【1話完結】言霊捜査2課の遊撃つ

風上カラス

よろしく鬼が居ます/熱愛発核

 ──タイポは呪いであり、そして祈りでもある。


 なんだよ、タイポって? きっとあなたはそう思うだろう俺も昔はそう思っていた。タイポとは、メッセージやメールでタイピングを打ち間違えること。大抵のタイポは特に取り上げられることもなく、そのまま情報の海に消えていく。だが一方で――人の心に刺さり、残り続ける傷跡を残すタイポもあるのだ。


 ここはコトノハシティ。言葉が支配するあなたの常識が通じない世界。そして何を隠そうこの俺自身が、タイポの呪縛に苦しめられている恐ろしさを実体験している


 きっかけは、友達に送った一通のメール。『お疲れ様刑事』。『お疲れさまでした』と打ったつもりだった。普通の人ならスルーしてくれる内容こんなのは気にしない。だが、コトノハシティを管理する中央コンピューターはそれを見逃さなかったそうではなかった


 翌日、俺は「お疲れ様刑事」という不名誉なあだ名と共に、警視庁言霊捜査第2課なんだかすごいところに配属された。まだ高校生なのに、だ。意味が分からないバカじゃないの?


 とはいえ、この街では中央コンピューターの命令は絶対。理屈も、理由も、もはや誰も問わない人間は考えることを放棄し始めたそういう世界だとんだディストピア


 言霊捜査第2課俺たちの仕事は、街中のタイポから生まれた怪異を調査し、必要があれば修正、あるいは削除柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応すること。そんなことができるのなら、俺だって普通の高校生に戻して俺の平穏な高校生活を返してほしい。だが、その願いは一向に聞き入れられないまま――"お疲れ様刑事"として、今日もタイポと戦うコンピューターに従うのだった。



「で、なんだっけ。今日の案件は?」


 俺は相棒バディのノープロポリスに尋ねた。“ノープロポリス”というあだ名の由来は――まあ、あなたならもう分かるだろう彼女の名誉のために聞かないであげてくれ


「どっかのサラリーマンが“承知しました”って打とうとして、“招致しました”になったらしいのよ」


「……で?」


「アメリカの大統領が本当に来ちゃった」


「また景気のいい話だな……」


 ノープロポリスは肩をすくめてもう好きにしてって感じため息をつく。


「それで今日は警備に人が取られて、しわ寄せがうちらに来てるってわけ。今日の仕事は山積みよ」


 分厚い書類今日のノルマが俺の顔に叩きつけられる。ふと、俺の目に見慣れた文字列タイポの常連が目に飛び込んできた。


『よろしく鬼が居たします』


「また鬼か――」


 思わず舌打ちした。数あるタイポの怪異常連勢の中でも、発生頻度が高くよく間違える、それでいて被害が甚大なやつ破壊力抜群。そして書類を読み進めて、問題の文をちゃんと読む――


『妖怪です。これからもよろしく鬼が居たします』


 2コンボだドンメール送る前に気づけよ。どこのバカがこんなタイポを――って、身内じゃねぇか。警視庁科学調査部頭がよさそうな部署の誰かがやらかしたらしい。案の定、科学調査部では妖怪と鬼が同時に出現して大暴れ、現場は大わらわ。――しょうがない。尻ぬぐいしてやるかま、タイポはだれでもやるよな


 同じ建物なので、現場にはエレベータ―で直行。オフィスのドアは閉まっているが、中からは「よろしく! よろしく! よろしく!」の大合唱。


「いつもの通り、先制攻撃をお願い」


 ノープロポリスの冷めた目とっとと片付けましょう。もうこんな仕事は何回目か、数えてもいない。俺は頷いてスマホのロックを解除戦闘準備


「いくわよ――1、2、3!」


 ――ガチャ。


 ドアの向こうでは、「よろしく!」と叫びながら鬼が金棒をぶん回し、その脇では「妖怪です! 妖怪です!」のコーラスとともに、河童やら天狗やらが名刺交換を延々続けている。


 ――俺は現実から目を逸らしなんたるカオス、親指で素早く文字を打つ。


『おひさ素振りです』


 メッセージを送信した瞬間、鬼の動きがピタリと止まる。次の瞬間には、足を止めて素振りを始める。


「おひさ! おひさ! おひさ!」


 ――よし、鬼はこれ以上は暴れない無効化完了。残るは名刺交換ごあいさつに全振りしている妖怪たちだ。


「ノープロポリス! こっちはOKだ!」


 俺が合図をすると、ノープロポリスが部屋の中に駆けつける。彼女はスマホのロックを外し、ためらいなく打ち込む。


『妖怪Death!』


 送信ボタンと同時に、室内の妖怪という妖怪が――吐血して全滅。どうやら鬼も妖怪判定だったらしく、みんな静かになる。


「任務完了っと」


 ノープロポリスはスマホをしまい、ポンと手を叩く。


「随分とあっけなかったな」


 肩透かしを食らった気分の俺に俺、いらなかったんじゃない?彼女は肩をすくめるいざというときの保険よ


「ま、そんなものよ。手こずる相手だったら、あたしの方から仕事やめてるわ」


「それもそうか。これで給料もらえるなら、感謝しないとな」


 深く考えるのは――ずいぶん前からやめている。



「お疲れ様刑事、ノープロポリス、ただいま戻りましたー……っと」


 そう呟きながら、俺たちは誰もいない事務所に戻った――はずだった。だが、そこは出かける前とは一転、大騒ぎになっていた。電話のベル、怒鳴り声、プリンターの音阿鼻叫喚の地獄絵図


「おまえら、どこで油を売っていた?」


 唾を飛ばしながら詰め寄ってくるのは、言霊捜査第2課の上司――ショート課長だ。


「どこって、仕事ですよ。仕事」


 俺はさっきのファイルを課長の鼻先に突きつける。


「そうか……」


 課長はファイルをパラパラめくり、確認の署名をする。


「ところで――なんです、この騒ぎは?」


「これが原因みたいよ」


 ノープロポリスがスマホを差し出す。ニュースアプリの速報だ。


『国民的スター熱愛発核!!』


 ……いや、なんかおかしい。目を凝らしてよく見る。


「発核ぅ!?!?」


 思わず声が裏返ったなんとも不穏な響き


「そうだ――。普段ならこの程度のタイポ、誰も気にしない。だが今は――アメリカ大統領が来ている。そのせいで、言霊が強く反応したようだ」


 ショート課長は呼吸を整え、眼鏡をくいっと押し上げる恰好をつける


「……まさか……」


「ソウデース! 今ニモ核ミサイルガ発射サレソウナノデース!」


 突如、陽気な声が飛び込んできたすごい!コテコテの外人だ


「え……この人、誰……?」


 ノープロポリスが若干引き気味にたずねる動揺を隠し切れない


「オー、ソーリー! ミーの名前は、ベースポールコップ、デース!」


「……え、どういうこと?」


 外人特有の押しの強さにだから誰なんだよ、こいつ、ノープロポリスが完全に押されている。


「あ、もしかして――英語のタイポ……?」


 おそらく、野球帽Baseball cap野球刑事Baseball copと書き間違えたのだろう。つまり――アメリカの言霊捜査官ってわけだ。


「よろしく、ベースポールコップ。俺はお疲れ様刑事」


「あたしはノープロポリス! で、核ミサイルがどうしたの?」


「二人トモ、ヨロシクデース!」


 ベースポールコップエセ外人の説明はこうだ。“熱愛発核”というタイポテロップがアメリカ大統領を動かし、核ミサイルを発射させようとしているらしい。幸い、大統領が発射ボタンに手をかけたところを、SPが間一髪で止めたのだが――大統領は今もずっと「発核、発核」と呟き続けているという。


「俺の力で大統領を“大投了”にしてやれば、話は終わるんじゃないかな」


「ノー! 我ガアメリカが投降スルナンテ許サレマセーン!」


 俺の一世一代の提案ひらめきを、ベースポールコップは即座に却下した。


「じゃあどうすんだよ!」


「ワカリマセーン!」


「なんだよそれ、無責任だな!」


 そんな言い合い不毛なやりとりをしていた矢先、街中に警報が鳴り響いた。


『アメリカより核ミサイルが発核されました。コトノハシティの住民の皆さんはただちに避難してください』


「……え、ちょっと待って、核ミサイル、発射されちゃったの!? ってか避難って、どこ逃げても無理じゃない!」


 ノープロポリスが半ばパニック状態になるもうだめだー。みんな死んじゃうんだー


「落ち着け、まだ時間はある!」


 俺は強がって彼女をなだめた。だが――内心は震えていた。相手は核。ミスれば全滅。どうする……どうすれば……。


「そうか、これなら!」


 俺はスマホを取り出し、必死に文字を打つ。


『蟹味噌汁を無事撃墜』


 送信――!


 ……が、何も起きない。警報は鳴りっぱなしだ効果はなかったようだ。――いいタイポだと思ったのに。タイポを作るのは難しい。望んでない時には勝手に生まれるくせに。


「ココハ、ミーの出番デース!」


 ベースポールコップがラップトップを取り出した。俺は興味津々でどれどれ、お手並み拝見その背後から画面をのぞき込む。


『Anybody stops that new clear missile!』


 英語!? 学のない俺には何を書いてるかは分からないが、結果はすぐ出た。警報の内容が変化する。


『アメリカより新型ミサイルが発射されました』


「すごい! 核がなかったことになったよ!」


「でも、まだミサイルは飛んできてるぞ!」


 俺とノープロポリスは一喜一憂。ベースポールコップは余裕の笑みで再びキーを叩く。


『Miss Isle is flying in the sk——』


「ちょっと待ったー!!」


 ノープロポリスが慌てて、ベースポールコップの手を止めさせる。


「どこの誰だか知らないけど、アイルさんを死なすわけにはいかないわ! ここは警察よ? 人が死なない方法でお願い!」


「お前……それ読めるのか?」


 俺は思わずノープロポリスこいつ、天才か?を尊敬の眼差しで見た。


「オー。ニホンジン、神経質ネ。アメリカデハ架空ノ人死ンデモ誰モ気ニシマセーン」


 そう言いながらも、ベースポールコップは新たなメールを打ち込む。


『New clear massage is approaching』


 メッセージ送信。……だが警報は変わらず効果ナシデース


「ノー! チョット強引スギタミタイデース!」


「ちょっとどうするのよ!!」


 ノープロポリスが半ばヒステリックになる。


「うるせぇな! たまには自分の手も動かせよ!」


「分かったわよ!」


 逆ギレ気味にノープロポリスがスマホに打ち込む。


『くるくる飛んでくミサイクル』


「……なんだそれ」


 俺の不安をよそに支離滅裂じゃないか、メッセージ送信。そして次の瞬間――


『アメリカより新型自転車が発射されました。コトノハシティの住民の皆さんは注意してください』


「自転車に変わった!?」


 三人で目を見合わせるこれなら大丈夫じゃないかな


「ふー、よかったー……」


 ノープロポリスはそのまま来客用ソファーに倒れ込む気が抜けたように身体を投げ出す。俺とベースポールコップはハイタッチイエーイ!。――こういうの、ちょっと憧れてたかも外人は本当にやるんだな


 ――そのとき。


 ピロリン。


 メッセージ受信の音――いやな予感


「ん? なんだ?」


 スマホを開くと、鬼騒動のあった科学調査部さっき大変なことになってた部署からのメール。


『今日は本当にありがとう誤字また』


 ……そして、コトノハシティは今日も誤字タイポであふれるのだた。

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