 朱に染まった眼下の景色に視線をずらせば、立派な都市が見える。

 いつの間にかそこは大きな国となって、たくさんの営みが確かにあった。


 振り返ると、商人が料理の支度を始めている。

 


 だから私は、確かにここで、精一杯生きていくしかないのだろう。


____________________

ここまで読んでいただきありがとうございます!


この作品は短期連載です。

2を明日の21:00に投稿予定。

3・Side-Bを明後日の21:00に投稿予定。


評価・感想等もよろしくお願いしますm(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月3日 21:00
2026年1月4日 21:00
2026年1月4日 21:00

『マチワタル』 とあるシカ @toaru-shika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画