眼鏡犬

短編

ザーザー音を流す、テレビは役立たず。家のあちこちがミシミシ鳴り始めた。風が吹く。ずっともっと大きく。やがて雨も降るだろう。日が沈み出した頃から天気は崩れ出し、いよいよ風が強くなってきた。

安東はテレビを消した。

代わりにラジオ、の気分でもない。録画していたビデオテープを手にして、安東は置き直した。今回もタオルケットを二枚、適当に文庫本を四冊を手にして、サイトウに近づく。ひたむきに、何も見えない窓の向こうを見る姿が苦しい。

サイトウはどこから来たのかわからない。記憶がない。夜空色の髪と目がついた、頭だけ。嵐の後に外に転がっているのを安東が見つけたのだ。マネキンの頭部かと思った。生きていた。あの日から、サイトウの仮名を与えた生首と安東は暮らし始めたのだった。まずまずの生活、まずまずの青年たちの友情。

一人暮らしの退屈さはなくなった。トラブル少ない、ちょうどいい同居相手。このまま、安東はサイトウと暮らしていたい。居心地が良いのだ、安東にとっては。けれども、サイトウは嵐が来る度に外を探す。残りの身体が落ちていないかと。今まで落ちていたことはない。嵐が本当に来た回数も少ない。

拾って、どうするのだろう。

一つ一つくっつけて。

それで、どこかに行くのだろうか。

サイトウに尋ねたことはない。安東の被害妄想だ。もしかすると、身体があっても一緒の生活を続けれるかも。それもわからない。聞けばいい。聞かない。聞けれない。

けれども外が見れるようにと、サイトウをテーブルの上に置いたのは安東。同時に監視するように、近くに座るのも安東だった。

雨が降り始めた。

「降ってきた」

「うん、降ってきた」

「停電しないといいけど」

「うん」

普段なら会話が進む。退屈な夜は、録画した映画かドラマ見ようかと誘い、誘われることもあったのに。何もない、外だけを見続けるサイトウ。振り返りもしない。動けないのは当然だとしても、目が安東を見ようともしない。

「身体を手に入れてどこに行くんだよ」

言うつもりはなかった。言ってしまえば、確定した現実が来る。

「身体があれば動きやすいだろ」

それだけなのか、と重ねて呟く声を安東は飲み込んだ。違う。サイトウは安東ではないのだ。わかりはしない。わからないままでいい。まだ確定した現実は来ていない。

「そっか」

「うん」

今日もきっと、サイトウの身体は落ちてこない。安東は願うだけだ。ただ、願うだけ。

ザァ。

ザァアア。

雨が酷くなってきた。

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