第10話 アキラの残滓へ
「隼人、次の任務の内容はなんだ?」
龍二が隼人に聞いた。
「次の任務の内容か……ちょっと待っていろ」
隼人はポケットから封筒を取り出して読み上げる。
『今回の任務は御巫唯と同行者一名のみで行くように、約束を違えた場合は、御巫唯の首輪即時発動する』そうだ」
封筒を閉じながら、隼人は短く息を吐いた。
「……は? ちょっと待て、それどういう意味だよ」
「つまり簡単に言えば、龍二を同行者にしたら、俺やサトルは同行出来ないという事だ」
重苦しい沈黙が室内を満たした。
唯は自嘲気味に笑う。
「……ねえ、一応聞いておくけど。もし“選ばれなかった人”が勝手に来たら……私、死ぬのよね?」
隼人ははっきり頷いた。
「首輪は嘘をつかない。同行者が規定の人数を超えた場合――即、発動する」
唯は青ざめ、サトルは拳を握りしめ、龍二は歯を食いしばる。
そして隼人は覚悟を決めたように、三人へ静かに言った。
「――さて。誰が唯と行くか、決めなければならない」
龍二が腕を組み、低く息を吐く。
「まあ……合理的に考えれば、俺が行くべきだと思う。霊力は少ないが、前線の経験も突破力もある」
「確かにな……今回は龍二に行ってもらおうか」
隼人がそう言いかけた瞬間――
サトルが静かに、しかし確かな声で口を挟んだ。
「……待てよ。なんで龍二が行く前提なんだ?」
その言葉に、全員の視線がサトルへ向く。
「別に俺はサトルを責めているわけじゃない。アキラが暴走したら、唯と一緒にお前も吹っ飛ぶ可能性があるのを心配してるんだ」
「……でも、それを言うなら龍二でも同じじゃないの?」
唯がぽつりと呟く。
「龍二は絶対に暴走しないし、爆発範囲外まで脱出できる力がある」
その言葉に、サトルは眉をひそめた。
「じゃあ、俺は暴走するって言いたいのか?」
「違う。お前の中に“暴走するやつ”がいるんだ。お前は善良だが、アキラは違う。少なくとも今の段階では、危険性が高すぎる」
(……分かってる。そんなことは俺が一番分かってる)
アキラは強い。
だが“強い”と“制御できる”は別の話だ。
隼人はそれを言っている。
感情論ではなく、純粋に任務上の判断として。
だが――サトルの胸に渦巻くものは別だった。
「俺だって……俺だって、役に立ちたいんだよ」
絞り出すように言った。
それは叫びではなく、吐露。
唯が驚いたようにサトルを見る。
「お前はもう十分役に立ってる。だが今はまだ……危険の方が勝つ」
隼人は断言した。
情はあるが、譲る気はない。
「龍二を危険にさらすつもりかよ」
「龍二は“危険に耐えられる奴”だ。お前の中のアキラは''最強の霊能者''だが……お前は霊能者としては未熟だ」
サトルは口を閉ざす。
悔しさが喉につっかえ、言葉にならない。
そのとき――
「……私、サトルに来てほしい」
唯が言った。
静かだが、揺るぎのない声だった。
「サトル……お前が行くのはいい。だが、俺がお前に戦えるだけの力をつけてやろうと思う」
「……力?」
「そうだ、力だ。具体的に言うと今から俺達霊能者がいつも使ってる制御方法を教える」
「制御方法……?」
「そうだ、そうすればお前はアキラの霊力を少しは引き出せるかもしれない」
サトルが聞き返すと、龍二は真剣な目でサトルを見据えた。
「――え?」
サトルの思考が一瞬止まる。
アキラの霊力。
自分には絶対に使えないと思っていた、あの莫大で凶暴な力。
「本来ならこの制御方法は、覚えのいいやつで三カ月はかかるんだが……お前にはそれを十分で覚えてもらう」
「じ、十分!?」
サトルは素っ頓狂な声を上げた。三カ月を“十分”に圧縮するという時点で、すでに無茶にも程がある。
「三カ月を十分にするために、まずは仮死状態になってアキラに会って来てもらう」
そう言って龍二は、ポケットから小さな銀色のケースを取り出し、その中から黒く光る一粒の薬をつまみ上げた。
「……は?アキラに“会う”!?あの、最強で、半世紀前に日本ぶっ壊した、俺の先祖の……あれに!?」
龍二は腕を組んで、さらに恐ろしいことを平気で続ける。
「そうだ。お前の中にいる“アキラの魂の残滓”と対話してこい。あれを丸ごと制御するなんて無理だが、ほんの一部でも理解できれば、ほんのちょっとくらいは力を貸してくれるだろ」
サトルの喉が鳴った。
「……いや、ちょっと待て。アキラが俺なんかの話を聞くわけ……」
「うるせえ!時間がねぇんだこれ飲んでさっさと仮死状態になれ!」
「んぐっ……! ま、待て龍二、おいっ……!」
「暴れるな! 噛むな! 飲め!!」
サトルが抗議の声を上げる暇もなく、龍二はサトルの顎を掴んで強制的に口を閉じさせ、そのまま喉を上へ押し上げるようにして嚥下を促した。
「――っ、くそ……ごぼっ……飲んじまった……!」
「よし。これでお前はすぐ死ぬ」
「軽く言うな!!」
しかし、もう遅かった。
薬が胃に落ちた瞬間、サトルの視界はぐらりと歪む。
足元が突然ふらつき、膝が勝手に折れた。
「な、なんだ……これ……冗談だろ……っ」
「心配すんな。十秒で意識が途切れる。三十秒で脳が“死”と勘違いする。五分で仮死状態完成だ」
「数字を言うな……怖ぇから……ッ」
呼吸が浅くなる。
目の焦点が合わない。
心臓が跳ねたあと、まるで遠ざかるように鼓動が弱まっていく。
隼人がサトルの体を支え、ゆっくり横たえた。
「サトル、聞こえるか。大丈夫だ――こっちでお前の身体はちゃんと見てる」
「……は、や……と……」
声が遠い。
遠くなっていく。
龍二が最後にサトルの額を指で軽く弾いた。
「行ってこい、サトル。半世紀前の
その瞬間、サトルの意識は完全に断ち切れた。
ロスト @kaiji2134
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