来世は頑張る!

クロダ沖

プロローグ「来世は頑張る!」

 乱雑に置かれた机や椅子が、夜の喧騒を物語る。

数人しかいない店内を、窓から太陽が照らし、ほこりが少し光っている。

昼間から開いている酒場は、俺みたいなろくでなしか、旅の商人くらいしかいない。

水力(みず)の力で回るからくり時計が、気の抜けた音で時を告げる。

俺は、カウンターでタバコの煙をくゆらせていた。

目の前にあるのは、安い蒸留酒。

安いとはいっても、こいつを毎日あおっていたら、月末には宿代が払えなくなる。

そういうレベルの「安さ」だ。


「…ライセ。また昼間からか」


酒場のマスターが、呆れたようにグラスを磨きながら言った。


「いいだろ、別に。マスターだって商売繁盛だ」

「そういう問題じゃねえ。お前みたいな無一文が

毎日飲めるほど安い酒じゃねえぞ、こいつは」

「いーの。どうせこの街も、あと数年もすりゃインフレか災害で

滅ぶかもしれねえだろ。稼いでも無駄無駄」

「お前はいつもそうだ。少しは真面目に……」


ああ、始まった。説教か。

俺はタバコの煙をふう、とマスターの顔めがけて吹きかけた。


「っかー!!てめぇこの!」

「余計なお世話だ! 今世(こんせ)はこーやって気ままに生きるんだ!」


マスターが「この穀潰しが」と何か言おうとした、その時だった。


ゴオォォン!ゴオォォン!


街に、警鐘が鳴り響く。

次いで、地響き。酒瓶が棚でカタカタと不吉な音を立てる。


「な、なんだ? 地震か?」


マスターが窓から身を乗り出し、空を見上げたその瞬間。

超大型…な影が、街を覆い尽くした。


その日、人類は思い出した。やつに支配されていた恐怖を…(以下略)。

 

街路から、悲鳴が上がる。

空を見上げたマスターが、腰を抜かした。


「りゅ……竜だ! なんで今更!」


そう。竜だ。

聖歴元年に魔王が討伐されてから二千年。

とっくに御伽噺(おとぎばなし)になったはずの「厄災」が、そこにいた。

竜はあざ笑うかのように咆哮し、建物の一部を尻尾でなぎ払った。

飛んで行った建物の破片は、城の規則正しく並んだ塔を、貫いた。


「グオオォォ!ストライクゥゥ!!ガハハハハ!!」

「はぁー……」


俺は、飲みかけた酒をぐい、とあおる。


「……面倒くせえ。酒がまずくなる……」


舌打ちし、カウンターに銅貨を数枚、投げ置いた。飲み代だ。


「お、おいライセ! お前も逃げるぞ!飲んだくれでも命は惜しいだろ!?」


裏戸から逃げるマスターの声を無視して、俺は酒場の表戸をギイ、と開けた。

俺は、全身の力を抜きしゃがみ込む。

竜は城めがけて、ブレスをため始める。


「お前……五百年ぶりか?」


俺は一瞬で地面を蹴った。

ちょっとした衝撃波とともに俺は竜の前に躍り出る。

俺の拳は、ブレスが放たれるより正確に、竜の左頬に右ストレートを浴びせる。


ピューっと竜は飛ばされ、街の外に墜落した。


街が、死んだように静まり返った。

着地をしてすぐ、竜が墜落した方向に、もう一度跳ぶ。

街の景色が集中線のようになる。目の前には痙攣した竜がいる。

俺は竜の頭を踏みつけ、説教を始めた。


「ちゃんと言ったよな? 『好きに生きろ、ただし周りに迷惑をかけるな』って。体ばっかりデカくなって、中身(ちのう)は五百年前から成長なしかよ!」


竜は「キュウ……」と、子犬のような声で鳴いた。


俺は「分かったらとっとと山に帰れ。二度と来るな」と竜を追い払い、歩いて酒場に戻った。


「ただいまー」

「お、おう…。大丈夫だったか?」

「いやー騒がしかったな。続き、くれるか?」


元の席に座り、酒が目の前に置かれる。


「一体さっきのは何だったんだ?噂によると誰かが竜を吹っ飛ばしたらしいが。」

「……ん-、まーそういうときもあるんじゃねーの?」

「そうか?騎士団も竜と竜倒しの英雄様の行方を追っているらしいぞ。」


俺は胸ポケットからタバコを取り出す。


「そんなこと知っちゃなしか。お前も英雄様みたいになんかに頑張ってみろよ。」

「……ああ、来世は頑張るよ、来世は」

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来世は頑張る! クロダ沖 @OkiKuroda

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