AI時代の人力作家

蟹場たらば

人力作家はAIの進歩にどう向き合えばいいのか?

 文章をタイプする指の動きは、日が傾くにつれて徐々に失速していき、夜になる頃には完全に止まってしまった。


 何を書くべきかは、頭の中に完璧に思い浮かんでいた。「主人公の妹を殺したのは、実は異種族ではなく親友だった」という衝撃的な事実が発覚し、「一騎打ちの末に主人公が親友を殺める」という怒涛の展開を迎えるのである。


 しかし、話の盛り上がりに反比例するように、陣川じんかわの気力は尽きてしまっていた。


 そろそろ仕事が繁忙期に入るので、休日出勤をしなくてはいけなくなる。だから陣川は、趣味で書いている小説を、この土日の内にキリのいいところまで完成させるという予定を立てていた。にもかかわらず、彼の手はもうずっと、ただキーボードの上に乗っているだけだった。


 このまま固まっていてもらちが明かないだろう。陣川は一旦、気分転換を挟むことにした。テキストエディタを閉じて、代わりにウェブブラウザを開く。小説を投稿しているサイト、『カキヨミ』にアクセスする。


 トップページに注目の作品、つまり前日読者が評価をつけた作品が表示される。タイトルを見て、気になったものをクリックする。


 だが、あらすじを読んだ瞬間、陣川の頬はぴくりと震えた。


 そこに記されていたのは、彼が書く気力を失った原因そのものだった。


『※この小説は生成AIを使って作られたものです』


 生成AIの性能は年々向上を続けており、その活用法ももはやビジネスメールのような様式のある文章の作成だけに留まらなかった。もっと創造性が求められる分野――小説の執筆に使うのも、珍しいことではなくなっていたのだ。


 AIはとにかく文章を書くのが速い。陣川も以前試してみたが、人力なら初稿だけで一時間はかかるような二千字のショートショートを、ものの数秒で完成させていた。


 しかも、AI小説は決して拙速というわけではなかった。2025年頃にはまだ表現が月並みだったり、設定に矛盾が生じたりという欠点も見られたそうだが、現在は人間が修正を加えないポン出しでも十分なくらいに質が高かった。


 そのため、執筆未経験者であっても、生成AIを使えば手軽に小説を書けるようになった。また人力作家も、AIで執筆の手間を省力化できるようになった。結果、カキヨミに投稿される作品数は爆発的に増加した。


 もっとも、作品の数が増えても、読者の数が増えるわけではない。AIは確かに作品の完成速度を加速させたが、同時に読者の奪い合いをも加速させていた。


 陣川が書いているのは、重厚なダークファンタジーだった。Web小説界隈で流行しているジャンルではない。かといって、不利を覆すほどの腕があるわけでもない。そのせいで、もともと読者は少なかったのだが、AI小説の隆盛によってさらに少なくなってしまっていた。


 そして、それこそが陣川が続きを書けなくなった理由だった。ろくに読んでもらえないのなら、単に空想するだけなのと変わらないのではないか。時間や労力をかけて小説の形にする意味などないのではないか。そんな考えが頭をちらついて、執筆に集中できなくなっていたのだ。


 しかし陣川は、自分もAIを使って読まれやすそうな小説を書こうとは思わなかった。ストーリーやキャラクター、文体、果てはたった一つの読点を打つかどうかに至るまで、すべてを自分の手でコントロールしたかった。自分だけの世界を、自分だけの力で作り上げたかった。――その結果できるのが、AI小説よりはるかに劣る代物だとしても。


 カキヨミやSNS上には、同じような考えを表明する人力作家が少なからずいた。どうしても創作にAIを使う気にはなれない、と。


 けれど、陣川と違って、彼らが書く気力を失った様子はなかった。


 読まれなくても書くこと自体が楽しい。読まれなくても自分の考えの整理になる。読まれなくても――


 彼らの言うことも理解はできる。それどころか、共感さえできる。だが陣川は、彼らほどはっきりと割り切ることができなかった。


 自分の頭の中の作り事とはいえ、主人公たちは懸命に人生を戦っている。その生き様が誰にも知られないまま終わっていいわけがない。「読まれなくても」などと、陣川には決して思えなかった。


 しかし、読まれない。


 川村かわむらじんの――陣川自身の作品管理ページに飛ぶ。昼間に一度チェックしたが、半日経ってもPVはまったく増えていなかった。


 陣川が作者のこだわりだと思っていたものは読者にとっては単なるエゴでしかなく、職人魂だと思っていたものは傲慢でしかなかったらしい。AIを使わずに一人で小説を書くという信念は、独りよがりな小説を生み出しただけに終わったようだった。


 人力作家は皆が皆、AI作家の登場を快く受け入れたわけではない。AI使用の明示義務化を求める者、AI小説の隔離を提案する者、生成AIの使用禁止を訴える者…… なかには、「もう人間が小説を書く時代ではない」と断筆を宣言する者たちまでいた。


 かくいう陣川も、今は彼らの一歩後ろでなんとか踏み留まっているに過ぎなかった。


 あらすじで止まっていたAI小説の本文へと進む。書き出しからテンポよく進行するストーリーや今までいそうでいなかったキャラクター、硬質ながら平易な文体、悔しいが面白い作品だと認めざるを得なかった。


 人生の楽しみは何も創作だけではないだろう。読書にゲーム、音楽鑑賞。学生時代ぶりに、バッティングセンターに行くのもいいかもしれない。AI小説を読みながら、陣川は日曜の予定を考え直し始める。


 その時、画面右上のポストのマークが赤色に変わった。カキヨミから通知が来たサインである。


『リッキーさんがあなたの小説を評価しました』


 すぐに確認してみたところ、満点の十点の評価が入っていた。


 その上、他のカキヨミ利用者にも勧めるために、レビューまで書いてくれたようだった。


『次々に悲劇に見舞われる主人公レイスを思わず応援したくなります!! というか、自キャラをここまで追い詰める作者は人の心とかないんか? 特にお気に入りの悲惨エピソードは、第三部の――』


 AI作家の千分の一か、万分の一か。それほどまでに自分の読者は少ない。


 しかし、確かにいるのだ。


 レビューを読み終えた時、陣川はウェブブラウザを閉じていた。その代わりに、もう一度テキストエディタを開くのだった。



     ◇◇◇



 翌日、日曜の夜。執筆の小休止にカキヨミを開く。右上のポストのマークをクリックする。


 通知の内容は次の通りだった。


『川村陣さんがあなたの小説を評価しました』


 どうやら昨日評価をつけた相手が、こちらの小説を読んで評価をつけ返してくれたらしい。リッキーこと利木野りきのは思わず笑みをこぼす。


 上手くいった、と。


 人間には返報性の原理というものが備わっている。他者から好意的に接してもらったら、自分も好意的に接し返そうとするものなのである。


 利木野はその心理をカキヨミでの活動に利用していた。彼は本気で川村陣の小説を面白いと思ったわけではない。ただお返しをしてもらう目的で評価をつけただけだったのだ。


 だから当然、他の作者たちにも同じことをして回っていた。その甲斐あって、利木野の小説には多数の評価がついていた。


 褒められた行為でないのはもちろん理解している。だが、現在のカキヨミでは、AIの執筆速度を活かして、毎日更新で読者を集めるのが一般化してしまっている。人力作家がこれに対抗するには、同じように毎日更新するか、圧倒的に質の高いものを書くか、姑息な手を使うかしかないのだ。


 そもそも評価やレビューをつけて回ることの何が悪いのか。つけられた側が何か損をするわけではない。むしろ、得をしてさえいるだろう。自分の行為は不人気作家の救済だと言ってもいいはずである。


 利木野は心の中でそううそぶくと、次のターゲットを探し始めた。


 まず検索機能であまり評価されていない小説を選び出す。次に作者のアカウントページへ飛んで、他人の評価に積極的かどうかを確認する。ほどなくして、条件に当てはまる相手が見つかった。


 しかし、彼の作品を読む前から、利木野はすでに文章をタイプしていた。


『この小説のレビューを書いて。https://kakiyomi.jp/works/82213……』


 指示を受けたAIは、すぐにレビューの生成を始めるのだった。






(了)

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AI時代の人力作家 蟹場たらば @kanibataraba

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