第3話 後編

忙しない足音で目が覚める。なんとなく状況を理解する。

「ああ、負けたのか」

「負けてはないですよ、まだ」

意図せず零れた言葉に返答したのは治癒に秀でた彼女だった。

「…何が起きて僕たちはこうなったの」

純粋に疑問を口にする。

「打ち漏らしがあったんです。敵兵は死んだふりをしながら後方魔法組へ接近、その兵自体はその場にいた魔法組で処理しきれたようですが何人かが致命傷を負わされてしまい戦線を離脱しました。比較的早く運ばれたおかげで傷は全快させられましたが魔法組が戦場へ戻ることはありませんでした。」

「そしてそれに気付かないまま僕達は敵軍に囲まれてたって事か」

全く笑えない話だと思う。

僕が尊敬し信用していた仲間のほとんどは自分の死を恐れて仲間を見捨てたのか。

「…じゃあマッスル君が僕を、皆を助けてくれたんだね」

「いいえ、違いますよ。彼らを助けたのは貴方です。カイム君。右目を貫かれ、脇腹を刺された貴方が意地で後方の敵を倒したんです。確かに貴方をここまで運んだのはマッスル君ですが逃げ道を切り開いたのは貴方なんですよ」


記憶にはないがどうやら僕は少しでも役に立てていたらしかった。


「…そっか」

視線を戻したとき彼女の目には涙が溢れていた。

「ごめんなさい…私の残存魔力じゃ止血と傷口の修復しか出来なかった…。」

震える声でなんとか言葉を絞り出している。

「カイム君の右目はもう…」


「目が覚めたか」

空気が凍る。

恐ろしく低い声をした男が暗闇の先から歩いてきた。

「諸君、まずは初日の戦闘ご苦労だった」

気付かなかったがどうやら周りには仲間全員がいるらしかった。

「君達の活躍素晴らしいものだった。結果だけで見れば敗走のように感じられるが敵軍数万の損害に対し現在こちらは一人を除いて重傷者なし。しかも相手方はこちらにも大損害を与えたと勘違いしている。それも彼女の存在とそれを秘匿できているのが大きい」

男は僕の隣にいる女性を指しながら話を続ける。

「これはチャンスだ。敵軍が欠けている状態でこちらはほぼ万全の状態。今ならば前線を押し返すことが出来る。なので君達にはこれから夜襲をかけてもらう。危険な作戦ではあるが成功すればこの戦争、かなりのアドバンテージを得る事が出来るだろう。作戦開始は2時間後だ。各々それまで準備なりを進めるように」

そう言うと男は部屋から出ていった。


どんよりとした重い空気が場を支配していた。誰も何か言葉を発することはなかった。

何分経った頃だろうか、その停滞はひとりの言葉に破壊される。

「どうして帰ってこなかったんだ?」

返答はない。

「お前達は後方から魔法を打ってただけだ。敵の脳を、心臓を抉る感覚なんて味わってもいない。俺らは敵兵を前に命を晒しながらヘイトだって稼いでた。なのに楽しかしてないお前らは逃げた。俺はこんな奴らとこれからも一緒に戦うなんてごめんだぜ。これから先何度見捨てられるか分かったもんじゃない。」


余計に空気が重くなる。

それもそうだ。魔法組は逃げた事実がある以上、下手に口出しは出来ない。

そもそもこの場で発言権があるのは恐らくマッスル君含め前線で戦い続けた僕達くらいだ。


…それなら、弱いのに命を張って皆を救ったらしい僕の発言なら何かを変えられるだろうか。

恐る恐る口を開く。


「僕はこの夜襲作戦賛成だよ。」


周囲が少しざわつくのを感じる。どうやら僕が喋るとは思っていなかったらしい。

気にせずに続ける。

「たしかに少数精鋭として突撃する以上命のリスクはある。でも今回は僕達から攻める状況を作り出せてるし、作戦成功の確率はかなり高いと思う。それに祖国を守る為に戦えるんだ、無意味な死なんかにはならない。誇り高く…」

話の途中、誰かの大声によって僕の言葉は遮られた。

「誰一人としてこんなとこで死にたくねえんだよ!!」


そう力強く叫んだ大男を静かに見つめる。

ぼやける視界の中でこの生傷だらけの大男が入学式で爽やかな笑顔を浮かべていた彼だと気付くのにそう時間は掛からなかった。


「いいか?お前だけが気付いてないようだから教えてやるよ、俺含めてこいつらは誰一人死ぬ覚悟なんか出来てないんだよ!!国の為?誇りある死?笑わせんなよ。

こいつらがこの学園に入ったはなぁ、軍のエリートとして出世して楽で安泰な生活を送りたいからなんだよ!!お前らチート性能貰って浮かれちまったんだよなぁ?それでいざ本物の戦争を体験したら怖気づいて逃げちまう。また戦場へ戻る勇気もないときた。いいか?こいつらは、俺はその程度の人間なんだよ。格好つけてないでお前もゲロっちまえよ、本当は死にたくなんかねえんだろ???なあ?」


驚くことにその言葉に受ける衝撃よりも先に僕は落胆の感情を覚えているらしかった。


「………そっか、残念だ。僕は君達を尊敬してたよ。才能って地盤が君達にあったのは事実だけど、そこに栄養を与えてきたのは君達の努力だった。何の為に努力してたのか知らないけど僕は君達に追いつきたくてここまでやってきた。…でもここでお別れみたいだ。じゃあね」


作戦開始までは残り一時間半。


医療所から出て数分の丘で腰を下ろす。暗闇の中空を見上げると無数の星が光り輝いていた。

この星が死んでいった人間の数なら僕もそこに仲間入りできるだろうか、そんな事を考えながら浸る。


「…おい」

声の主はマッスルだった。

「お前もし俺達がこの戦争に負けたらどうなると思う?」

講義で習った話だ、答えてやる義理はない。しかし嫌味を言うには最適の機会でもあった。

「…捕虜にされて戦争が終結したら祖国へ帰らされるか奴隷として一生働かされ続けるかでしょ。でも君達は特例だと思うね。持ってる力が強すぎるから生かしておくメリットよりもデメリットの方が大きい。僕が敵だったら確実に殺す」


「脅してんのか?」


「事実だよ脅してなんかない。」


長いこと沈黙が続いていた。マッスルが再び口を開くまで何分かかっただろう。


「俺の国はな、昔戦争で勝つために若者の命を使って特攻させてた。それも『国の為死ねることは誇り』とか教育してだ。歴史の授業で学んだ時馬鹿だと思ったね。だからか現代社会では一人を犠牲にするのではなく皆して平等に不幸になりましょうと宣っている。だからお前を見てると反吐が出る。一人で行ってもバカみたいに無駄死にするだけなんだよ。」


「結論から先に言いなよ。結局僕に何を望んでる?」


「…ついて来いとは言わないんだな」


「君達は僕について来いなんて言わなかっただろ?」


「…ああ、そうだったな」


足音が医療所へ遠のいていく。僕は暗闇の中また一人になった。




作戦開始5分前


覚悟を決める。敵陣へ向かい歩みを進めようとした時だった。


「待てよ」


振り返るとマッスルを含めた複数人が立っている。

どうやら悪態をついていた彼が何人かを説得してくれたようだった。目頭が熱くなる。


「…ありがとうマッスル」


僕の言葉にマッスルは微笑むと共に首を横に振った。


「……高田栄司だ。栄司って呼んでくれ」




この日初めて、魔王軍と皇国の連合軍前線は大国に敗北を喫することとなった。

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孤高の凡人は転生者に囲まれる ~誰一人として死に戦へ挑もうとしないから僕が先陣を切る~ 小菅駿 @kosuge0925

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