四歩目――エルフと獣人の抗争。神の代行者の調べ。
ニャフン
「それで、ここは一体どこなのかしら?」
私たちは今、盛大に迷っていました。
遺跡に立ち寄った影響で、現在地が不確かとなっています。
猫さんに聞けばわかるでしょうか?
いえ、聞いたところで猫さんの言葉を理解できない以上、意味はないでしょう。
「どこかは分からないけど、陽の方角で進む方向は分かるんじゃない?」
「それもそうですね。陽が沈んでいるという事を除けば、何の問題もありません」
「問題大有りじゃない」
陽の進む方角は常に一定ですが、星や月は神出鬼没ですからね。
一体どうなればそんなことになるのでしょうか? もしや、月も何かしらの生命体だったりするのでしょうか?
発光し、浮遊する超巨大生命体。想像もつきませんね。この理論でいくと、月以外にも星の数だけそんな生命体がいるということになりますし、現実的とは言い難いでしょうか。
私が月の正体を考察しても、現状は一向に解決には向かいません。
現に、フールがお手上げとでも言うように困り顔を浮かべています。
「うん、どうしようか?」
「今日のところは、遺跡に留まれば良いのでは?」
「それは嫌だ」
「それは嫌よ」
私がこの場に於いて最も現実的な案を提案すれば、揃って否定の声が飛んできました。
「何故でしょうか?」
「「恥ずかしい」」
「意味がわかりません」
何をどうして恥ずかしがることがあるのでしょうか?
二人がおかしいことは分かっていましたが、同じタイミングでそう感じたのは初めてです。
しかし、二人揃ってそう述べていると言うことはそれ相応の理由があるのでしょう。まずはそれを聞いてみてから判断しましょうか。
「良いかい? 僕たちは旅人だ。前に進むと決めたのなら前に進まなければいけないんだ……出戻りとか恥ずかしいし」
「そうよ。何よりあたしたちはあのカニに勘違いで攻撃したのよ。そんな相手に泊めさせてくださいなんて言えないわ」
「本当に『恥ずかしい』が理由なんですね」
「「……」」
「……ニャー」
どこか呆れたように猫さんが鳴くと、尻尾をゆらりと振りながら歩き始めました。
ちなみに、フランの帽子はもう被っていません。どうやら歩きづらかったようです。
「猫ちゃん? どうかしたの?」
「何でフランは、猫に話しかけるときだけ口調が変わるんだろ……」
「何か言ったかしら?」
「いや、何でもないさ。もう少し僕にも優しく接してほしいとか思ってない」
「何言ってるのよ。あたしは充分優しいじゃない」
「え?」
「は?」
二人の会話にチラリと振り返るも、変わらず歩き続ける猫さん。その歩みは軽やかで、止まる事を知りません。
とりあえず、ついて行ってみましょうか。
「二人とも、行きますよ」
そう声を掛ければ、二人ともが私の声に応え移動を開始します。
口論は続いたままですが。まあ、移動しているので問題はないでしょう。
「そういえば、猫ちゃんの名前決めてないわね」
「ニャウ?」
歩き始めて数分が経った頃、唐突にフランがそのようなことを言い出します。
猫さんもその言葉に、疑問のような声をあげました。
「そういえば決めてなかったね。ずっと猫呼びもあれだし、何かいいの思いつけば良いんだけど」
「私の名前もフールが決めたものですし、フールは得意なのでは?」
「は?」
私の発言に、フランが低い声を発しながらフールへと振り向きました。
また喧嘩でしょうか? 思えばいつも、フランの発言を起因として喧嘩に発展していたように思います。フランからすれば原因はフールにもあるようですが。
それにしても、今回は何がフランの気に触ったのか分かりませんね。毎回、フールの発言に苛立っていますが、私に対してはそう言ったこともありませんし。基準が謎ですね。
「いや、フラン。ちょっと落ち着こう。これはアイに頼まれた結果だから。アイの望みはフランだって無下にできないだろう?」
「あんた……」
また怒っているのでしょうか。フランが顔を俯かせ、身体を震わせています。
その様子にフールが怖気付いたのか、半歩身を引かせます。
そしてフランが一歩、フールへと近づきました。結果、半歩分距離が縮まったことになりますね。
フランが顔を上げ、言いました。
「あんた、良くやったわ……!」
「……へ?」
フランが勢いからかフールの手を握りながらそう言えば、フールは気の抜けたような声を挙げました。
私としても意外ですね。フランがフールを褒めるとは。それも満面の笑みです。
フールも褒められたことを認識してから、表情に疑いの色を浮かべています。
「フラン、もしかして君」
「ん? 何よ」
「熱でもあるのかい?」
「はぁ?」
なるほど。先ほどの不可解な発言は不調によるものですか。
それならば、可能性としては十二分に有り得るでしょう。何せ、初対面から喧嘩を始めるほどの嫌悪感を示しているフールを褒めるなど、今までのフランからすれば考えられないことです。
体温を測ろうとしたのかフールがフランの額に手を伸ばすと、それをフランがはたき落としました。
フールを見つめるその目には、蔑みの感情が乗っているように思えます。
「何気安く触ってんのよ」
「いや、理不尽すぎない? フランだって僕の手掴んできたくせに」
「それは、あれよ。あれ」
「説明になって無いけど」
「うっさいわね。せっかくあたしが褒めてあげたっていうのに」
「だから心配したんじゃないか」
「あんた、あたしのことなんだと思ってるのよ?」
フランが怒気を纏わせながら問いかけます。
そうですか。フランは別に体調を崩していた訳ではなかったんですね。
となると、フランに対する認識を少し改める必要がありそうです。
また、口喧嘩を始めた二人を観察しつつ、ふと疑問に思います。
「あの、結局猫さんの名前はどうするんですか?」
そう問い掛ければ、二人揃って「あ……」と声を挙げました。
どうやら二人揃って忘れていたようです。
当の猫さんはどうでもいいと言うように先を歩きつつも、二人の様子に呆れたように鳴きました。
「ご、ごめんね。猫ちゃん。このバカが話を逸らしたから」
「僕からも謝るよ。このポンコツ魔女がごめんね」
「は?」
「うん?」
「何回繰り返すつもりですか」
「ニャウ」
猫さんが私の言葉に同意します。
どうやらこのままでは話が進みそうにありませんね。
いつまでも学ばない二人は一度置いておいて、猫さんに問いかけます。
「猫さんはどんな名前がいいですか?」
「ニャー」
「すみません、もう一度お願いします」
「ニャー」
「ふむ」
何もわかりませんね。
猫さんの言葉は相変わらず難解です。
「ナーウ」
私が理解できていないのを悟ったのか、拗ねたように私の足を尻尾で叩きました。
言葉は分かりづらいですが、こうした仕草や表情は比較的読み取りやすいですね。
その証拠に、今は尻尾で叩くのが癖になったのか、やたらリズミカルに叩き始めています。
しかし、名前をつけるというのは中々に難しいですね。
何を参考にして、どういった基準で考えていけばいいのか見当もつきません。
こういう時はとりあえず、猫さんを観察してみましょうか。
全身を黒の体毛で覆われており、感触としてはフサフサといった表現が近いでしょうか。
瞳は金色に輝いており、世闇の中でもわずかな光を反射しています。
装飾品はありませんね。誰かに飼われているわけでもないのですから当たり前とも言えますが。
しなやかにしなやかに伸びる尻尾は、三・三・七拍子のリズムで私の足を打っています。
ふむ。観察はしてみましたが、猫さんが猫という以外これといって情報はありませんね。
仕方ありません。これ以上私だけで考えたところで良い案も浮かんでは来なさそうです。
「フール、フラン。そろそろ喧嘩は中断して考えてください」
私が、そう声を掛ければ、二人が軽く謝罪をし、頭を悩ませ始めました。
何というか、切り替えが早いですね。
その程度の諍いならそもそも始めなければ良いのでは?
「うーん、クロとかどう?」
「ニャウ」
「安直ね。もっと可愛らしい名前にしなさいよ。猫ちゃんも嫌がってるじゃない」
「そういうなら、フランも何か案出してよ」
「そうね……ポムとかどうかしら。響きが可愛いわ」
「ニャウ」
「嫌だってさ」
どうやら、どちらの名前も猫さんのお気に召さなかったようです。
しかし、どうしたものでしょうか?
私は相変わらずこれといって案は出てきませんし、二人が案を出しても猫さんは次々と却下していきます。
このままでは決まりそうにありませんね。
良い加減何処か落ち着ける場所に行かなければいけないというのもあって、猫さんの名前決めは一旦保留ということになりました。
そして、猫さんがまた先頭となり歩き始めます。
その足取りは変わらず、悠然と砂に小さな足跡を刻んでいきました。
「どこに向かってるんだろうね?」
「さあ? そんなことより、尻尾……有りね」
「フランはそればかりですね」
ゆらゆらと揺れる尻尾を眺めては、フランがいつも通り恍惚とした表情を浮かべます。
しかし、世闇の中というのに、猫さんがしっかりと二人にも視認できているようですね。満月だからでしょうか?
「ですが、本当に何を頼りに進んでいるのでしょうか?」
「うーん、記憶力が良いからとか? 流石にこの距離を嗅覚頼りではないだろうし」
「まあ何にせよ、カッコ可愛いことに違いはないわ」
「確かに、こうして先導してくれるのは頼もしくはあるね。まるでこの旅のリーダーみたいだ」
「あれ、猫ちゃん? 急に立ち止まってどうかしたの?」
フールの言葉の後に、立ち止まった猫さん。
耳をピクピクと動かし、こちらに振り返ると地面の砂へと尻尾を打ち付けます。
そして――
「ニャフン」
――自慢げに鳴きました。
「な、何よあれ。 あんなの、反則よ。可愛すぎるわ」
「何だろう、リーダーって言葉に反応したのかな?」
「ナーウ!」
「そのようですね。念の為もう一度確認してみましょうか、リーダー」
「ナウ」
「か、かわいいわ。こんなに過剰摂取しちゃっても良いのかしら?」
フランが猫さんを見て、ワナワナと震えだします。
そんなフランを無視して、フールが何かを思いついたように口を開きます。
「……ねぇ、いっそのことリーダーって呼ぶのはどうかな」
「ナーウ」
「ふむ、猫さんも気に入っているようですし良いのではないですか」
「じゃあ決定ね! これからよろしく頼むわよ、リーダー」
「ナウ」
猫さん、もといリーダーが肯定の声を上げると、再び上機嫌な様子で歩き始めます。
それから数分ほど経った頃、砂一面だった景色に変化が訪れました。
月光に照らされたそれはまさしく。
「オアシスだ」
フールの言葉通り、そこには砂漠の中の楽園――オアシスがありました。
もしや、リーダーはこの場所を目指していたということでしょうか?
この場所から見る限りそれなりの広さがありそうですし、もしかすれば他に人がいるかもしれません。
何はともあれ、これはリーダーのお手柄というやつですね。
「さすがね、リーダー! どっかの呑気に旅してるフールとは違うわ!」
「ねぇ、それ僕以外の何者でもないよね?」
「ニャーウ」
「そうですね。もう夜も更けてしまいましたし、早いところ向かいましょう」
リーダーの急かすような声に頷くと、フールやフランもそれに賛同しオアシスへと歩みを進めました。
近づくにつれ、その詳細が見えてくるオアシス。
所々、文明的な跡が見受けられます。どうやら、ここを拠点に暮らしているものたちがいそうですね。
そのことにフールやフランも気付いた様子で、辺りを物珍しそうに見回しています。
「やっぱり、所々に手が入ってる。だからと言って木々は荒らされてないし、まるで植物と共生してるみたいだ」
「おかしいわね。こんなところにオアシスがあることも、まして人が住んでるなんて地図には載ってなかったのに」
「とりあえず、一晩だけでも僕らを受け入れてくれると良いんだけど」
「そうですね。不法侵入のように捉えられて、追い出される可能性もあります」
「そうね、慎重に行きましょう……ん? リーダー、どうかしたの?」
「ニャーウ」
先住民についてどう接触するべきかを話し合っていると、先を歩いていたリーダーが立ち止まり周囲の匂いを嗅ぎ始めました。
何かしらの匂いを追っているのか、鼻を鳴らしながら前へと進んでいき、ある一点で止まります。
何か見つけたのでしょうか?
フランも同じ発想になったのか、リーダーへと問いかけます。
「どうしたの? 木の実でも落ちてた?」
「ニャフン」
「どうして自慢げに……え?」
地面を掘るように掻いてから、なぜか自慢げに鳴くリーダー。
それを不思議に思ったフールがその地面を覗き込むと、身体を硬直させます。
何かに驚いたかのような反応ですが、一体何があるというのでしょうか?
私も、フランと共にリーダーの元へと近寄り地面を見つめました。
「は、はぁ!?」
フランがの驚愕の声が、場に響き渡ります。
私もとうとうそれを目の当たりにします。
そして、そのあまりにも理解不能な光景に、純粋な疑問が浮かびました。
何故、地面の中で人が寝ているのでしょうか?
そこにいたのは、人間らしき生命体。
顔しか地面から露出していませんが、人と相違ない外見をしています。
おそらく二十代後半の男性と見受けられますが、一つ相違点を挙げるなら耳の形状が横に長く伸びていることでしょうか。
顔のみを見れば、それ以外のフールやフランなど人間の特徴と変わりはありません。
地中で安らかに寝息を立てていることを除けば、ですが。
フールやフランの反応から、地中で睡眠を取るのが一般的ではないことは分かります。二人が一般的かどうかについてはこの際置いておいて、この状況は紛れもなく異常でしょう。
このことから、一つの結論が私の中で導き出されました。
私は今、新種の生命体の誕生に立ち会っている、という結論を。
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