埋めて良いかしら?
地中で埋まっている耳長の人間。
土の中から覗く髪色はどこか光沢を帯びた水色で、瞳は瞼によって遮られています。人間で言えば胸の辺りに位置するであろう土が僅かに上下している様子から、肺呼吸をしていることは間違いなさそうです。
やはり、新種の生命体という説が有力ですね。
一つの生命体が誕生するケースとして最も多いのは、同種、もとい親の遺伝子情報をもとに誕生することでしょう。
しかし、何事にも例外は存在します。この砂漠で現れる魔獣のサンドワームは身体の構成物質はその殆どが砂となっています。その出生も同種個体からの出産ではなく、自然発生が主でありそこからの身体的成長などはありません。つまり誕生した瞬間には成体である、ということです。
そのような事例がある以上、この人間らしき生命体もそのような経緯で誕生した可能性は否定しきれません。
土の中で眠るという行為は、冬眠をする生物や地中で生活する生物にとっては特別なことではありません。しかし、これほどまでに人型の生物で私の知る限りそのような行為を日常的に行う生命体は記録されていません。
ということは、私の知らない生命体、もしくは今新たに誕生した新種ということになります。
土から出てきたということは、地中から養分を吸い取って生活しているのでしょうか?
そうなると、植物が人に化けているという可能性もありますね。
何にせよ、起こしてみればわかることでしょう。
そう思っていたのですが……。
「この人、エルフだ」
フールの発言によって、私の説は即座に否定されました。
「エルフですか。確かフールが集落に行った事があると以前話していましたが」
「うん、そのエルフだよ」
「エルフ、あたしも聞いたことはあるわ。こんな訳のわからない生態してるとは思わなかったけど」
フランが侮蔑に似た目をエルフへと向けます。
どうやらこの生態を知っていたらしいフールは苦笑いを浮かべ、目線を横へと逸らしました。
「えっと、どうしようか?」
「どうするとは?」
「いや、この状況を」
「放置で良いんじゃないかしら?」
「そうですね。危機的状況ならまだしも、こうして安眠している以上放置で問題ないでしょう」
「そ、そうかな? ……そうかも」
フールが首を傾げつつ納得をしたところで、私たちは件のエルフを避けつつ先へと進もうと一歩を踏み出します。
途中、リーダーがエルフへと猫パンチを繰り出しそうになりましたが、フールがリーダーの身体を抱き上げて阻止しました。リーダーはどこか不満気に鳴いていましたが。
フールがその様子に苦笑しつつ、エルフの脇を通り抜けようと一歩踏み出した、その時でした。
「何故だ……?」
「え……うわぁっ!?」
唐突に聞こえたその声は、地中で寝ていたはずのエルフのものでした。
その声と共に足を掴まれたフールが驚きの声をあげます。
フールの足をガッチリと掴んだエルフは、目を見開きフールへと問いかけます。
その聞き迫る様子に、至近距離にいたフールが息を飲みました。そして、エルフがもう一度言葉の先を紡ぎました。
「何故、其方たちは私を踏んでいかないのだ――?」
「……はい?」
このエルフは一体何を言っているのでしょうか? エルフ流の挨拶か何かなのでしょうか?
エルフの言葉に呆けたフールの隙を見て、抜け出したリーダーがエルフの顔面へと着地します。しかし、それすらも気にならないのか、フールとフランは呆けたまま固まって動く様子はありません。
そのまま顔の上で毛繕いを始めたリーダーに誰も干渉することなく、数秒が経過します。そこでようやく正気を取り戻したのか、フランが今は顔の見えないエルフへと問いかけました。
「あんた、何言ってんのよ?」
「分からないか? 私はこの猫のように其方たちに平然と道を歩くように、踏んでいってほしいのだ」
「分からないわよ!? てかリーダー、こんな変質者の上乗っちゃダメよ! こっち来なさい!」
「ナーウ……」
リーダーの体毛の匂いを嗅ぎつつ、フランは未だ寝そべった状態のエルフへと蔑むような視線を送りました。
その一部始終を近い距離で見ていたフールが、困ったように頬を掻きます。
「あの、僕からも色々と聞きたいことはあるんだけどさ。とりあえず、手を離してくれないかな?」
「勿論だ。その代わりここを通る時に私を踏んでいきたまえ」
「えぇ……」
「ねぇ、いっそのことこのエルフ埋めて良いかしら? 良いわよね?」
「ちょっ、フラン! 流石にそれは……」
「埋めるときは、出来るだけ他の地面と水平にしてくれたまえ」
「良いんだ!?」
私は何を見せられているのでしょうか?
会話が高度すぎるためか、内容に追いつける気がしません。エルフという種族の生態は知っておいて損はないはずですが、この調子では何も理解できそうにありませんね。今のところ踏まれたいという、強い欲求が存在することしか分かりません。
何を起因にすればそうした欲求が生まれるのでしょうか?
心を知っていく上で、欲求という概念は重要になっていきそうですし、できることなら理解しておきたいのですが。
踏まれることで何か利点があるのであれば、多少の理解はできそうですね。
しかし、私ではそれらしい利点は思いつきそうにありません。例えば、エルフという種族が痛覚を持ち得ないのであれば、そういう意味での欠点は消失します。ですが、わざわざ踏まれる理由にはなり得ません。
ふむ、埒があきませんね。やはりこういった場合は直接問いかけるのが最善でしょう。
「何故あなたはそこまでして踏まれたいのですか?」
「ちょっ、アイ!?」
「ダメよ!? そんな変態に声かけちゃ! 汚れちゃうわ!」
そう思って問いかけたのですが、何故か二人に止められてしまいました。
聞いてはいけないことだったのでしょうか? しかし、一度聞いてしまった以上言葉を飲み込むことは叶いません。
やがて、エルフが私の質問に答えようと口を開きます。
「私は、大地になりたいのだ」
「ふむ」
この時点で、理解不能な予感はしますが、続きがありそうですし相槌だけ返しておきましょう。
私の相槌に気を良くしたのか、エルフは朗々と続けて話します。
「私たちエルフは自然を愛し、自然に愛された種族。なればこそ、自然と共にあろうと常日頃から思っている。その中でも私たちを支えてくださる大地は自然の象徴。その大地の一部になることはエルフという種族の悲願と言える。そこに一歩でも近づく為、私は大地と同じように踏まれたいのだ」
私にとってはあまりにも難解な考えですね。
しかし、それを語るエルフは至って真剣そのものといった様子です。理解はできずとも、その言葉に宿る熱は感じ取れたように思えます。
私は、一つの理解を得ました。
「なるほど、これが心ですか」
「違うよ? アイ、少なくともこれだけを見て心を理解した気にならないで欲しい。お願いだから。アイにはもっと広い世界が似合うはずだから。僕はそう信じてる」
「そうよ、アイ。騙されちゃダメ。こんな偏り切った思想のことなんて忘れていいわ。アイは大人しく私になでなでされて抱きしめられてれば良いのよ。分かった?」
何故か二人揃って否定されました。それも早口で。先ほどから否定続きですね。やはり私にはまだ理解が至らないことが多いということでしょう。
それにしても、フールとフランが同じ意見とは。珍しいと言わざるを得ませんね。
言っている内容はバラバラですし、内容もこれといって理解は出来ませんが、私の先ほどの発言を否定するという一点においては一致しています。というより、エルフそのものを否定しているようにも思えますが。
しかし、意見が揃うということは情報の確度が高いということでもあります。普段の言動からは見られない二人の焦り様も一種の判断材料として考えれば、ここは素直に頷いておいても問題はないでしょう。
「分かりました。どうやらもう少し時間をかけて観察しなければいけないようですし、今の時点で結論付けるのはやめておくこととします」
「そうよ、それがいいわ。分かったらほら、早く私の腕に抱かれなさい」
「フランに抱かれることが、心への理解につながるのですか?」
「いや、これは単なる私情だから無視していいよ」
「違うわ。これも立派な愛という名の心よ!」
「そんな不純な心、アイの教育に悪いじゃないか」
「どこが不純よ!」
結局、心とは何なのでしょうか?
二人の言い争いに耳を傾けるほど、理解から遠ざかっていくように思えます。
悩みながらも、リーダーがフランの腕から抜け出し、私の頭上で丸まり出した頃。いつの間にか蚊帳の外に地中のエルフが私へと問いかけてきました。
「其方は心が知りたいのか?」
「はい。つい先日、ある出来事を経てそう思うようになりました」
「そうか。だがしかし、私からすればそのような思いを抱いている時点で、其方に心はあると感じるがな」
「そう、なのでしょうか……? 私にはどうも、実感が湧きません」
「当然だ。心を有することと、それを知り、実感することは全く異なるものだ」
私はすでに、心を持っている……。
確かに、私の設計コンセプトは『人工的に人間を作ること』です。故に私は、その外見を人間の少女と何ら変わりのないものとして作られました。それは外見だけでなく、
仮初とはいえ、私は心というものをインプットされているのは間違いありません。
それでもなお、私は心を知りたいと思っています。
それはまさにこのエルフの言っている有していることと、知っていることは別、ということなのでしょう。
具体的に何が違うのか、どうすれば知ることができるのかなど、いまだに疑問は尽きません。それでも、少し考えを整理できたように思います。
ここにきて、ようやくこのエルフが対話可能な生物だと認識できました。現在進行形で地中に埋まり続ける謎生物ですが、難解なだけで考えの共有自体は可能なのでしょう。
「心も自然も感じ取ることが肝要だ。そう言った点では似通っていると言える」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものだ。つまり、心を感じ取るには、まず自然を感じ取らねばならない」
「自然を感じる、ですか」
そう語るエルフの顔は至って真剣です。
今のところ何一つ理解できていませんが、また何か得られることもあるかもしれません。フールの助言通り、判断は急がず観察と対話を試みた方が良さそうですね。
頭上のリーダーがどこか呆れたように鳴き声を上げる中、エルフがこちらへと手を伸ばし語りかけてきました。
「そう、なればこそ――其方も地中に埋まることから始めてみてはどうだろうか?」
「どうしてそうなるのでしょうか?」
「ニャア……」
やはり私には、エルフの感覚を理解するには至らないのかもしれません。
しかし、何事も経験という言葉もあります。一度くらい地中に埋まるという経験をしてみるのも、この先を思えばありかもしれません。
そう思い、頭上のリーダーを地面に下ろし、土の比較的柔らかいところを探ります。
ふむ。このエルフの近くは掘り返しやすそうですね。
やはりこういった場所を探すのにはなれているということでしょうか。
しかし、一つ問題点があります。私自身が地中に埋まるためには私掘ったスペースへと横たわり、その上からさらに土を被せなければなりません。しかも先のエルフの発言を元に考えれば、できるだけ周囲の地面と水平にすることも重要だと考えられます。
想定していたよりも技術が必要なようです。
ですが、私は一人ではありません。
要は、今回の私の目的としては『地中に埋まる』という経験さえ得られれば良いわけです。つまり私の代わりに誰かが土をかけてくれるのであれば問題はないというわけです。
現状手が空いているのはリーダーですが、体の大きさからして時間が掛かることは目に見えています。仕方ありませんね。ここは喧嘩を止めてフールにでも頼むことにしましょう。フールも以前、頼って欲しいと発言していましたし問題はないでしょう。
そう決めたところで、私はエルフの横の地面へと横たわります。
そして、フールへと声をかけるその時でした。
「ちょっと、お兄ちゃん!!」
そんな声が響き、私たちはそちらに振り向きます。
そこには、地中で眠るエルフと同じような髪色で、小柄なエルフの女性が眉を吊り上げていました。
発言からして、私の横で埋まっているエルフの妹に当たる存在でしょうか。
私たちの存在など、目にも入っていないように、大股でずんずんと近付いてきます。
そして、私にとって衝撃的な発言をしました。
「また土の中になんて埋まって! みっともないから早く出てよ!」
「おや、キャシィではないか。そう怒鳴っては自然のような穏やかさは身に付かんぞ」
今、キャシィと呼ばれた妹エルフは言いました。『みっともない』と。土に埋まることが、『みっともない』と。
キャシィは、その外見からして、私の横にいる兄エルフと変わらずエルフなのでしょう。
それにもかかわらず、キャシィは地中に埋まることに拒否感を示しています。
このことから、一つの結論が導き出せました。
私は、この兄エルフに騙されたのだという結論を。
「え、なんでアイは地面で寝てるの?」
キャシィが訪れたことよりも、私の現状が気になったのでしょう。
フールがそんな疑問を発し、フランが口元を抑え「汚されたわ……あたしのアイが……」と悲嘆に暮れました。
私はそんな二人に応えるべく、口を開きます。
「私は今、騙されるという経験を得たのです」
「……ニャーウ」
唯一、リーダーだけがそう声を返しました。
なぜか目は逸れていましたが。
ただ一つ、それだけを君に願おう 白月 @Shun0205
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