殺人鬼だった俺、異世界では殺せないのでサポート職です!
@Keipuran
第1話
なぜ俺は人を殺し始めたのか? いい質問だ。 そして、おそらく唯一、俺が最後まで完全な答えを出せなかった問いでもある。
人の少ない日本の小さな町、蒼川の通りは激しい雨に打たれていた。 雨粒は重く、鈍い轟きのように地面を叩く――それは、高級なスーツを着た熟年の男が必死に走る足音でもあった。 男は荒い息を吐きながら、路地裏へと駆け込んだ。
「助けてくれ!」 男はかすれた声で叫んだ。
――だが、誰も来なかった。 俺はその男の後を追い、家々の間の狭い抜け道へと足を踏み入れた。
俺が初めて手にナイフを握ったのは、十五にも満たない頃だった。 だが、その欲求――いや、むしろ「必要」は、それより前にすでに芽生えていた。
あの日、俺の目の前に立っていたのは少女だった。 俺と同い年。 彼女は泣きながら、後悔していると言い、話を聞いてほしいと訴えた。 彼女の小さな子犬は、餌を喉に詰まらせて死んだという。 彼女は濡れたアスファルトに座り込み、震えながら繰り返した。
「怖かった…どうしたらよかったか分からなくて…逃げちゃったの…」
俺は彼女を見ていた。 そして、自分自身を見ていた。 逃げた自分。救えなかった自分。 だから悟った。 自分を許せないなら、彼女の「弱さ」も許すことはできない。 俺の手にあるナイフは、彼女のためのものじゃない。 それは、俺の友を殺した「恐怖」のためのものだ。 それを殺さなければ、また別の誰かが死ぬ。 その瞬間、刃は初めて赤く染まった。
スーツの男は、出口がないことに気づいて重い息を吐いた。 彼は後ろも見ずに走っており、恐怖は彼から明白な事実を奪っていた――この路地は、町の誰もが知る行き止まりだ。
彼の背後に立つ少年は、仮面すらつけていなかった。 つい先日、学校を終えたような年齢の青年。 月明かりだけが照らす中、その手の折りたたみナイフが鈍く光る。
「待ってくれ!お願いだ、殺さないでくれ!」
少年は男を見た。そこに見えるのは、ただひとつ――「弱さ」。 恐怖、逃走、戦いの放棄――古典的な弱さ。 「弱さの狩人」の獲物は皆それぞれに懇願した。だが彼は、その中にいつも自分自身を見ていた。 それが悔悟の言葉であろうと、「殺さないでくれ」という利己的な懇願であろうと。
俺を怪物だと呼ぶか? それは誰の自由でもある。 そして誰もが、命を持つ権利を有している。俺も理解している。 だが、誰に他者――親しい者であれ、見知らぬ者であれ――を危険に晒す権利がある? お前の恐怖や、パニックや、嫌悪が、誰かの死の原因にならないと誰が言える?
考えたことはあるか?
少年は一歩、前へ。 彼は黙っていた――獲物は、自分が狙われた理由を分かっている。 男は隅へ追い詰められ、近づく影をただ見つめる。 「弱さの狩人」の顔には一切の感情がなく、ただ冷たく鋼の色を帯びた眼差しだけがあった。
――知っているか。時には「天才」でさえ誤る。 俺は自分を天才とは呼ばないし、俺の手段は以前から狂うこともあった。 だがその瞬間――それは致命的な誤算だった。
スーツの男は突然、喉が裂けるほどの叫びを上げ、涙を浮かべながら、自らその「殺し手」に飛びかかった。 少年はその行動を予期していなかったが、それでも腹部へとナイフを突き立てることはできた。 雨と血が波のように混じり合い、男のうめきはさらに強くなる。
男は気力を振り絞り、腹に刺さった刃を残したまま少年を突き飛ばした。 恐怖が彼を支配し、アドレナリンは未知の高みへと跳ね上がる――だから彼は痛みを感じなかった。折り畳みナイフを引き抜いたときでさえ。
「弱さの狩人」は立ち上がる間もなく、激しくむせた。 彼は咄嗟に喉へ手を伸ばし、そこに突き立てられた刃に触れる。 手は血で濡れ、視線には、長年押し殺してきた恐怖が初めて浮かぶ。
「地獄に落ちろ、外道が…」 男は彼の上で勝ち誇った笑みを浮かべ、そして最後の力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。
読み違えた。 だが――どこで? 自分でも分からない。 彼の「地獄へ」という言葉が、俺の頭の中で反響し続ける。 ここ――暗く、白い星々が散らばるこの場所――これが地獄なのか? 俺は本当に死んだのか?
***
こうして、俺はここへ来た。
正直、死を受け入れられず、すべては夢のように思えた。 それでも、口の中に残る甘く鉄臭い味はやけに鮮烈だ。 俺の知る地獄とは違う――釜も、炎も、悪魔もいない。 ここには俺だけ、そして俺の下に木製の椅子があるだけ。
静寂を破ったのは、微かに響く心地よい女の声だった。 その声は、この虚無の空間に柔らかな残響を残す。
「ここは地獄ではない。そして奇妙なことに、天国でもない」
俺は勢いよく顔を上げた。 だが周囲は相変わらず、遠くの星々が静止する黒の世界。 椅子は消え、俺は無重力の中で漂っていた。
「誰だ?」
目の前に、柔らかな黄金の光で紡がれた姿が現れた。 少女とも、女性とも見える。 彼女は、少し首を傾げ、白く輝く眼差しで俺を貫くように見つめていた。
「私は見守る者。地上のすべての存在の計算と失敗を見届けるのが、私の役目」 彼女の声は優しい。 「私は贖罪の女神。理解してほしい――この、有と無、在と不在の狭間に君が姿を現したことは、私のような存在でさえ驚かせたのだ」
「女神だって?狭間の空間…?」 俺は眉をひそめ、ふわりと立ち上がるように体勢を整えた。
「そうだ」 彼女はゆっくりと頷く。 「君の出現は、私に『選択』を提示する義務を与える。 君が生前どんな人間であったとしても――これは規則だ」
「選択?」 俺は鼻で笑い、慣れ親しんだ冷笑の仮面を取り戻そうとした。 「『生前』だなんて言うなら、俺はもう十分に支払っただろう」
「君の死は、ただの猶予であって、支払いではない」 彼女はそう答えた。 「君の支払いは――贖罪だ。 炎の世界へ赴き、すべての罪に見合う罰を受けるか。 それとも、贖罪を選ぶか」
やはり、焙られるのはまだ先、ということか。 いや、違うのか?
「贖罪とは、どういう意味だ?」
「君の探求心は好ましい」 女神は一歩近づいた。 「エヴァロン――剣と魔法が支配する世界。 そこに不快な厄災が訪れた。 かつては住人の妄想に過ぎなかった『闇』が、いまや不穏に蠢いている。 君の贖罪は、その世界へ赴き、住民たちが忌み嫌う闇を排除する手助けをすること。 それを果たせば、贖罪の女神ヴェリタスである私は、君に自身の世界へ戻る機会を与える――殺人の重荷のない新しい人生を」
「誰かを殺せばいいのか?」 俺は笑った。 「殺せば戻れる?それなら同意だ。俺に一番向いている」
女神は静かに首を横に振り、白い瞳を細めた。
「違う。 この使命を果たすために、君はかつての知識と天才的な頭脳をそのまま得る。 だが、エヴァロンの境界を越えた瞬間――君は命を奪う可能性そのものを失う」
俺は身を強ばらせた。ありえない話に聞こえたからだ。
「自衛すらできない、ということか?」
「自衛はできる。だが、殺すことはできない」 彼女の声は一段と厳しくなる。 「それが、殺人者の贖罪の道。 君の行為が重大な、あるいは致命的な傷害を生む可能性があるなら――それは私の魔法によって阻まれる。 君は『仲間』のための補助――いわばサポート役になる。 彼らを守る者だ。 一人で勝つ力がないなら――仲間が必要になる」 ヴェリタスはゆっくりと両手を広げた。 「それが君の贖罪の意味。 かつて君が蔑んだ『命』を、今度は守ることを学ぶのだ」
――殺人者に、命を守らせる。 ――最も重要なのは、攻撃の可能性すら奪うこと。 ――天才的な発想だけを残し、それをサポートの立場で実行不能にする。 これ、正気の沙汰か?
「『仲間』と言ったな。俺は誰を助ければいい?」
ヴェリタスの微笑はさらに広く、明るくなった。 それに呼応するように、周囲の星々も輝きを増す。
「それは君の選択だ。 誰を選ぶか――君は自由だ。 君と共に、最後まで歩む者を」
彼女はさらに近づき、二本の指をそっと俺の額に添えた。 柔らかな光の微粒子が舞い、ヴェリタスが俺の周囲に黄金の輪を描く。
「君は同意した」 女神は一歩下がり、ゆっくりと一礼した。 部屋――いや、この空間は、瞬きのたびに白く強い光で満たされていく。 「己の道の意味を悟れ。私は、君が『人』として戻るのを待っている」
光が強まるのを見て、俺は警戒した。
「まだ同意なんかしていない!狂ってるだろ!」 俺は叫んだ。だが身体は一歩も動かない。
もう誰も俺の声を聞いてはいない。 まして、何かを止めるつもりもない。 俺には、そんな条件で自分に何ができるのか――想像すらできなかった。
輪が輝く。 放たれる光はあまりにも眩しく、熱く、 この空間の闇の残滓を覆い尽くし、 そして――胸は、燃えるように灼けた。
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